ファーストコンタクト

「気付かれたにゃ」


 ミウが前足をペロペロと舐めながら言う。ハヤトは何のことか分からなかったが、ミドリが焦った様子を見せた。その態度を見たハヤトの心臓が早鐘を打つ。危険が迫っているのかと、身体中の筋肉に力が入った。


「ええっ、もう天使に見つかっちゃったんですか!? どうして」


「ミドリが魔法使ったからだにゃ」


 先ほどハヤトに見せた魔法の気配をガブリエルが察知して部下を差し向けたというわけだ。魔法を使ったからと聞いて、ハヤトは自分の出した盾を消す。手を下げるだけで消えるので扱いが楽だ。


「ハヤト自身は魔法を使えるようにはなってないから大丈夫にゃ。知らんぷりしてればいいにゃ」


 ミウが前足で顔をこすりながらのんびりとした声でハヤトに伝える。この様子ならそれほど深刻な事態ではないのだろうと、ハヤトは身体の力を抜いた。


 そうしているうちに、頭上から威厳のある声が響く。


「魔法を使ったのは貴公か。その気配……ただの人間ではないな。〝扇動者アジテーター〟か」


 見上げると、空中に浮かぶ巨大な獅子がいた。猫が喋っただけで驚いていたのに、今度は空飛ぶライオンが話しかけてきている。発言内容からすると話しかけられたのはハヤトではないが、自分はいつの間にか地球ではないどこかの異世界に迷い込んだのかもしれないと思いつつ会話を聞く。言われた通りに傍観を決め込むのが正解だろう。


「あなたは普通の人間ですね。まだ〝習得者アクワイヤ〟にもなっていない。どうやら間に合ったようです」


 そのハヤトに背後から女性の声がかかる。意識していない方向から話しかけられて、驚きのあまりに飛び上がりそうになった。振り返ると、そこには心許ない布で身体を覆う美女が立っている。背中には純白の大きな翼があり、西洋の絵画に描かれている女神のようだと感じた。露出の高い女性が至近距離に立っているのだが、不思議と劣情はわかない。その神秘的な雰囲気にただただ圧倒されるばかりだ。


「アジテーターってなんですか? もしかして、魔法を使える人間が増えていることと関係が?」


 そんな連中に対して、ミドリは先ほどの焦った様子はどこへやら、興味深そうな顔で尋ねた。心なしか眼鏡が光っているように感じる。


「……貴公、その人間に魔の力を授けていたのではないのか?」


「ミウ達はさっきここに来たばかりだにゃ。ハヤトに探し物を手伝ってもらう約束したにゃ」


 ミウが声を上げると、空中にいた獅子の身体がビクリと動く。驚いたらしい。やっぱり猫が喋るとびっくりするのか、とハヤトは呑気な感想を持つ。獅子の言った通りのことをしていたのだが、ミウは即座に話をそらしてみせたのだった。


「猫が喋っただと!?」


「喋るライオンが何言ってるにゃ」


 このやり取りを聞いて、どうやらそんなに危険な相手ではなさそうだと変に安心してしまうハヤトだった。隣の美女が小さくため息をつく。


「それで、貴女がたはどういう目的でここにいるのですか? 一般人に魔法を見せるのもやめて頂きたいのですが」


 いつの間にか右手に槍のようなものを持ち、その穂先をミドリに向けて女性の天使が話しかける。するとミドリが首を傾げた。


「へ? 私達が誰か分かってて来たんじゃないんですか。するとやはり、何か想定外の事態が起こっているみたいですねー」


「それはどういう……」


「ミウ達は空にいく準備をしに来たにゃ。とりあえず魔法を使えるようになった人間の噂を探るにゃ。何か知ってることがあったら教えるにゃ」


 槍を突き付けられても動じることなく、二人でまくしたてていくミドリとミウ。その言葉を聞いた女性は槍を下げ、獅子は地面に降り立った。


「空に向かうと申すか。なるほど、貴公らの素性は理解した。今は下手に事を荒立てるべきではなかろう」


 獅子がそう言って敵対の意志がないことを伝えると、ミウも満足そうに尻尾を揺らした。ハヤトは話についていけない。すると女性の天使がまた口を開いた。


「我々も同じ異変の対応中です。分かっているのは〝扇動者アジテーター〟と呼ばれる何者かが人間に魔法を授けて回っているということ。〝皇帝〟の手の者が戦争の駒を増やすために行っているのだと予想していましたが、貴女がたはそういう勢力に心当たりはありませんか?」


「ないにゃ。そもそも皇帝サタンには人間を戦争に巻き込むつもりはないにゃ」


「ああ、分かってきましたよ!」


 ミドリが急に大きな声を出した。両手を顔の前で合わせ、満面の笑みを浮かべている。


「過激派が暗躍しているんですね。あの人達は我が強くてまとまりがないですから」


 ハヤトには何の話か分からなかったが、サタンという言葉は知っている。すごい悪魔の名前だという程度の認識だが。そしてこの翼が生えた獅子と女性は会話の内容から察するに天使であるらしい。ミウは悪魔だとミドリが話していた。そのミウがサタンには人間を戦争に巻き込むつもりがないと言い、天使は〝扇動者アジテーター〟という者が人間を戦争の駒にしようとしていると言っている。


「つまり、そのサタンって奴の方針に反発する悪魔が、人間を悪魔と天使の戦争に利用しようとして魔法を使えるようにしているってこと?」


 急に発言したハヤトに注目が集まる。しまったという顔をするハヤトだが、ミドリが我が意を得たりとばかりに大きく頷く。


「そうです! ハヤトさんは本当に理解力が凄いですね!」


「そういうことだにゃ。ここは共闘するといいにゃ」


 そしてここぞとばかりにミウが天使達に共闘を呼び掛ける。だが獅子は前足を上げ、拒否する。


「いや、目的が一致しようとも天使が悪魔と手を取り合うことなどあり得ない。ここは停戦という形にしておこうではないか」


「へぇ~、あり得ないにゃ? へぇ~」


 獅子の言葉にミウが妙にニヤニヤした笑顔を見せた。猫の顔でもニヤニヤ笑いが表現できるんだなぁと感心するハヤトは、ニヤニヤ笑いをするという童話の猫を思い出した。


「何だか不愉快ですね。ライオネル様、この人間の処遇はどうされますか?」


 獅子の名前はライオネルというらしい。ライオンでライオネルとは分かりやすいなとハヤトは思った。


「ハヤトはミウと契約を結んでるにゃ。たとえ神や魔王でもこの契約を邪魔することは許されないにゃ」


 ミウが今度は毛を逆立てて威嚇する。ライオネルは仕方ないという風に首を振って女性の天使に答えた。


「今は放っておけ、レスティマ。ガブリエル様に報告し判断を仰ごう」


「……分かりました」


 レスティマと呼ばれた天使は渋々頷き、ライオネルと共にまた空を飛んで去っていった。


「うまく誤魔化せたにゃ」


 飛び去る天使を見送るハヤトの耳に、黒猫の不穏な一言が届くのだった。

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