不公平

――どうして人間は、生まれた時からどうしようもない格差があるんだろう。


 幼いころから、誰もが格差を意識しながら成長してきている。最初は親の差。保育園や幼稚園、あるいは近所に住む子達の親と自分の親を比べて違いを知る。次に体格の違い。生まれつきだったり成長度合いの個人差で生まれる体力や運動能力の差が、彼等や彼女等に強烈な格差を生む。特に男の子は運動能力の差が人格形成に大きな影響を与えるほどに。


 そして思春期になると顔の良し悪し、身長など外見によって更なる格差が生まれるのだ。勉強の成績は個人の努力でどうにかなるように見えるが、ここも生まれつきの差が少なくない。親の経済状況や生まれつきの学習能力の違いで、同じ結果を出すために必要な努力量が桁違いになる。それでも覆せる可能性があるだけ他の格差よりは遥かにマシというものだが。


「あーあ、世の中不公平だなぁ」


 少女は自分が特別な才能を持って生まれなかったことを嘆きながら歩いていた。その性格はリョウタとも似ているが、彼と彼女の間には決定的な違いがある。


 この少女は、努力を嫌う。


 ただ自分の生まれの不遇を嘆き、悲劇のヒロインを気取ることに快感を覚え、努力をしなくてもチヤホヤされる――と彼女が思い込んでいる――顔の良い女を憎んでいる。自分も美人だったらもっと人生が楽だったのにと、行き場のない恨みをぶつけている。要するに八つ当たりだ。


 だから、学園中で話題になるほどの美貌を持つユカが憎らしくて根も葉もない噂を流した。そんな加害行為をしていても、彼女は被害者意識を持ち続けている。むしろ、自分は顔面偏差値の格差を見せつけられる被害者なのだから、加害してくるユカに反撃するのだという意識でいる。


「どうせなんだろうとは思っていたけど、まさかハヤトを捕まえるとはね。最近しおらしくなってたから油断したわ」


 ユカがハヤトと並んで校門を通過するのを目撃した時は何かの間違いじゃないかと思ったのだが、その後も一緒に行動している。ハヤトと付き合っていると思われていたアリサとも仲良くなったようで、報道部の部室から三人揃って出てくる姿も目撃した。険悪なムードでもなく、むしろアリサがユカを気遣うような態度すら見られた。


「それにしてもアリサのやつ、ハヤトと付き合ってたんじゃないのかよ。最初から相手がいるから諦めがついていたっていうのに!」


 彼女は級友のハヤトに恋心を抱いていたが、アリサと付き合っていると思っていたので変な期待を持たずにいられた。アリサは可愛らしい少女だが際立った美人というわけでもないので、過度な憎しみが湧くこともなかったのだ。失礼な話ではあるが、八つ当たりされるよりはいいだろう。


 この少女の名は飯野いいの美咲みさき。ハヤトとアリサのクラスメイトである。ユカの良からぬ噂を流した犯人であり、今は彼等の後をつけて様子をうかがうストーカーまがいのことをしている、善悪の線引きが上手くできていない人物だ。


「なんかさっきから肌寒いなあ、もう夏になるのに」


 ミサキは奇妙な肌寒さを感じながら、薄暗い通学路を一人で歩いている。ハヤト達は三人でユカの家に向かったので、慣れない道に少し迷ってしまった。ハヤトの家なら場所は分かるから迷わず行けるのに。するとそこへ聞き覚えのない男の声がかかる。


「貴公、良からぬ力に目覚めておるな」


 振り返ると、そこには黄土色の髪を後ろになでつけた灰色の目を持つスーツ姿の男性が立っていた。どう見ても日本人には見えない。身長は180cmぐらいだろうか、肩幅も広くがっちりとしているが、不思議とスマートな印象を与える成人男性だ。


「良からぬ力……ってなに?」


 突然こんな怪しい男性に聞き慣れない口調で話しかけられ、恐怖よりも困惑が勝った。その上、力に目覚めるなどという、まず現実では聞くことが無さそうな話をされては、感情の整理が追いつかない。ただ、頭の中に〝まーちゃん〟の噂が浮かんできた。


――もしかして、魔法を使えるようになったのかも?


 ミサキは噂を聞いて、自分がその〝まーちゃん〟になれたらいいのにと思っていた。そうすれば、魔法でハヤトの心を奪うことだってできるに違いない。アリサやユカのような邪魔者を魔法で消し去ってしまってもいい。だから、いくらかの期待を込めて男性に聞き返してしまった。


「ふむ、どうやら〝扇動者アジテーター〟には見つかっておらぬようだな。初夏の空気に晒されているというのに、先ほどから肌寒く感じておるだろう。貴公が魔に浸食された証だ。だが心配はいらぬ。我等がその魔、払ってしんぜよう」


「我?」


「大丈夫ですよ、傷みや苦しみはありません。むしろ魔の力から解放されてさっぱりするはずです」


 いつの間にか、男性と反対側から自分を挟むように立つ女性がいた。こちらもパンツスーツに身を包んだ、金髪の美女だ。条件反射的に、この女性への敵意が生まれた。


――美人は近づくな!


 ミサキは心の中に強い敵意を持って、半ば無意識的に腕を振った。邪魔なものを押しのけるように。


「えっ?」


 するとどうだろう、見えない何かに圧されて美女が数歩後ろへ飛び退いた。相手も思いがけない反抗に戸惑い、困惑の声を上げて距離を取った。


「やっぱり、魔法が使える!」


「落ち着くのだ、力に飲まれるぞ」


 歓喜の声を上げるミサキに、男性は気持ちを落ち着かせるよう声をかける。だが、彼等にとってミサキの反応は想定外のものだった。これまでの〝習得者アクワイヤ〟は急に出てきた力に戸惑い、混乱するばかりだったが、ミサキは喜んで魔法を使い始めたのだ。それも、明確な意図を持って。


――こいつらは魔を払うって言ってた。せっかく使えるようになった魔法を消されてたまるか!


 ここで襲い掛かってくれば、彼等も簡単に取り押さえることができたのだが。いかんせん、ミサキの頭に暴力で解決するという意識はなかった。その場で空に飛びあがり、猛スピードで逃げていったのだ。


「しまった!」


 彼等は天使だ。だが人間の町で不自然にならないように人間の姿をしていた。この姿でも空は飛べるが、普段と違う姿をしているせいで動きが遅れてしまう。結果として逃げたミサキを見失ってしまったのだった。目覚めたばかりでここまで自在に魔法を使うとは思わなかったという油断も、この結果を生む原因の一つだった。


「これは失態だ。急いで見つけ出さねば」


 二人は元の姿に戻ると、空からミサキを探すのだった。

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