魔女たちの夜
扉をくぐるとまたミドリ達の拠点にやってきた。どういう仕組みなのかはよく分からないが便利なので気にしないことにする。
「私も魔法を使えるようになれませんか?」
ミドリが用意した怪しげなソファーに全員が腰を下ろすと、ユカが切り出した。わざわざ自分から危ない世界に飛び込む必要はないとハヤトは思ったが、彼女はそう言うだろうとも思っていた。先ほどユウヤに言われた言葉を踏まえ、リョウタを救いたいならそうするしかないと結論付けてもおかしくはない。
「なるかもしれないけど、今は無理にゃ」
ミウが素っ気なく言うと、ミドリに目配せをする。説明は任せたということだ。説明好きのミドリは喜んで引き受けるだろうが、何とも怠惰な猫である。猫だからそれでいいのかと変に納得しつつ、自分は簡単に魔法陣で魔法を使えたのになぜユカはできないのかと気になるハヤトだ。
「ええ、まず魔法を使えるようになった人が現れているのは、地獄からこの地球へ通じる門が開きつつあるためです。向こうには悪魔と呼ばれる者達が住んでいますが、悪魔というのは種族名ではありません。地獄に囚われている者は皆が悪魔と呼ばれているのです。そして、地獄の住人は全員、魔法が使えます」
ミドリの説明が意味するところを考える。悪魔とは地獄と呼ばれる場所に住む者全てを指す言葉でしかないということは、つまり悪魔と呼ばれる人間だっているということ。おそらくそれがミドリなのだろうとハヤトは考えた。そして地獄の住人つまり悪魔は全員魔法が使える。そしてこちらで魔法を使える者が現れ始めたのは地獄から地球に通じる門が開きつつあるからとなれば、もう答えは一つしかない。
「つまり、〝まーちゃん〟は地球にいながら地獄の住人になってしまった人間ということ?」
「その通りです。そういう意味では、ハヤトさんはその〝まーちゃん〟にはなっていません。今のところは、ですが」
先ほどの呟きを聞いていたのだろうと気付く。ハヤトは〝まーちゃん〟すなわち地獄の住人にはなっていないとミドリがわざわざ言うのは、ハヤトを騙していたわけではないという弁明に他ならない。少しショックを受けていた心がいくらか落ち着くが、また話は振り出しに戻った。つまり、なぜ魔法陣の使用がハヤトにできてユカにできないのか。
「そうは言ってもハヤトはもう普通の人間じゃないにゃ」
そして、悪戯っぽい口調でミウが言う。やはり何か秘密があるらしい。
「人間が魔法を使えるようになる条件は大きく二つあります。一つは〝まーちゃん〟のように地獄の住人になること。つまり自分自身が悪魔になってしまうことです。そしてもう一つは、こちらは古来から地球の人間が魔法を使うために行ってきた方法です。むしろ正式といいますか」
肝心のところでもったいぶるミドリだが、これは彼女の癖だと分かるようになってきた。重要な部分を話すのは極力後回しにしたいのだ。なぜなら少しでも長く説明を続けたいから。教える立場としてはよろしくない性質だが、それだけ説明が好きなのだ。
「――すなわち、悪魔との契約です」
ミドリが結論を言うと、ハヤトは思わずミウに視線を向けた。当の黒猫は満足そうに尻尾を揺らしている。
「昔から人間は悪魔と契約を結ぶことで魔法を使う力を得てきました。そういう人間をこの国の言葉では『魔女』と言います。これはWitchという言葉の和訳になりますが、この言葉には女性という意味はありません。悪魔との契約で魔法を使う者は男女問わず魔女と呼ばれ、かつては魔女狩りといって大々的に弾圧された歴史もあります」
「最近はSNSで人気の魔女もいるにゃ」
魔女狩りについてはさすがのハヤトも知っている。これで納得できたが、結局ミウとのあの口約束が悪魔との契約というなら、同じことをユカともすればいいのではないか?
「つまり、ハヤト先輩は魔女なんですね。私は魔女になれないんですか?」
「同時に二人の人間と契約を交わすことはできないにゃ。ムジュンが生じるといけないからにゃ」
なるほど、と思わず感心してしまう。確かに同じ悪魔と契約する人間が複数いる場合、お互いが敵対でもしたら少なくともいずれかとの契約に違反しなくてはならない場面もあるだろう。多くの人間と契約を交わす悪魔でも、同時に複数の人間と契約するわけにはいかないということだ。
「契約できる悪魔は他にいないのでしょうか?」
ユカが食い下がる。とっさにハヤトの頭に浮かんだのはゴモリーの姿だったが、彼女と敵対するために魔法を使おうとしているのだ。先ほどミドリも悪魔ということになると考えたが、彼女はやはり魔女の方なのかもしれないし、悪魔だとしても契約できる悪魔ではないということも考えられる。一応聞いてみようかとも思ったが、なんとなく失礼に当たるような気がして口を出さずにいた。
「そういうことなら協力してもいいわよ」
ここにきて初めて聞く声が響いた。女性のようだが、少ししわがれて聞こえる。老婆というには若さを感じる声だが、ともあれ声の主がどこにいるのかと室内を見回すも、それらしき影も見当たらない。不気味に揺れる謎の植物は山ほどあるが。
「カトリーヌさん!? こちらに来れたのですか」
ミドリが声の主に呼びかける。その視線の先には泡立つ銀色の泉があった。これが声の主だろうかと考えていると、突如として泉の中から一匹の山羊が飛び出してきた。
「私を誰だと思ってるのよ。アンタ達だけじゃ寂しいだろうから手伝いにきてやったのよ」
山羊は雌のようで可愛らしい姿をしているが、どうやら尊大な態度でふんぞり返っているらしい。とてもそうは見えないが。
「ハヤト、ユカ。こいつはカトリーヌっていう地獄の領主にゃ。こんな姿だけどめちゃくちゃ偉いにゃ。ミウはサタンの部下だけど、こいつはサタンの対等な仲間だからにゃ」
偉いという割にはこいつ呼ばわりだが、ミウがそこまで言うからには強力な悪魔なのだろう。地獄の領主という言葉からして、ただの人間にとっては恐ろしい響きだ。
「ふふん、敬いなさい。ユカって言ったわね、私と契約すれば魔法を使えるようになるわよ」
「本当ですか! どんなことをすればいいのでしょう?」
思いがけない助け舟に目を輝かせるユカ。ハヤトも完全に他人事の気分で良かったなあと呑気な感想を抱いている。
「そうね……まずはアンタの記憶を見せてもらうわ。半端な覚悟だったら手を貸してやらないわよ」
記憶を見るとは、さすが高位の悪魔はやることが違う。ユカは合格できるのだろうかなどと考えるハヤトだが、ふと目に入ったミウの顔は妙にニヤついていた。
「ユカ、私の背中に乗りなさい」
「え? あ、はい」
少し見つめ合った後、カトリーヌが指示を出す。ユカは言われるままに山羊の背中にまたがる。
「よし、今から私達はパートナーよ! 駱駝女なんぞ私達の敵じゃないわ!」
何があったのかは分からないが、ユカはカトリーヌと契約できたらしい。ここに新たな魔女が誕生したのだが、当の本人はただ困惑するばかりだった。
「カトリーヌは力はあるけど頭が弱いにゃ。テキトーに相手してやるといいにゃ」
ミウの言葉に、曖昧な笑みを浮かべることしかできないハヤトだった。
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