拠点
学校が終わり、ハヤトはまっすぐに家へと帰った。放課後にアリサが話しかけてきたが、早々に話を切り上げて別れた。急いだところで、夕食の後にならないと家を出られないのだが、どうにも気持ちが焦る。今日聞いた噂をミドリに伝えたくて仕方がなかった。
「あら、今日は早いのね」
母親からそんなことを言われながら、今日の調査に向けて準備をするべく、部屋に戻る。
「昨日言ってた『回転する炎の剣』について調べてみたけど、隣町の神社にそれっぽい伝説があるらしいぞ」
食後の会話で、父親がハヤトに話しかけた。昨日の話を聞いて、職場の人間にも聞いてみたという。
「隣町の神社!?」
思わず声が大きくなった。今日アリサから同じ単語を聞いたばかりだ。偶然にしては出来すぎだろう。
「行ってみるの?」
弟が聞いてくると、ハヤトは手を顎に当てて答える。
「うーん、今日行くかは分からないけど、近いうちに行ってみるよ」
この話をミドリにしなくてはならないし、危険な相手がいるかも知れない。さすがにすぐ向かうとは言いきれなかった。
その後、ハヤトが家を出ようとすると母親が背中に声をかけてきた。
「気をつけてね。危ないことに首を突っ込んじゃダメよ」
ハヤトの様子から感じ取るものがあるのだろう。身の安全を心配する言葉が投げかけられると、ハヤトは軽く手を挙げて応える。
「大丈夫、心配しないで」
本当は全く大丈夫ではないが、余計な心配をかけさせたくなかった。約束をすっぽかしたとして、本当にミウが罰を与えてくるのかは分からない。だがハヤトはそんなこととは関係なく、ミドリ達の調べものに協力したい気持ちで胸が一杯だった。
「今日もちゃんと来たにゃ。感心にゃ」
家を出ると、すぐにミウが話しかけてくる。家族に聞かれていないか不安になって、家の方を振り返る。玄関のドアはしっかりと閉じられているのを確認すると、改めて顔を前に向けた。
「どうしたにゃ?」
「ご家族にミウさんの声が聞こえていないか気になったんですよ。ここでは猫が喋るのは異常なことらしいですからね」
不思議そうに聞いてくるミウに、ミドリが説明をした。昨夜は天使のライオネルも驚いていたのだが、猫が喋ってもおかしくない地域があるのだろうか。
「そんなことより、拠点は確保出来たの?」
喋る猫のことは昨日十分驚いたからもう気にしても仕方がない。ハヤトは昨日から気になっていたことをミドリ達に尋ねる。
「ばっちりにゃ。これから向かうにゃ」
「すぐそこですよ」
明るい声が返ってくる。この二名のたくましさを見れば見るほど、自分が何を協力する必要があるのだろうと疑問に思えてくる。と同時に、何故か一抹の不安が頭をかすめるのだ。それが一体どういう感情なのかは、ハヤト自身にもよく分からない。
少し歩くと、住宅街に並ぶいくつもの家の一つをミドリが指差した。本当にすぐ近くだ。その上、まさか普通の一軒家を調達してしまうとは、魔法を見せられたハヤトでも予想すらしていなかった。
「ここです。中は掃除してあるので綺麗ですよ」
ごく普通に自宅へ友人を迎え入れるかのような態度のミドリに、ハヤトはまた新たな不安を覚える。この変わった服装をしているが可憐な少女の家に、男子高校生である自分が上がり込むのだ。なんとなく尻込みしてしまう。
「なに照れてるにゃ。心配しなくてもミドリは魔法のことしか考えてない魔法オタクにゃ。家の中に女の子らしいものなんか何一つないにゃ」
何気に酷いことを言いつつ、ミウがハヤトを急かす。何故かミドリは嬉しそうにしているが、今の発言のどこに喜ぶ要素があったのだろうか。
玄関から家に入ると、そこにハヤトの想像していたような風景はなかった。それどころか、外観からはとても信じられないことに、とても広い空間に放り出された。床は絨毯のようだが、ところどころから謎の植物が生えている。何故か空間の中心部には泉があり、銀色に輝く液体で満たされていた。天井を見上げると、何の動物のものかよく分からない頭蓋骨が紐にくくりつけられてぶら下がっている。
「驚きましたか? ここは私の研究室です。あの家の扉からここに空間を繋げました」
「元の家は普通の空き家にゃ。こうすれば中を覗かれる心配もないにゃ」
話によると、ここはあの家の中ではないそうだ。魔法で空間を飛び越えて別の場所に来たと言う。なんとなく安堵するハヤトだった。
「早速だけど、〝まーちゃん〟の噂を聞いてきたんだ」
「頭の切り替えが早いにゃ。いい傾向にゃ」
「どんな噂ですかっ?」
どちらかと言うと考えることを放棄したハヤトが噂の話を切り出すと、ミウが満足そうに前足で顔をなで、ミドリが興味津々といった様子でハヤトに顔を向けた。
「昨日の十七時ごろに隣町の大きい神社の辺りで〝まーちゃん〟が出たって噂が伝わってきた。今までそんなに具体的な情報が入った噂はなかったのに、今日になって突然に」
「それは怪しいですね」
「うん。昨日噂を持ってきたアリサって子に言ったんだ、せめて時間と場所が分かればって。そうしたらこれさ」
あからさまに怪しいとハヤトが主張すると、ミドリとミウもそれに同調した。
「誘ってるにゃ。犯人は学校の様子を監視しているのかにゃ」
「そういう魔法ってあるの?」
「ええ、ありますよ。使い魔を色々な場所に送り込んで、テレビの中継みたいなことが出来ます」
使い魔と聞いてハヤトはミウを見るが、ミウは使い魔ではないと否定された。ついでに頭の上に飛び乗って来たミウに尻尾で顔をはたかれる。
「ミウは
悪魔のランクに差があるようだ。ハヤトは軽く謝罪し、もう一つの情報も伝える。
「ごめん、あと『回転する炎の剣』なんだけど、それっぽい伝説が噂の神社にあるらしい」
「同じ場所にかにゃ?」
「へえ、それは……面白いですね」
ハヤトの言葉を聞いたとたん、ミドリの態度が変わる。これまでの無邪気な少女とは打って変わって、妖艶な笑みを浮かべてハヤトを見つめるのだった。
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