未熟

――落ち着け。数の多さに惑わされるな。


 一人の人間が操っているなら、ニ十本を同時に操ることはできないはずだ。となれば数の多さに惑わされず、その時ごとに襲ってくる数本を防ぐことに集中すればいい。仮に全てが同時に動く場合、それは予め決められたパターン通りに動いて単調な攻撃になるだろう。そこまで考えると、二本の剣が上から突き刺してきた。


 ハヤトは横に転がって攻撃をかわすと、身体を起こして盾を構える。顔を上げると、ちょうど三本の剣がハヤトに向かって飛んできたところだ。それぞれが上、右、左から斬りつけてくる。


――確かにニ十本同時には襲ってこないけど。


 この調子で連続攻撃を受けたらさすがに身が持たない。軽く後ろに身を引きながら、円を描くように盾を振り回して三本の剣を同時に弾いた。


 すぐに次の攻撃を探して首を巡らせると、息が苦しくなるのを感じる。視界の端が白くなり、視野がどんどん狭まっていく。これは部活中にも時々起こる現象だ。極度の興奮状態になって血管が細くなり、激しい運動で消費した酸素の供給が間に合わないのだ。つまり酸欠状態である。


「落ち着くにゃ、ハヤト一人で戦ってるわけじゃないにゃ!」


 そこにミウの声。ハッとして振り向くと、そこには数本の剣を一度に咥えて嚙み砕こうとしている黒猫の姿があった。


「大丈夫です。私もサポートしますから、ユカさんにもハヤトさんにも傷一つつけさせませんよ」


 ミドリの穏やかな声に励まされる。確かに次の攻撃が来る様子はない。ミウがいくつもの剣を捕らえ、ミドリが魔法で他のものを押し返している。ハヤトは脳に酸素を送り込むため、大きく深呼吸をした。


 冷静になってみれば、先ほどの三本はバスケットボール部のハヤトにとってあくびが出るほど退屈な攻撃だった。同時に複数の方向から攻撃するという発想はいいが、それにしたって完全に同時では複数攻撃のメリットを捨てているようなものだ。刃物で斬りつけられるという、これまでの人生で全く遭遇したことのない経験が、ハヤトを必要以上に興奮させ単調な攻撃を恐ろしい攻撃のように錯覚させていたのだ。


 頼もしい仲間の存在を思い出した時、ハヤトの乱れていた呼吸は一気にリズムを取り戻した。虚空より牙をむく無数の刃が、瞬時に子供のおもちゃへと変化する。


「そうか、向こうも剣なんて使ったことがないんだ。だから単調な攻撃を繰り返すことしかできない」


 考えてみればおかしい話だった。ユカは上着がボロボロになるほどあの大きな剣で斬りつけられていた。普通ならとっくに死んでいてもおかしくない。いたぶるつもりでわざと手加減していたのでなければ、それは単純に威力が足りないだけだったのではないか。そもそも〝習得者〟は皆まだ魔法を使えるようになって数日程度。未熟でない方がおかしいのだ。


「そうにゃ。敵はまだひよっこにゃ。ビビる必要はないにゃ」


 そう言いながら次々と剣を噛み砕いていく。あっという間に残り数本まで減らされた剣を見て、ハヤトは思わず安堵のため息をもらした。


「気を抜いてはいけませんよ。数が減れば、それだけコントロールが容易になります」


 ミドリの警告が耳に届くや否や、一本の剣がハヤトに襲い掛かってきた。先ほどとは違い、鋭く力強い斬撃に見える。光の盾は難なく剣を弾くが、ぶつかった時の音がこれまでより重く感じた。


「敵はまだポテンシャルを全然引き出せてないにゃ。裏を返せば、それだけ伸びしろがあるってことにゃ」


 ミウがまた一本、剣を砕く。残された剣のスピードが、わずかだが上がったように感じる。また三本の剣がハヤトを襲ってきた。今度はそれぞれがわずかにタイミングをずらし、剣の位置も少し離れて、一動作で三つとも弾くことができないようにしてある。確かに敵は戦いの中で学んでいるようだ。この攻撃もハヤトにとっては難なくかわせる程度のものだが、この次は分からない。上達スピードの速さに内心舌を巻いていた。


――たった一度の失敗から、どれだけ多くのことを学んでいるんだろう?


 まだ姿も見ていない相手に、敬意にも似た感情を抱く。そしてだからこそ、こんな力の使い方をする、いや、させることは許されてはいけないと思っていた。脳裏に浮かぶゴモリーの笑顔に、嫌悪感すら覚えるハヤトだった。




「くそっ、なんだあいつら!」


 一方、リョウタは剣を次々と破壊され苛立っていた。このやり方は失敗だったようだ。実際に動かしてみたら、想像以上に操るのが難しかった。頭の中で組み立てた理屈は、いざ実戦となるとまるで機能しない。これが机上の空論というものかと、変に納得してしまった。


「剣は空を飛ばすものじゃなく、手で握って振るものだよ」


 その背中に、またユウヤの声がかかる。さっき帰っていったと思ったのに、また姿を現してリョウタにアドバイスめいた言葉を投げかけてきた。


「うるせえな! 俺に指図するんじゃねえ!」


 また肩をすくめて姿を消した生徒会長を見送ると、リョウタは少し考え、右手を身体の前に突き出した。何かを握るような形で虚空に向けた右手の中に、光が生まれる。


「……青いな。天才野郎の盾は緑っぽかった。色の違いに意味はあるのか?」


 ブツブツと呟きながら腕を振るリョウタの右手には、冷たく輝く青色の光が大振りの剣を形作っているのだった。

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