スパイのすすめ
「それにしても、さっきの人達は何者なの?」
アリサがキョウコに尋ねた。知り合いのような口ぶりだったし、知り合いでなくても噂をばら撒いていた彼女なら相手が誰だかわかるだろうという思惑だ。だが、そう聞かれたキョウコは不思議そうな顔をする。
「えっ、生徒会長の顔を知らないの?」
「生徒会長!?」
思わず大きな声を上げたのはハヤトの方だ。言われてみれば自分も以前役員選挙で投票していたはずなのに、生徒会役員の顔も名前も知らない。こういうことはよくあるもので、多くの学校では全校生徒の投票で生徒会役員が決まっているのに、生徒会役員の顔も名前も知らない生徒が少なくない。特にハヤトは学校の人間関係に興味が薄いので、知ろうとも思わずにいた。
見た目の印象からユウヤの方が生徒会長なのだろうが、マサキが生徒会長だったら投票した生徒達は何を考えていたのだろうな、と考えるハヤトである。自分が誰に投票したかも覚えていないのに。
「私立
キョウコの紹介を聞いて内心安堵するハヤトだったが、そんな人物がしばらく前から続いている噂の中心人物だったと知ったら、この学校の生徒達はどんな反応をするだろうか?
「あの悪そうな人も生徒会なの?」
「違うわよ。あっちはただの一般生徒。
なかなか手厳しい紹介をする。いきなり攻撃してきた男の扱いはそんなものだ。
「そうなんだ。ところでキョウコさんは全生徒の点数を把握してるの? 僕はいつも満点なんて誰かに言った覚えがないんだけど」
「はあ?」
ネフィリムは色々な情報を把握しているのだなあと呑気に考え、軽い気持ちで聞いたハヤトだったが、この言葉を聞いた二人が露骨に呆れた表情をする。
「ハヤト君、自分が次期生徒会長候補だって自覚が無いの? みんな知ってるわよ、教師発だけど」
「成績が良くて問題行動もない、行事にも協力的ってことで、次の生徒会長をやって欲しいって担任が言ってたよ」
どうやら教師が言いふらしているらしい。生徒会長候補なんて話も初めて聞いた。ハヤトがぼんやりと過ごしているうちに面倒くさい状況になっていたようだ。
「そんなこと言われても、生徒会の仕事なんて何やってるか知らないし。いきなり生徒会長なんて無理だよ」
「うん、だから二年の夏休み明けから副会長か会計やって三年になったら生徒会長だって」
阿僧祇学園は総合大学の阿僧祇大学と普通科高校の阿僧祇高校からなる。成績優秀な生徒は阿僧祇大学に推薦入学できるので受験勉強をする必要がないため、生徒会役員は三年生の三学期まで続け、次の役員に引き継ぐ慣習ができている。だから成績優秀な生徒が生徒会役員の候補に挙がるのだ。
歴代の生徒会長は阿僧祇大学の医学部に推薦入学し、高額な学費も免除されるという優遇ぶりである。それだけに、生徒会長という役職を全力で狙う者もいる一方、自分には関係ない世界だと思い興味を示さない生徒も多い。
「つまり、ハヤト君はあのユウヤから生徒会長のイロハを教わることになるはずなのだけど……」
そう言ったキョウコは困ったような顔をしている。先ほどのやり取りからして彼女は完全にユウヤと敵対するつもりなのだ。仲間に引き入れようとしているハヤトが彼と接触するのは好ましくないと考えたのだ。
下校時間を知らせるチャイムが鳴り、三人は解散して帰宅することにした。話の続きはまた明日だ。
「ネフィリムも〝
ミドリの隠れ家にて、ハヤトは日中の出来事を全て二人に話した。ミドリもミウも、ハヤトの話を聞いて目を輝かせる。
「こちらは天使と話をつけてきました。あちらの指揮をしているのがガブリエルという慈悲深い大天使だったので、ちょっとしたツテを使って。当面はゴモリーの企みを阻止することで目的が一致しましたので、しばらくは天使も味方になってくれますよ」
「相手の上司がガブリエルで助かったにゃ。ミカエルだったら面倒なことになってたにゃ」
ミドリ達は秘密のルートで天使と話をしていたという。一日でずいぶんと状況が動いたようだ。
「それで、キョウコさんのことなんだけど」
「悩むことはないにゃ。キョウコの仲間になって生徒会でユウヤとも仲良くするにゃ。スパイ活動にゃ。昼はスパイで夜はミウの手伝いにゃ」
ハヤトが自分の身の振り方を相談しようとすると、間髪入れずにミウが指示を出してきた。ネフィリムと〝
「心配はいりませんよ。日中に学校内で戦闘行為が起こることはありません。私達が夜間しか活動しないのと同じ理由で」
その理由は秘密だとミドリは言うが、天使の存在や魔法の仕組みに理由がありそうだとハヤトは思った。するとミウがまたハヤトの頭に乗ってくる。
「そんなことより、これから夜の間は不思議な事件が起こりやすくなるにゃ。魔法の覚えたてはちょっと変わったことをしたくなるものにゃ」
選民を名乗るゴモリーの手下達が、手に入れた力を使って悪さをするだろうとミウは語る。そうやって混乱が広がるのもゴモリーの目的の一つだというのだ。
「さっそく、何かが起こったようですよ」
ミウの行動に合わせ、ミドリがどこか楽しそうに言いながらハヤトの前に扉を出現させる。何もない空間に扉だけが現れる光景は、自分が非日常の世界に足を踏み入れたことをとても分かりやすく示してくれた。気持ちの切り替えができてありがたいと思う一方、恐らく意図的にそれをやったミドリには、人の心を思いどおりに動かせる力があるのだと考える。
それはまさしく、魔女の力なのだ。
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