風紀を守るとは
次の日、ハヤトはまたユカを迎えに行き二人で登校した。
「カトリーヌさんは『太陽の下で活動すると面倒な相手に絡まれる』って言ってました。だから悪魔が守ることはできないそうですけど、それなら襲われる心配もないんじゃないでしょうか」
ユカは二人で登校することで噂されること以上に、ハヤトがいちいち学園の反対側まで迎えに来てくれることに引け目を感じていた。ハヤトも日中は戦闘行為が行われないと聞いているので、ユカの言葉と同じことは前に思ったが、よくよく考えてみたらキョウコと会っていたときに魔法で攻撃されたし、ユカも夜になる前から剣で追いかけ回されていたのだ。何か条件があるのかもしれないし、楽観視はできないと思い直した。
「魔法でなくても、普通に危害を加えられることもあるからね。……カトリーヌから魔法は教わったの?」
さらわれてしまうかも、と口に出そうとしたところであまり不穏な言葉を言うべきではないと気付き、話題を変えた。実際、ユカが自分で身を守れるようになればハヤトが迎えに行く必要もない。特に違和感もなくユカが魔法の話題に乗った。
「一応、一つ教わりました。身体能力を強化する魔法なんですけど……その」
身体強化とはなかなか使い勝手のいい魔法だ。自分を強化して戦うことも逃げることもできるだろう。ユカは運動神経もいいから、下手な攻撃魔法を覚えるよりもずっといい。あのカトリーヌという悪魔、意外と賢いようだ。だが、当のユカは何とも言えない顔をして言いよどむ。
「便利な魔法だと思うけど、何か問題でもあるの?」
ユカの様子を不思議に思いながら尋ねると、恥ずかしそうにもじもじしながら続きを話し始めた。
「ええと、その、使うための儀式が……あるポーズを取りながら『パワーアップ!』と叫ぶもので」
あるポーズ、と聞いて察した。ハヤトのようにさりげない動きではないのだろう。パワーアップという呪文から多くの人が想像するような動きをいくつか思い浮かべ、ハヤトも苦笑するしかなかった。
学園に到着すると、もはや誰も奇異の目を向けてくることはなかった。昨日のうちに二人は付き合っているという認識が学園中の生徒に広まり、もはやどこにでもいる高校生カップルと同じ扱いになっている。
そんな中、校門前広場には明らかに他の生徒とは違う空気をまとった女生徒が立っていた。右腕に『風紀委員』の腕章を着けた三年生、チヒロである。ハヤト達を待ち構えていたのだ。
その姿を見たハヤトは瞬時に状況を理解する。本当のことを言うわけにもいかないし、どう言い訳しようかと思案していると、チヒロが話しかけてくる。
「二年生のハヤト君に一年生のユカさんね。朝から男女で歩いて、良くないわね」
何が良くないのだろうか。とはいえ言いたいことはわかる。はっきりと口に出して言えないので、何を責めているのかを察してくれという気持ちがヒシヒシと伝わってきた。だがそこにユカが口答えをする。
「朝から男女で歩いてたら、何が良くないんですか? そんな生徒は他にも沢山いますよ、チヒロ先輩」
「えっ、ユカ?」
相手は風紀委員長だ。当然ユカも相手のことを知っている。それにしても、ハヤトの前ではいつもしおらしくしていたユカが、三年生に口答えをするような生徒だったことに戸惑うハヤトである。
ユカは元々社交的で明るい生徒だ。上級生とも仲良くしていた人気者だった。物怖じしない態度が彼女本来の姿である。
「え、そ、それは……良からぬ噂を生んで風紀が乱れるからよ」
「どんな噂ですか?」
思いがけない反論を受けてしどろもどろになるチヒロの言った言葉に反応し、険しい顔で詰め寄るユカ。更に言葉を重ねる。
「それは、私の過去について広まった噂よりも悪いものですか?」
「うっ……」
そう、ユカは別に理由なくチヒロに歯向かっているのではない。以前にもユカはチヒロに声をかけられていた。
◇◆◇
「あなた、一年生のユカさんね。悪い噂が広まっているわよ」
ユカがまだ自分の噂を知らなかった時に、チヒロは彼女に注意をしてしまった。良からぬ噂を生んで風紀を乱しているという理由で。もちろんその根も葉もない噂でもユカは被害者でしかない。風紀委員から責められる理由などあるはずもないのだが、あまりにも下品な噂が広まってしまっているのが我慢ならないというわけだ。
事実であるかに関わらず、悪意ある噂を広めているのは彼女に嫉妬している誰かだろうと分かっている。だから、あまり目立つことをして余計な反感を買うようなことはするなという忠告だった。あまりにも理不尽な要求である。
自分の噂を知ったユカはその場で大泣きしてしまい、チヒロも心を痛めたのだったが。
◇◆◇
「だから、目立つことをするなと言ったじゃない! 噂を流されるだけじゃない、もっと酷いことをされるかもしれないのよ!」
チヒロは、またしても目立ってしまったユカに例の噂を流した犯人――つまりミサキ――がより深い憎悪を持ち、狂ってしまうことを恐れていたのだ。
そして、残念なことにそれは正解だった。
『アーハハハハ! もうそんなことを気にする必要はないよ。だってもうハヤトの心は私のものなんだから!!』
狂った笑い声と共に、
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