剣と盾の出会い

 扉をくぐり抜けた先でハヤトの目に飛び込んできたのは、同じ学校の生徒が制服をボロボロにされて逃げる姿だった。追いかけているのは空を飛ぶ剣だ。教科書や映画でしか見たことがない、刃渡り60センチほどある西洋式の直剣がヒラヒラと舞うように少女の後をつけている。


「守れ!」


 呑気に状況を分析している気にはなれなかった。即座に光の盾を出し、少女と剣の間に割って入る。


「ハヤトさん!」


 ミドリの声が耳に届く。走り出したハヤトの目には彼女の姿が見えないが、魔法で援護してくれるだろう。後付けになるが、これは無謀な行動などではないという自信を胸に抱いて更なる一歩を踏み出す。結果として、最速で少女の傍へと駆け寄ることのできたハヤトは勢いよく飛んできた剣を光の盾で弾き返すことに成功したのだった。


「ヒーローだにゃ」


 ミウのからかうような声が聞こえるが、ハヤトはそんな言葉に構っている余裕がなかった。彼は剣を


「どこだっ?」


 一撃目は防げたが、それで飛んでいった剣が視界から消えている。すぐに周囲を見回し、剣の姿を探した。死角から突き刺されでもすれば、一巻の終わりだ。助けられた少女――ユカはその場に尻もちをつき、そんなハヤトの姿を呆然と見上げている。


「上です!」


 ミドリの声に従い、上を向くと目の前に剣の切っ先が迫ってきている。頭上から真っ直ぐに落ちてきたのだ。盾で防ぐ暇はない。考えるよりも速く身体が動き、身をひねって頭上からの刺突をかわす。同時に甲高い音がすると、ハヤトの頭があった辺りで火花が散り、剣がまた弾かれた。ミドリの魔法だ。


 剣は再び宙に舞うと、今度は円を描くような軌道でユカに迫る。かなりのスピードだが、ハヤトも伊達にバスケットボール部員をしていない。これは素早く反応し、ピボット|(片足を軸にしてその場で身体を回転させるバスケットボールの技術)で身体を回転させ最小の動きで盾を剣の軌道上に差し込む。また弾かれた剣は空中で舞い踊る。


「ラチがあかないにゃ」


 ただ弾き返すばかりでは一方的に攻撃され続けるだけとみたミウが、ミドリの肩で背中を丸めた。それは、猫が獲物を狙う時のポーズ。その目は空中の剣を見据え、身体のバネを最大限まで縮め――跳ぶ。


 次の瞬間、黒猫は剣を口に咥えて地面へと降り立っていた。


 あまりの速さに、ハヤトはその動きを捉えることができなかった。だが、少女を襲っていた空飛ぶ剣は確かにミウの口にある。当面の危険が去ったことを理解し、大きく息を吐いた。


「これは魔法で作り出された剣にゃ。ちょっと期待外れだったにゃ」


 一体なにを期待していたのか、ミウはそう言いながら口の剣を粉々にかみ砕いてしまった。ここにきて初めて、ハヤトはこの黒猫が悪魔なのだという事実を強く意識する。ただの喋る猫ではない、確かな、いや、圧倒的な強さを持った〝何か〟。自分が必死に弾き返していた剣を事も無げに捕まえて破壊してしまうこの黒猫は、その飄々とした態度からは想像もつかない戦闘力を秘めていたのだ。


 砕かれた剣は空気へ溶けるように消えていった。魔法で作られたというなら、また次がくるかもしれないが、ミドリとミウがいる限りは恐れる必要も無さそうである。


「大丈夫ですか?」


 未だ地面にへたり込んでいるユカに、ミドリが話しかける。ボロボロになった上着の下には、幾つもの切り傷を負った肌が覗く。肩で息をし、まだ言葉を話せない状態の彼女に、魔女は優しく手をかざした。


「傷を治しましょう。落ち着いたら、少しお話を聞かせてもらいますね」


 ミドリの掌から橙色の光が放たれると、ユカの全身を包み込んでいく。みるみるうちに傷が癒えていくのはハヤトも想像していた通りだったが、同時に切り裂かれた制服のブレザーも綺麗に元通りの姿に戻ったのを見て心の内で驚く。


「ふふふ、魔法には白魔法と黒魔法の二種類がありますが、こうやって傷を癒したり物を修復する白魔法の方が種類が多いんですよ」


 穏やかな笑みを浮かべながら、得意げな口調で語るミドリである。ハヤトにとっては魔法に白黒があることも馴染みが薄い。どこかで聞いた覚えはあるのだが。


「どうでもいいにゃ。それより〝習得者アクワイヤ〟はどこにゃ?」


 冷めた態度のミウが発した言葉に、ハヤトとミドリは表情を硬くする。彼女達にとっては大した危険がないとはいえ、一般人の少女を殺傷しようとしていた魔法使いが近くにいるはずだ。その犯人を捕まえなくては。


 この時、ハヤトは天使達のやっていることを肯定する気持ちになっていた。やはりこのような力の使い方をする者からは力を取り上げるべきだろうと。




 その様子を、リョウタは建物の上から眺めていた。


「あれは……二年の織崎颯音! あいつも選ばれたっていうのか。あの天才野郎が!」


 成績優秀、眉目秀麗といった言葉で評される二年の有名人。学業が優秀なだけでなく、バスケットボール部に所属しているスポーツマンで女子の人気も極めて高い。リョウタにとって、何もかもを持っている憎たらしい〝天才野郎〟がハヤトなのだった。


 凶刃に襲われる美少女を守る騎士のような美男子。しかも別の女子を引き連れての登場だ。リョウタの憎悪が、より一層強まっていった。

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