まーちゃん現る
ハヤトがキョウコの話を聞いている様子を、物陰から覗いている人物がいた。アリサだ。
「ううー、なんて言ってるのか聞こえない」
単なる好奇心ではなく、ハヤトへの執着心でこの場へとやってきたアリサだが、キョウコが何やら熱心にハヤトへ話しかけているのを見て不安が増大する。朝の会話から考えれば恋愛要素は何一つないのだが、どういうわけか彼女にハヤトを奪われてしまうような予感がしたのだ。まずハヤトはアリサのものではないのだが、そこは考えないようにしている。
「気になるなら聞きにいけばいいだろ」
そんな彼女に背後から声がかかる。聞いたことのない男の声だった。
「だ、誰っ!?」
思わず大きな声を上げて振り返る。当然、その声にハヤトとキョウコも気付く。
「アリサ? 聞いてたのか!」
まずい、とハヤトは一瞬思うが、すぐにもっと別のことに気を取られた。アリサが顔を向けている人物には見覚えがないが、一見して普通の学生ではないことが分かった。今時なかなか見ることのない、髪を金色に染め制服を着崩した男子で、恐らく学年は一つ上の三年生。その視線は、目の前にいるアリサではなくこちらにいるキョウコに向いていた。
「お前がネフィリムだな。あのお方から聞いてるぜ」
ネフィリム、あのお方。それらの単語が示す意味。ハヤトは多くを考えるよりも早くキョウコと男の間に自分の身体を割り込ませ、左腕を胸の前に持ってきた。ここであれを使えば、アリサにも秘密が知られてしまう。だが、そんなことを考えるよりも本能が鳴らす警鐘に突き動かされて、口を開いた。
「守れ!」
即座に展開される蛍光色の五角形に、正面から真っ直ぐ飛んできた光の矢が当たって弾ける。男が魔法で攻撃してきたのだ。状況から考えて、彼はキョウコを殺すか、それなりに手傷を負わせようとしていたらしい。
「ままま、魔法っ!?」
目の前で繰り広げられた光景に叫び声を上げるアリサ。この後の説明が大変だとハヤトは思ったが、まずは『この後』に辿り着かなくてはならない。魔法使いの男、つまり〝まーちゃん〟あるいは〝
「なんだ、お前もペキュリアーかよ」
「ペキュリアー?」
男は次の魔法を使わず、言葉を発する。また新しい言葉だ。恐らく魔法使いを指すのだろうが、一体いくつの呼び方があるのだろう。
「
キョウコが呆れたような口調で説明する。男が襲ってきたことから考えても、彼女はゴモリーと協力関係にあるわけではないようだ。
「あのお方をそのような理解度の低い言葉で呼ぶな」
男が不快感を示し、腰を落とした。行動を起こす前兆だ。ハヤトは自分の生命線である盾を消さないように気を付けながら、同じく少し腰を落とした。
「やめろ、マサキ」
そしてまた新たな声が男を制止する。声の主はマサキと呼ばれた男と同学年らしき男子学生だ。こちらは整った黒髪に端正な顔立ちをした、いかにも真面目そうな生徒である。
「ちっ、分かったよユウヤ。今日はただの挨拶だってんだろ」
「分かっているならあまり手を焼かせるな」
そう言ってマサキを大人しくさせたユウヤは、更に上位の実力者なのだろう。やれやれとばかりに肩をすくめてため息をつくと、改めてハヤトとキョウコに身体を正対させた。なおアリサは完全に蚊帳の外である。本人も地面に尻もちをついているが、さりげなく後ずさって男達から距離を取りつつあった。
「ネフィリム、我等が主は君を自由にさせているが、余計な手出しをするなとの
「あいにく、遊びでやってるわけじゃないのよね」
キョウコが目を細めてユウヤを睨みつける。ユウヤはまた肩をすくめて首を振ると、踵を返して立ち去ろうとする。背を向けてから最後の言葉を口にした。
「一人では何もできないさ」
二人の男が立ち去っていくと、ずっと緊張していたハヤトは急に疲れを感じてその場にへたり込んだ。その肩にキョウコの手がかかる。顔を向け、キョウコと目を合わせると、彼女は目線をまた別の方へと向けた――こちらを見つめているアリサへ。
「アリサ」
「何がどうなってるの? ハヤトが〝まーちゃん〟だったの? ネフィリムって何?」
こちらの声を遮って矢継ぎ早に質問をしてくるアリサ。ハヤトはどうしたものかと考え、またキョウコの顔を見る。キョウコは肩をすくめて首を振った。「観念して話せ」と促しているようだ。とはいえ、ハヤトもどこまで話せばいいかわからない。そもそもキョウコはハヤトのことをどこまで知っているのだろうか?
「何から話せばいいかな……」
「とにかく全部! 最初から!」
アリサは洗いざらい白状するように求めてくる。実際に魔法を使っている場面を見られたのだ。仕方がないかとハヤトもじっくり話をする覚悟を決めた。
「そうだな……アリサが最初に〝まーちゃん〟の噂を持ってきただろ?」
「うん、全然信じてなかったよね。それから何があったの?」
アリサが近づいてきて、キョウコも含めた三人で体育館脇の段差に腰掛けて話を始めた。ハヤトは、自分に起こったことを幼馴染に話すならこれを外すわけにはいかないと、覚悟を決めて口を開いた。
「その日、僕は魔女と出会った」
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