神社の出会い

 神社の境内に設置された石碑には、遥か昔にこの地を襲った災いを『輪を描いて回る剣』が燃え盛る炎をまとって災いを断ち切ったという伝説が語られている。


「この石碑、おかしいですね」


 さっそく現地にやってきたハヤト達だが、件の石碑を前にしたミドリがひとしきり文字を読んだり魔法で何かを測定したりした後でポツリと口に出した。その目は眼鏡の奥で子犬のように輝いている。拠点で見せた妖艶な笑みはほんの一瞬で消え、あれは何かの見間違いだったのではないかと思い返すたびに、記憶の中のミドリに背筋をゾクリとさせられてしまうハヤトであった。


「なんか仕掛けられてたにゃ?」


 ハヤトの頭の上からミウが言う。すっかり人の頭に乗るのが気に入った様子である。


「いえ、そういうのはないですけど。ちょっとボロボロになりすぎなんですよ。来歴を見るとそこまで古い神社じゃないのに、この石碑だけ千年以上経っているような風化具合です」


「神社が建つ前からあるんじゃない?」


「それならそういう説明があるはずですし、地形的にこの石碑の下の地面部分も比較的最近造成された土地のようです」


 つまり、何らかの目的で意図的に古く見せているというわけだ。その内容が『回転する炎の剣』に関わるということも含めて考えると、にわかに怪しさが増す。


「剣の方はまだいいにゃ。〝扇動者アジテーター〟はどこにゃ?」


 ミウがハヤトの頭を軽く叩く。周辺を調査しろと言いたいのだろう。だが周囲に人の気配はない。ハヤトは人間の気配を察知するような達人ではないが、少なくとも人がいればそれなりに物音がしたりするものだ。


 しかし、ハヤトはそのこと自体を疑問に思った。夜と言っても今はまだ二十時前。通常ならそれなりに多くの人が出歩いている時間帯だ。初夏という季節も相まって空はやっと暗くなったところ、ほんの数十分前は街頭すら点いていなかった。


「そういえば、拠点からここに来るまでの間も誰にも会わなかった。人避けの魔法でも使ったの?」


「え? そんなものは使っていませんけど……あ!」


 ミドリがハヤトの言わんとするところを察し、小さい杖を懐から取り出した。ミウはハヤトの頭からジャンプしてミドリの頭に乗る。


「落ち着くにゃ。まだミウ達の敵と決まったわけじゃないにゃ」


 戦闘態勢を取ろうとしたミドリを制して言うミウの言葉に、ハヤトもこの状況を生み出しているのが自分達の敵だと思い込んでいたことに気付く。同時に過去の自分がアリサに今のミウと同じようなことを言っていたと思い出して、非日常的な状況に飲まれて冷静さを失っていると自覚した。


「ほほほ、サタンの先遣隊が到着したと聞いて足を運んでみれば、何とも可愛らしい子達ではないか」


 そこに聞いたことのない女性の声がかかる。ハヤトとミドリは声の主を求めてこうべを巡らせるが、それらしき姿は見当たらない。


「慌てるでない。余は姿を現すのに時間がかかるのでな」


「ゴモリーにゃ。何考えてるか分からない奴にゃ」


 ミウが声の主を紹介する。ハヤトはその名前を聞いてもよく分からないが、それを聞いたミドリが困ったような顔をしたので、気を許していい相手ではなさそうだと思う。間を置いて、地面に大きな穴が開き、下からせり上がるようにして中から人影が現れた。よく見ると駱駝らくだに乗っていて、顔は暗くてよく見えないが整った顔立ちの女性のようだ。


「うむ、余は地獄の公爵ゴモリーである。少年よ、そなたが此度の生贄か」


「ハヤトさんはそういうのじゃないです」


 ククッと喉を鳴らすゴモリーに、ミドリが抗議の声を上げる。生贄という言葉に穏やかでないものを感じたハヤトだが、ミドリの反応に嬉しさを感じる。そしてそんな二人を見て、ゴモリーは更に笑みを深めるのだ。


「それで、人間に魔法を教えてるのはお前なのかにゃ?」


 ミウが本題を切り出す。それに対してもゴモリーは楽しげに笑っている。


「うん? 人間が魔法を使えるようになるのは、ただの自然現象だ。余は関与しておらぬぞ」


 自然現象という言葉に、ハヤトは首をひねる。天使達は何者かが魔法を教えていると言っていた。ミドリ達も誰かが人間に魔法を教えているのだろうと考えている。それなのにこの地獄の公爵を名乗る女はただの自然現象だと自信を持って言っている。


「嘘は言ってないけど本当のことも言ってない感じだにゃ」


「ほほほ、そなたほどではないがのう」


 悪魔二名が意味ありげな会話をする。どうやらゴモリーは何らかの関係があるらしいが、それはどういうことなのか。改めて彼女の言葉を心の中で反芻はんすうし――閃く。


「もしかして、魔法を使えるようになるっていうのは能力的な意味での話で、実際に魔法を扱う技術はゴモリーさんが教えているとか?」


 ハヤトの言葉に、ゴモリーの顔から笑みが消える。その冷たい目に見つめられ、また背筋が寒くなるのを感じた。が、それはほんの一秒にも満たないわずかな時間。すぐにゴモリーが声を上げて笑い出した。


「ほっほっほ、余の言葉をよく聞いておったようだ。良いぞ、悪魔の言葉を聞く時はそうやって意識を集中させるのだ」


「つまり、貴女が天使達の探している〝扇動者アジテーター〟なんですね?」


 ミドリがハヤトとゴモリーの間に入るように歩み出て、問う。ハヤトのことを悪魔からかばっている形だ。友好的な態度を示しているからといって、気を許してはいけないということだろう。それにまだ分からないことだらけなのだ。噂を流しているのが彼女なのかも不明である。


「そうだ、師団長殿。だが人間が魔法を使えるようになったのは、【門】の影響だぞ。つまりサタンのせいというわけだのう」


「シダンチョウ?」


 聞き慣れない言葉にハヤトが反応した。頭の中で文字が浮かばないが、初めて聞く響きでもない。彼も軍の役職である師団長という言葉は知識として知っているが、目の前にいる少女とその言葉が頭の中で繋がらなかった。


「ほほほ、聞きたいのはそんなことより〝まーちゃん〟の噂ではないかな?」


 だがミドリやミウがハヤトの言葉に反応するより早く、ゴモリーがより重要度の高い言葉を口にする。その呼び名はハヤト達学生の間だけで使われている名称だ。天使達は〝習得者アクワイヤ〟と呼んでいた。


「あの噂を流しているのはゴモリーさんですか?」


 ハヤトの興味はすぐに〝まーちゃん〟に移る。先ほど悪魔の言葉遊びに一矢報いた形のハヤトだったが、全般としては完全に意識を誘導され、手玉に取られてしまっているようだ。

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