暗躍する者
ミサキは空を飛んで逃げたが、すぐに地上に降りていた。天使を欺くのが目的というわけではなく、すぐに疲労を感じてこれは無理だと判断したのだ。そもそも空を飛びたくて魔法を使いたいと思っていたわけではない。
「うふふ、魔法でハヤトを私のものにしてやるわ。もうアリサに気兼ねする必要もないし」
そう言いながら、今日は自分の家に帰る。ハヤトの家近くに潜んで帰りを待つという案も考えたが、ユカを送っていったことを考えると今日は家に帰ってこないかもしれない。想像するだけで
「ううむ、魔力の波動を感知できぬ。仕方あるまい、報告に戻ろう」
「申し訳ありません、油断しました」
「それはお互い様というものだ」
天使達は追跡を諦め、上司への報告に戻った。すると出迎えたガブリエルが珍しく渋い顔をしている。これは大変な失態をしてしまったと二人は身を硬くするのだが、ガブリエルの口からは予想外の言葉が飛び出した。
「この前会った少年なんだけど、あのミウと契約したって言ってたじゃない?」
「は、はあ……確かそう言っていましたね。あの黒猫が」
「悪魔と契約すると魔法が使えるようになる。どうやら彼は昨晩魔法を使って戦っていたみたいなの。でもその気配に気付けなかった。地球の守護を任された、この私が」
いつもの軽薄な態度が消え、深刻な顔で言う彼女の態度から相当な異常事態が発生していると理解する。彼女にとっても予想外の状況だったようだ。
「私の監視を妨害している者がいる。恐らく、それが〝
「大公爵の手の者でしょうか?」
地獄には三人の支配者がいる。皇帝、君主、大公爵だ。その中でも大公爵アスタロトは過激派として知られ、過去にも部下を引き連れて地球への〝脱獄〟を図り天使の軍勢と戦ったことがある。だが、それはもう古い情報だ。
「いいえ、大公爵が言うことを聞かなかったのは前の皇帝ルシファーの時。今の皇帝のことは誰よりも気に入っているから、その意向に反するようなことは絶対にしない。同様に君主ベルゼビュートの線もないわ。というかミウはベルゼビュートの側近だからね」
「えっ!?」
一般の天使達が知る情報とあまりにかけ離れたガブリエルの言葉に、驚きを隠せない二人である。何より、あの黒猫が君主の側近――すなわち六人の王と同格――であったとは思いもよらなかった。そして、そんな大悪魔と契約した人間が先日顔を合わせたハヤトなのだ。
「地獄にはつい最近まで公爵はいなかった。ルシファー体制下では三人の支配者以外に六人の王を超える実力者が存在しなかったから。でも今は違う。サタンの右腕と呼ばれる悪魔将軍ラハシュと覇王ベレト、そして魔神ゴモリーがその座についている」
「それでは、そのうちの誰かが〝
「ええ。ラハシュは当然除外、ベレトも性格的に考えにくいわ。となると消去法でゴモリーが残る」
「ゴモリー……あらゆる財宝の在処を知る悪魔ですな」
ゴモリーはこれまでその強さが話題に上がることはなかった。なぜなら彼女は一切の戦いに参加せず身を隠していたからだ。それだけ隠匿の技術に優れているということでもある。どんなに巧妙に隠された財宝の在処も暴く力は、自らを財宝のように隠してみせることも可能にしているのだ。
「今後はゴモリーの居場所を探ることに注力するね。取り逃がしちゃった〝
いつもの調子に戻ったガブリエルの言葉にひれ伏す二人。ミサキのことは放っておけという指示だ。どうせゴモリーが囲うだろうから、後で一網打尽にすればいい。そう考えた大天使だったが、ミサキがゴモリーの手に落ちることはない。ライオネルとレスティマは、下位の天使である自分達に何ができるのだろうかと不安を覚えるのだった。
◇◆◇
ハヤトは家で夕食を済ませると、またミドリの拠点に向かう。今日も家族はいつも変わらず楽しそうだった。あんな命がけの戦いに巻き込みたくないという思いを強めて家を出る彼の背中に、母親から「気を付けてね」と声がかかった。大した意味はない、形式的な注意喚起だが今のハヤトには強い応援の言葉に聞こえた。
「どうするにゃ? 他の魔法を覚えるにゃ?」
拠点に着くなり、ミウが尋ねてくる。盾で身を守るだけでは上手くいかないことは身に染みている。だが防御以外の魔法を覚えることに抵抗があった。悩む彼の様子を見て、ミドリが優しく語りかける。
「ちょっとした創作童話があるんですけど、聞いてみますか?」
魔法のことにしか興味がないと公言している彼女が、いつもと違う話をし始めたことが気になり、ハヤトは「お願い」とだけ答えて聞く体勢になる。ミウも黙ってハヤトの膝の上に乗り、尻尾を揺らして待つ。
二人を見て頷くと、ミドリはある英雄の話を始めるのだった。
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