取り締まる者達

 ハヤトがミドリから魔法の講義を(やや強制的に)受けている頃、彼等のいる公園からいくらか離れた場所で、人ならざる者達が集会を開いていた。


「今日もまた一人〝習得者アクワイヤ〟を見つけました」


 凛とした声で話を切り出したのは、腰まで伸びた長い金髪と青い目を持つ人間の女性のような姿をした生物だ。手には槍を持ち、白い布を身にまとっている。それは服と呼ぶにはいささか心許ないが、不思議な力で女性の身体を完璧に覆っている。


「このところ出現ペースが上がっておるな。【門】が開く時が近づいてきたのであろう」


 女性の報告を受けてため息をつくのは、巨大な獅子ライオンのような姿をした生物である。たてがみがあるので雄に違いない。


「処置は完了しましたが、またしても〝扇動者アジテーター〟の尻尾を掴むことは出来ませんでした」


「仕方あるまい、敵は意識の次元を越える者達。恐らく支配者の側近か、あるいは――領主」


 領主、という言葉に反応して女性の眉がピクリと動いた。その表情に不快の色が浮かぶ。


「押し付けられた運命に従って盲目的に殺し合いをしていればいいものを。この数年で状況は一変してしまいました」


「大公爵には幾度となく苦汁をなめさせられてきた。これ以上かの御仁の思い通りにさせてはならぬ」


 女性と獅子が苦々しい顔で話をしているところに、遅れて到着したのか、飛びぬけに明るい声で挨拶をしてくる者がいた。


「やあやあ、どうしたのー暗い顔しちゃって! ため息をつくと幸せが逃げていくよ!」


 肩まで伸びた茶色い髪を振り回すようにせわしなく頭を動かし、女性と獅子に話しかける少女の姿をした生物に、二は姿勢を正して相対する。


「総司令殿、本日は一名の〝習得者〟に『漂白』の処置を実施いたしました!」


「うんうん、ちゃんと見てたよー」


 その場の何もない空中で椅子に座るような体勢を取って、陽気な声を出す少女。彼女は前の二柱の上司であるようだ。姿勢を正して報告する女性に笑顔を向けた。


「人間に魔法を覚えさせたら困っちゃうからねっ、なんたって法だし」


 そう、彼女達は人間に魔法を覚えてもらっては困るのだ。だからこの地域を飛び回り、魔法を覚えた人間――習得者と彼女達は呼んでいる――から魔法の力を取り上げ、その記憶を奪う。その行為を彼女達は『漂白』と呼んでいる。そして彼女達の現在最大の目標は〝扇動者アジテーター〟と呼ばれる何者かを捕縛することである。


 扇動者は彼女達の目を盗み人間に魔法の力を授けて回っている。その目的は彼女達にも分からない。だが好きにさせておくわけにはいかない。何とかして扇動者の正体を掴み、習得者の増加を止めるのが目下の任務なのだ。


「魔の汚染は急速に進行しております。このままでは【門】が――」


「いいのいいの、そっちは全て計画通りだから」


 神妙な面持ちで報告する獅子を、少女が右手をヒラヒラと振ってなだめる。計画通りと聞いて、女性と獅子は共に驚愕の顔を見せた。


「皇帝の侵攻が計画通りなのですか!?」


「あら、言ってなかったっけ? あれは父が預けた言葉に従って動いているのよ」


「なんと――」


 少女の言葉に、二柱は絶句する。まさか不倶戴天の敵がこちらの領域に足を踏み入れることを容認しているとは思いもよらなかったのである。それが意味するところの未来を想像し、身震いした。


「戦争が始まる。でもそこに私達の大切な人間ちゃん達が関わっちゃったら、どうしようもない悲劇が繰り広げられてしまう。だからそうならないように、あの子達を理不尽な暴力の嵐から遠ざけるように、ちゃーんと『漂白』しないとねっ」


 最後の言葉を口にすると同時に少女は空中に立ち上がり、を広げた。それに倣って、女性と獅子もそれぞれの翼を広げ空に向かって飛び立つ。


「魔法の気配がしたわ。すぐ行ける?」


「――はい、ガブリエル様」


 ガブリエルの指し示した方向へ、二柱の天使が急降下していった。

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