ネフィリムの目的
ハヤトがこれまでのことを話すと、アリサは最初のうち呆けたような顔をして聞いていた。だが、次第に不満そうな表情になっていく。その横でキョウコは楽しそうにニヤニヤと笑っているが、ハヤトには彼女達の表情の意味がよく分からなかった。なんだかニヤニヤされてばかりだ、と思いつつネフィリムの目的に意識を向ける。
「どうしても分からないんだけど、〝まーちゃん〟の噂を流すのに一体どんな意味があるの?」
キョウコは遊びじゃないと言っていた。真剣にやっていたのだから、それ相応の価値がある行為なのだろう。質問するハヤトにキョウコはニヤニヤ笑いをやめ、真剣な目を向ける。
「物事には順序というものがあるのよ。噂を流していたのは、人間達に平和な日常の終わりが近いことを知らせるため。心の準備もなく天使と悪魔の戦争に巻き込まれたら、間違いなく未曾有のパニックが起こってそれだけで大勢の人間が死ぬ。何となくでも、世の中がおかしくなりつつあることを認識していればパニックはだいぶ抑えられるわ」
キョウコの口調は淡々としていて、真面目そのものだ。とても冗談には聞こえないし、大袈裟に誇張している様子にも見えない。つまり、本気で大勢の人間が死ぬと考えているのだ。
「でも、警鐘を鳴らしただけでは被害を先延ばしにするだけ。戦争が始まれば、天使も悪魔も人間のことなんか地面にわだかまる
話の流れから言って、その仲間とはハヤトのことだろう。わざわざ自分の存在を教えるようなことをしたのだ。だが彼には気になることがいくつもあった。何より、自分はミドリとミウと共に『回転する炎の剣』を探さなくてはならない。そう約束したから。
「悪いけど、僕は魔法なんてこの光の盾しか使えないし役には立てないよ。それに気になってるんだけど、サタンは人間を巻き込むつもりがないってミウが言っていたし、天使は人間を悪魔の駒にしないように魔法の力を消して回っている。君の流す噂はそれを邪魔しているんじゃないか」
その上、ネフィリムと敵対関係にあるらしいゴモリーはハヤトとキョウコを会わせようとしていたように思えた。そこはあえて口に出さなかったが。
「私が欲しているのは強い戦士ではないわ。志を同じくする仲間、つまり同志ね。ハヤト君はとても頭がいいし、アリサちゃんは行動力があるわ」
「へっ、私も!?」
自分は完全に蚊帳の外だと思って話を聞いていたアリサが、素っ頓狂な声を上げる。ハヤトもまさかキョウコがアリサを仲間にするつもりだとは思っていなかったが、秘密を知られた以上は黙って帰すつもりはないだろうとも考えてはいた。
「それに、あの程度の噂で天使の邪魔をできるわけじゃない。さっきの奴等を見ればわかるように、〝
「……天使の見回りは穴だらけだぞって挑発して危機感を煽っているのか」
「そう。ゴモリーは大天使の目すら盗むほどの力を持っているわ。神社に行く時も、誰にも出会わなかったでしょう? 最初からゴモリーの結界に招き入れられていたのよ」
あの時に感じた不気味な空気は、天使にも感知できない魔法の空間に入り込んでいたことを示していたのだとハヤトは理解する。確かに、ミドリがちょっと魔法を見せただけで飛んできた天使があんなに派手な登場をした地獄の公爵に気付いた様子がないのは不思議だった。そうやって天使を欺き、マサキやユウヤのような狂信者を増やしていたのだろう。
「キョウコちゃん、私は何をしたらいいの?」
「えっ、アリサは仲間になるつもりなの?」
やる気満々な口調でキョウコに話しかけるアリサに、ハヤトは不安な顔を向ける。キョウコの話には不思議な説得力があるが、まだ彼女が人間の味方だとは確定していないのだ。とはいえハヤトのようなしがらみがあるわけではないアリサが望むのなら、彼が止める筋合いはないのだが。
「うん、だって友達だもん」
「ありがとう、アリサちゃん。すぐに何かをしてもらうことはないわ。しばらくは私と状況を見ましょう」
あれこれと心配しているハヤトが浮いてしまうぐらいに気軽な理由で協力を表明するアリサだが、もちろん彼女がキョウコの仲間になる理由は他にもあった。自分が知らない間にどこか遠くの世界へ行ってしまいそうなハヤトに少しでも近づこうと、超常的な世界に足を踏み入れる覚悟を決めたのだ。
「ハヤト君はどうする?」
「……一日待って欲しい。ミウに黙ってそんなことを決めたら恐ろしい呪いでもかけられるかもしれないし」
ミウは口約束でも悪魔との契約が成立すると言っていた。自由意志が認められるのか疑わしいし、キョウコが信用できるか相談したいと思っていた。
「悪魔と契約してしまっているのだから仕方ないわね。私の考えが正しかったら、その悪魔との約束を絶対に破ってはいけないわ」
反発を受けるかと思ったが、キョウコはむしろミウに相談することを推奨してきた。考えてみれば、神社に向かったハヤトの行動を把握していた彼女は最初から彼の状況を理解した上で仲間に誘ってきたのだ。相談しようとするのも想定のうちなのだろう。
「ミウって黒猫だっけ? 会いたいのは魔女の子なんじゃないのー?」
アリサが目を細めて言った。ささやかな嫉妬心からの言葉だったが、ハヤトは彼女に言われて思い出してしまった。ミドリが彼に見せた妖艶な笑みを。
彼女の姿を思い浮かべた時、ハヤトの心に早く会いたいという気持ちが湧いてくるのだった。
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