対面

 剣の襲撃を退けたハヤト達だったが、難なく対処したように見えて、その実かなりの体力を消耗していた。ハヤトは運動部なので多少動き回ったぐらいではへばらないのだが、既に強い疲労感に襲われている。


「なんだろう、妙に疲れるんだけど」


「光の盾を出しっぱなしにしてるからにゃ。魔法石の力を使ってても、自分の魔力をいくらか消耗するにゃ」


「魔力は生命エネルギーですから、多用すればそれだけ体力を消耗します。それに、刃物を突き付けられた状態ではどんなに冷静さを保っていても自然と緊張して余計な体力を使ってしまうものです」


 ミウとミドリが説明をしてくれる。その二人も声から疲労が伝わってきた。圧倒的な強さを見せるミウと強力な魔法を披露するミドリだったが、ハヤトとユカを守りながら休みなく力を使い続けてきたために消耗も激しかったのだ。


「ごめんなさい……何の役にも立てなくて」


 ただ守られるだけのユカが、申し訳なさそうに謝る。三人が自分をかばって戦う姿を見ていたのだ。どれだけ足手まといになっているかはよく分かっている。だが、ハヤトはユカに笑顔を向ける。


「謝ることなんてないよ。あんなのに対抗するのは普通の人間じゃ無理だから」


 魔法を使えない人間には、魔法に対抗する術がない。この数十分で嫌というほど思い知った事実だ。ハヤトもミドリ達に貰った魔法石の力でなんとか攻撃を防げているだけで、戦力になっているとは言い難い。


「もうすぐですから、頑張っていきましょう!」


 落ち込んでいる様子の二人を元気づけるように、ミドリが明るい声を出して階段を上り始める。その気づかいに感謝しながら、ハヤトはユカの手を取って立ち上がらせ、目的地へ向かって足を踏み出した。




「ずいぶんと遅かったな、優等生ども」


 屋上に辿り着くと、そこには同じ高校の制服を着た男子が仁王立ちになって待ち構えていた。小柄で童顔の男子にその態度は似合っていなかったが、それよりもすぐにユカが上げた声に皆が意識を持っていかれる。


「リョウタくん! どうして……」


 やはりリョウタ本人だったか、とハヤトは思考を巡らせる。この状況は想定していたが、ここからどうやればこの一年生二人を両方救えるのか、考え得る限りのパターンを頭の中でシミュレートしているのだ。言葉で説得するには、ハヤトはリョウタの人となりをまるで知らない。安易な一般論で乗り切れるとはとても思えなかった。


「どうして? お前が俺たちの邪魔をしようとしたからだろ!」


 だが、ユカの言葉に食ってかかるリョウタの様子は理知的とは言えない。つけ入る隙はありそうだ。ハヤトはミドリとミウに目配せをすると、いつでもユカをかばえるように傍に立つ。


「邪魔って? 私は何もしていないわ」


「俺達の集まりを先公にチクろうとしていたじゃないか! 気付かれないとでも思っていたのか。神に選ばれた人間の力を甘く見るなよ」


「でも気付いたのは他の人にゃ」


 ミウの言葉に、リョウタの身体がビクリと動く。ハヤトは最初このやり取りの意味が分からなかったが、ここまでのリョウタの態度と物言いを思い返してすぐに察した。要するに自分は神に選ばれた凄い人間なんだぞ、お前の行動もお見通しなんだぞとユカに対して自分の優位性を主張しているところに、誇らしげに語っているその実績は他人のものだろうとミウが指摘したのだ。凄いのはお前じゃない、と嘲る意図がこの短い言葉に込められていて、リョウタにはそれが覿面に効いたのだ。ここまで即座に敵の気質を見抜き、的確な煽り言葉を投げかけられる悪魔の知能は恐ろしいと感じた。


「だが俺の出した剣でボロボロになっていただろ!」


「丸腰の相手にしか通用しなかったにゃ。盾を持ったハヤトに完封負けにゃ」


 どちらかと言うとミウが難なく剣を破壊したのだが、ここでハヤトを巻き込む。もちろんリョウタにはこの方が精神的なダメージを与えられるという判断だ。最初にリョウタが発した「優等生ども」という一言から、リョウタはユカだけでなくハヤトにも明確な敵意を持っているということを読み取っていた。


「黙れ!」


 結果として、リョウタは自分の右手から巨大な青い光の剣を生み出し、斬りかかってきた。絶妙に相手の神経を逆なでする言葉を投げかける黒猫の挑発が功を奏し、敵は冷静さを失っている。だがハヤトが光の剣を目にした瞬間、嫌な予感がした。


「守れ!」


 前に飛び出して光の盾を構え、振り下ろされた剣を受け止める。その手に今まで感じたことのない、重い衝撃が伝わった。光の盾はミサイルも防ぐという。ということは、この剣の威力はそれに勝るとも劣らないと言えよう。


「お前はなんでそっち側なんだよ天才野郎! 神に選ばれたんだろ!」


 ハヤトの盾と同じく、リョウタの剣に重さはないのだろう。子供がおもちゃの剣でチャンバラごっこをするかのように、連続で剣を振ってくる。それらを盾で弾くハヤトの腕には確実に衝撃が伝わり、徐々に痛みを感じ始める。ミドリとミウが加勢しようとするのを感じたハヤトは、もう片方の手で制止した。


「なんだそれは、お前一人で十分だって言いたいのか? はっ、完全無欠の優等生が神に力まで授かってるんだもんな。そりゃあ余裕の態度も見せようってもんだ! 俺が神に選ばれてやっとお前らの上に立てたと思ったのに、なんでユウヤもお前も選ばれてるんだよ!!」


 リョウタは自分の攻撃がどれだけハヤトにダメージを与えているのかが分からない。彼自身の感覚では全ての攻撃が軽々と防がれているのだ。これまでの剣も全て退けられ、こうして新たに覚えた技も通用しない。闇雲に剣を振るうリョウタの目には、知らず涙が浮かんでいた。防いでいるハヤトが苦悶の表情をしているのも、ぼやけた視界には映らない。


「リョウタくん、もうやめて!」


 ユカが叫ぶが、その声はリョウタの耳に届かない。今の彼は目の前にいる〝全てが自分の上位互換の〟ハヤトに対する憎しみでいっぱいになっていた。


――悔しい、悔しい、悔しい!! 


「……」


 痛い。腕は痛いが、それ以上に心が痛い。ハヤトは、リョウタのむき出しの劣等感に襲われてどうすればいいのか分からなくなっていた。ただ、今のリョウタをミウやミドリのより強い力で倒しても救うことは出来ないということだけは、確信を持って言えるのだ。


――僕は、どうすればいい?

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