風紀の乱れ
一方その頃、阿僧祇学園高校の生徒会室で一堂に会する生徒会役員の前に、直立不動の姿勢で意見を述べている女子生徒がいた。黒髪を肩で切り揃え、飾り気のない黒縁の眼鏡をしている姿は、真面目を絵に描いたような人物という印象だ。
「あの二名は自宅の位置もこの学園を挟んで反対方向にあります。それが二人揃って登校してくるということは、通常の交友関係とは考えられません」
この女子生徒の名は
「つまり~、朝帰りってこと~?」
生徒会役員の一人が、机に肘をつき自分の前髪を指でいじりながら言う。チヒロは一瞬顔をしかめたが、すぐに無表情に戻った。事情を知っているユウヤは内心で朝帰りというのもあながち間違っていないなと考えつつ、何も知らない風を装ってチヒロの言葉に耳を傾けていた。
「ハヤトは幼馴染のアリサと付き合っていると噂されていたし、いつも一緒に行動していたけど君達は何も言わなかったじゃないか」
また別の役員がチヒロに異を唱える。今度はチヒロがそちらに顔を向けて反論をした。
「それは二人の関係性から見ても常識的な交際の範疇に入ると判断されたからです、副会長。風紀委員会は男女の交際そのものを禁止しているわけではありません」
「幼馴染で付き合ってる方が、家ではやることやってんじゃないの~?」
先ほどの役員がまた横から茶々を入れる。
「そういう問題ではありません」
チヒロは冷たい口調で言い放つと、またユウヤに向き直った。
「そういうことですので、本件は風紀委員会が指導を行うことにします」
「なんか私にだけ冷たくない~?」
「指導……ね。それならもちろん『あの噂』のことも対処してくれるんだよね?」
チヒロの言葉が終わると、ユウヤが半笑いで尋ねる。品行方正の生徒会長には珍しく、明らかに敵意を込めた挑発である。風紀が乱れるというなら、なぜユカの噂を調査しなかったのか。そう言っているのだ。
「……人の口に戸を立てるのは風紀委員の仕事ではありませんから。では失礼します」
挑発されたチヒロはあからさまに不快な顔をして答えると、踵を返して生徒会室を出ていった。風紀委員長としては、あまり褒められた態度ではない。それだけ彼女もユカの噂については個人的に思うところがあるようだ。
「やれやれ、風紀委員のヒステリーには困ったものだ。ハヤト君は次期生徒会長だというのに」
これまで無言で座っていた、新たな役員が馬鹿にしたような口調で誰にともなく言う。
「変な忖度をしないのは良いことだよ。ただ、ちょっと個人的な感情で判断しているきらいがあるね」
「あれは処女ね~、男にモテなさそうだもの~」
「お前は下品すぎるんだよ、ナツミ」
副会長と呼ばれた男子が、先ほどから間延びした喋りをする女子をたしなめる。だがナツミの言動には他のメンバーも慣れっこなので、特に咎めたりはしなかった。
「それより、ちゃんと記録しておいてくれたかね書記殿」
「当然よ~。ここでの会話は全て記録してるからね~」
「本当に自分の発言まで一字一句記録に残しているから風紀委員に嫌われるんだよ」
「まあまあ、情報の正確性は大事だし、どんな情報が役に立つか分からないから全て記録するのは正しいよ、タクミ」
「紙代も予算に組み込まれているから問題ない。書記としての仕事を全うしているのだから、言動ごときで風紀委員に責められる筋合いはないだろう」
「さっすが~、会計様は話がわかる~」
「ヤスナリはお堅そうに見えて融通を利かせてくれるから、各部長もよく相談に来ているね。その手腕をリョウタに教えてやってよ」
「リョウタ君か。今話題のユカさんに並々ならぬ執着を見せていたようだが、気落ちしていないかね?」
「……その辺については、あっちで話そう」
生徒会役員達が好き勝手に会話をしていたが、リョウタの内心の話になるとユウヤは書記のナツミに一瞬視線を送り、顎で部屋の奥にある扉を示した。途端に全員が口を閉じ、席を立って扉に向かう。
この部屋での会話は全て〝記録〟しているのだ。表に出せない話は奥の部屋――ゴモリーの謁見室で話さなくてはいけない。
「ナツミの能力は便利そうで不便だな」
「いや、不用意に
「大したことじゃないさ。今、リョウタの意識はハヤトに向いているよ。実際落ち込んでいるけどね、一足先に実戦を経験して我々の誰よりも多くのことを学んでいるから、立ち直ればきっと頼りになる」
「でも~、その落ち込んだ原因も生徒会に来るんでしょ~?」
「本人の意思は確認しているのか? お前はいつも連絡を怠るからな」
副会長が懸念する通りに、ユウヤはハヤトにもリョウタにも生徒会役員の話を伝えていない。唐突に口笛を吹いて顔をそらす生徒会長の姿に、役員達は大きなため息をつくのだった。
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