盾の英雄
ある国にグライアスという、とても心優しい青年がいました。
この国では大人になるとお城の兵士になって恐ろしい怪物と戦わなくてはなりません。グライアスも兵士になったのですが、あまりにも優しすぎて怪物を剣で攻撃することができません。
相手は恐ろしい怪物です。多くの国民を襲い、食べてしまった国の敵です。他の兵士達は国を安全にするため、喜んで怪物を剣で攻撃していきます。その中で一人、盾で自分や仲間を守ることしかしないグライアスは上手く戦えない自分を責めました。
「剣を振ろうとすると、どうしても手が震えてしまう。相手は恐ろしい怪物だって分かっているのに」
どうしても剣が振れないグライアスは、ただひたすらに盾で仲間を守ります。そんな彼のことを、仲間の兵士達は決して馬鹿にしたりはしませんでした。みんな、自分から望んで兵士になったのではないのです。ただ家族や恋人を守りたいという気持ちから怪物を攻撃していたのですから。
それでもグライアスは自分を許すことができません。どんなに盾で仲間を守っても、攻撃しなければ怪物は倒せないのです。怪物がいるかぎり、この国に平和はやってきません。自分は平和を取り戻す戦いに参加できていないと悲しみながら、怪物の攻撃を盾で弾きます。そんな彼に、ある兵士が言いました。
「僕達は一人で戦っているわけじゃない、みんなで力を合わせて戦っているんだ。君が剣を振れないなら、その分だけ僕が剣を振るよ。その代わりに君は僕の分まで盾で怪物の攻撃を防いでほしい。そうすれば二人で二人分、いやもっと戦えるはずだ」
その兵士の名はガラテインといいました。それから二人は一緒に怪物と戦うことにしたのです。するとどうでしょう、いくら戦ってもまるで怯むことのなかった怪物が、二人の前ではすぐに弱ってしまいます。
攻撃に集中したガラテインの剣が怪物の硬い皮膚を切り裂き、防御に集中したグライアスの盾が怪物の大きな爪をしっかりと受け止めます。ついに怪物を倒してしまった二人は、国の英雄として王様から称えられます。
「剣の英雄ガラテイン、盾の英雄グライアス。二人が揃えば、どんな恐ろしい怪物にも負けないだろう」
共に戦った二人は親友となり、いつまでも二人で力を合わせて国の安全を守り続けたのです。
◇◆◇
「――というわけです」
一通り語り終えて得意げな顔をするミドリの顔を見ながら、童話にしては難しい言葉が使われているなと、冷静な感想を抱いていた。とはいえ彼女の言いたいことはよく伝わった。要するにハヤトは盾で敵の攻撃を防ぐことに専念して、他の者――ミウなどに相手を制圧してもらえばいいというわけだ。それは攻撃魔法を使いたくないハヤトにとって、救いになる話だった。
「いつの間にか剣の英雄がガラテインになってるにゃ」
「うふふ、勝手にちょっと変えさせてもらいました」
ミウが何やら指摘をすると、ミドリは笑って答える。どういうことか尋ねると、なんとこの創作童話はミドリの父親が作ったもので、ガラテインというのは彼女達の知り合いの名前だという。なおグライアスの話はまだ続くのだが、語る必要がないのでカットしたらしい。
「まあ、そうは言っても盾だけじゃ不安にゃ? バリア的なものを出す魔法を覚えると良いにゃ」
「バリア……うん、そういうのならもっと教えて欲しいかな」
魔法の
「今日はこれを描いてお終いにゃ。時間がかかるからハヤトは家に帰ってさっさと寝るにゃ」
「明日にはちゃんと使いやすい道具を作っておきますので、ご期待ください!」
魔法が関わると途端に目を輝かせるミドリに言われ、ハヤトは素直に家へ帰ることにするのだった。
その帰り道に、何故だか奇妙な寒気を感じたハヤトは辺りを見回す。周囲の景色に異常なことはない。何者かが潜んでいるような気配もないが、どうにも気味悪く感じて足を速める。その耳に、どこからともなく恐ろしい笑い声が聞こえた。
「誰だっ!?」
すぐに振り返るが、やはり誰もいない。笑い声は女性のようにも聞こえたが、とにかくどこから聞こえたのかも分からないし、すぐに聞こえなくなったので空耳かもしれない。このところ地獄だの悪魔だのといった、非現実的な物事に関わってきたから頭が疲れているのかもしれないと考える。あんなにも現実主義者だった自分が、今や誰よりも非現実的な世界に身を置いているのだ。さすがに精神が持たないのかもしれない。そんなことを考えながら、再び足早に家を目指すのだった。
――やっと私のものになるね、ハヤト。
不気味な笑い声は、誰もいない夜の街に溶けていく。天使の飛ばない夜空は、どこまでも静かに星の光を届けていた。
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