具体的な噂

 結局この日はそのまま解散になった。天使が警戒しているのであまり動き回るのは良くないということで、ハヤトは家に帰してミドリとミウは拠点となる場所を探すと言う。公園は上空からの目を遮れないので、隠れられる建物がいい。


「また明日の夜、迎えに行きますね」


「昼の間はどうしてるの?」


「外に出ないで隠れてるにゃ。ネットで情報漁ったり色々するにゃ」


 悪魔がインターネットを利用するのか、と何とも不思議な気持ちになったが、ミウなら何をやってもおかしくないだろうと変に納得してしまうハヤトだった。




 次の日、ハヤトはいつものように学校に向かった。昨日から一日しか経っていないのに、何だか久しぶりに平和な世界へ帰ってきたような気がする。


「おはよう、ハヤト! また〝まーちゃん〟の新しい噂があるよ」


 教室に入るなり、アリサが話しかけてくる。自分も魔法を疑似的にとはいえ使えるようになったハヤトにとって、あまり快い話題ではなかった。だが気になることがあって、思わす身を乗り出す。


「昨日〝まーちゃん〟が出たのか!?」


 昨日は天使がうろついていた。だから〝まーちゃん〟――天使の言葉を借りれば、〝習得者アクワイヤ〟――は生まれないだろうとミウが話していたのだ。彼女|(?)が読み違えたのだろうか。と思ったところでミウの性別を聞いていなかったことを思い出した。勝手にメスだと思っていたのだが、もしかしたら違うかもしれない。何事も、思い込みで決めつけるのは良くないことだ。それが真実から目を遠ざけてしまう原因になる。


「えっ……うん、そうらしいよ。ハヤトもやる気になったみたいね!」


 ハヤトが食いついてきたので、アリサは気を良くして噂について話し始めた。


「昨日ハヤトが時間と場所が分かればって言ってたでしょ、ちゃんと今回は時間も場所も分かるよ、昨日の十七時ごろ隣町に出たって。あの大きい神社がある辺り」


 妙に具体的だ。これまで〝まーちゃん〟の噂は「魔法を使えるようになった人がいるらしい」というだけのものしかなかったのに、ここに来て突然、日時が出てきた。


「そうか、じゃああれは事が終わった後だったんだ」


「えっ、なになに? ハヤトもう何か見たの?」


 思わず口にしてしまった思考をアリサに聞かれ、しまったと思う間もなく質問を受ける。どう答えたものかと思案するが、うまい言い訳が思いつかない。ミドリ達や天使のことを正直に話すわけにはいかない。秘密の話だし、話したところで頭がおかしくなったかと思われるだけだ。


「……いや、昨日夕飯の後に散歩してたらちょっとだけ不自然な光が見えてさ。噂の魔法じゃないかって」


「どんな光?」


「蛍光色の柔らかい光だったよ。なんだっけ、あの夜に光る道具みたいな」


 光の盾の印象を伝える。嘘の中にも真実を混ぜるというやつだ。間違いなく魔法で生まれた光だし、自分が目撃したのも確かなので自信を持って言える。口から出まかせだとどうしても自信なさげに声が小さくなったり目が泳いだりするものだ。


「緑色のやつ?」


「ミドリ!? あ……ああ、そうだよ」


 ミドリという言葉につい反応してしまった。不味いと思ったが、アリサはハヤトの反応に不思議そうな顔をするだけだった。


「部活が終わったら見に行ってみようよ!」


 アリサは噂の真相を確かめに行こうと誘ってくるが、昨日の天使達が話していた内容を思い返すと、とても不用意に近づく気にはなれない。


「うーん、魔法使いがいるような場所に興味本位で近づくのは危ないんじゃないか?」


「へ? ハヤト魔法なんて信じてないんじゃなかったの?」


 アリサに指摘されて改めて自分の意識が変わっていることを感じた。確かに昨日は魔法なんて嘘に決まっていると突っぱねていたのに、今は魔法がある前提で話している。実際に目にしたし、使うこともできるのだから当然なのだが、それを一般人に知られるわけにはいかない。そう考えたところで、自分はもう一般人ではないのかと、なんだか可笑しくなってしまった。


「フフッ、そうだったな。いや、噂を流している人間がいて急に具体的な日時を示してきたんだ。誘っていると考えるのが妥当だろう?」


「確かに!」


 誘っている。アリサを納得させるために口にした言葉だったが、妙に引っかかった。本当に、突然噂の内容が変わったことには何か意味があるに違いない。それも自分が求めたとたんに。


 天使の話に出てきた〝扇動者アジテーター〟のことが気にかかる。昨日の会話の中で、それはサタンの方針に反発する悪魔ではないかと言われていた。悪魔なら、我々のことをどこかから監視していて昨日の言葉を利用したとしても不思議ではない。となれば、なおさらミドリ達と合流する前に近づくべきではないだろう。


「やはり、何らかの悪意がある奴が噂を流しているんだと思う。もうちょっと様子を見よう」


「そっかー」


 アリサは残念そうな顔をしたが、ハヤトが真面目に相手してくれたからか、機嫌良さそうに自分の席へと戻っていった。彼女にとって、噂の真相を突き止めることは重要な目的ではないのだ。


 ハヤトはまた考え事をしながら授業を聞き流すのだった。窓から見える空は快晴だ。夜には綺麗な星空が見えるだろう。そういえば、今夜の月齢はどうだっただろうか。そんなことを考えていると、教師に指名された。板書の問題を解けということだ。何の苦も無く正解すると、また自分の席で物思いに耽る。そんな姿をクラスの女子達が熱のこもった目で見つめていたりするのだが、ハヤトの頭の中には昨日出会った不思議な魔女と黒猫の姿があるのだった。

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