魔法の話

 家を出るとすぐにやって来た一人と一匹と共に、近くの公園に向かう。それなりの広さがあって人気ひとけの少ない場所に行きたいと言われてハヤトが思いついたのがそこだった。何をするのかと尋ねると、魔法が使えるようになった人間を探すにあたって、ミドリがハヤトに魔法を見せると言った。ハヤトは猫が喋っているだけで魔法の存在を信じていたが、言われてみると未だに実際の魔法を見ていなかったことに気付く。


「魔法って、一見して『魔法だ』ってわかるようなものは少ないんですよ」


 そう言って、ハヤトに分かりやすいように開いた手のひらの上に火の玉を生み出してみせる。何か呪文を唱えたり、時間をかけて精神を集中したりするようなイメージを持っていたハヤトには、確かに魔法だと断定することができない。手品で同じようなことをするマジシャンはいくらでもいるだろう。


「魔法は魔力を使って行うわけですが、この魔力というものは生命エネルギーの一種なので極力無駄遣いしないようになるんです。派手な光が出たりするのはエネルギーの無駄ですからね」


 ミドリの説明になるほど、と納得をする。ハヤトもバスケのシュートは極力無駄な動作を省くように練習している。わざわざシュートすることを周りにアピールするためにエネルギーを使うよりは、確実に決める技術を身に着ける方がいいのは考えるまでもないことだ。


「だから魔法を使える人間の噂は流れても魔法を見たという噂は流れなかったのか」


「それは違うにゃ。ソイツが魔法を使っていると分からなかったら、ソイツが魔法を使える人間だとは分からないにゃ」


「あ、そっか」


 軽い気持ちで出した答えをミウが即座に否定した。まったくもってその通りだ、思わず安易な考えに飛びつくところだったと反省するハヤトに、ミウは目を細めて満足げに頷く。猫も頷くという行動を取るのかと、ハヤトはわりとどうでもいいことに感動してしまった。


「ハヤトは頭の回転が速いにゃ。頭のいいニンゲンは陛下みたいで大好きにゃ」


 陛下みたいとはどういう意味だろうと思うが、何となく聞かない方がいいような気がした。続けてミドリが魔法の仕組みについて長々と語り始めるが、簡単にまとめると魔法には自分のイメージを具現化させて自由に思い通りの効果を生み出す方法と、決まった手順を踏んで誰でも同じ効果を生み出す方法の二種類があるということだった。


「初心者はイメージを具現化させるほうが簡単です。ハヤトさんが考えていたような呪文とか道具、魔法陣なんかを使う方法のほうが高度で、難しいけど強力な魔法を使えるんですよ」


「逆かと思ってた。空想と現実はやっぱり違うものなんだな」


「スポーツを我流でやるのときちんとしたフォームやらを意識してやるのの違いみたいなもんにゃ」


 ハヤトが理解しやすいようにスポーツで例えて教えてくれる。彼女達と交流を深めるほどに、この黒猫が悪魔だというミドリの言葉への疑いが強くなっていった。


「それではハヤトさんも魔法を使ってみましょう」


「え!?」


 突然、予想もしていなかった言葉を投げかけられて動揺してしまう。説明を聞く限りでは、普通の人間がそう気安く使えるようなものではないと感じたのだが。そんなハヤトの態度をよそに、ミドリとミウは地面に何やら図形を描き始めた。先ほど言っていた魔法陣なるものだろうとわかる。これの中に入ると魔法が使えるようになるのだろうかと思ったが、同時に〝まーちゃん〟の噂が一層現実味を帯びてくる。


「これは誰でも魔法が使える魔法陣にゃ。これで魔法を使っても、噂になってる魔法を使えるようになった人間とはたぶん違うにゃ」


 何も言っていないが、ハヤトの考えが分かったのだろう。ミウがこれは〝まーちゃん〟とは関係ないと説明した。その後ろでミドリが地面に描いた魔法陣に手をかざすと、図形の線がぼんやりと光を放ったあと、消えていった。


「魔力が結晶化した特別な石に魔法陣を移し込むことで、本人の魔力をあまり使わずに魔法を使うことができるんです。ちょっとその腕時計を貸してください」


 魔法陣は石に移されたと言い、その石を腕時計に仕込むらしい。石という言葉から想像するものよりだいぶ小さいようだ。宝石のようなものかと納得しつつ、愛用している腕時計が変なものになったら嫌だなと思うハヤトである。


「心配しなくてもちょっと使わない穴に石をはめ込むだけにゃ」


 またもやハヤトの考えを読むミウ。自分は考えが顔に出やすいのかもしれないと悩みつつ、すぐにミドリから返された腕時計を左手首にはめた。どこに石があるのかと、腕時計のベルトを凝視する。聞いた通りベルトの一番上の穴に紫色の石がはめ込まれているのを確認すると、今度はどうやって魔法を使うのかという興味が湧いてきた。


「その石は『光の盾ライト・シールド』の魔法を移したものです。着けた腕を身体の前に持ってきて『守れ』と言えば魔法の盾が出ますよ」


「やってみるにゃ」


 ライト・シールドと叫ばされるのかと思ったが、そこは言いやすい言葉で使えるようになっているらしい。逆に誤発動が心配になるが、よく考えるとポーズを取ってそんな言葉を言う場面は思いつかなかった。


「守れ!」


 試しにやってみると、音もなく目の前に光の塊が現れた。確かに五角形のよくある盾シンボルと同じ形をしている。光と言っても眩しいものではなく、穏やかな蛍光色で目に優しい。ただ、まるで魔法を使った実感がない。なんとも不思議な状況である。


「これならちょっとしたミサイル攻撃ぐらいなら受け止められるにゃ」


「ミサイル!?」


「ええ、さすがに小さいので核兵器まで防げるような性能はありませんが」


 いきなりスケールの大きい単語が出てきた。彼女達の感覚では戦争で自分の身を守れるぐらいの防御能力はあって当然というレベルのものらしい。改めて、日常とはかけ離れた事態に巻き込まれているのだと思うと共に、〝まーちゃん〟達はそんな世界を生きる連中なのかと関わるのが恐ろしくなるのだった。


 目の前にいるのほほんとした女子達の方が、遥かにとんでもない存在なのだということをハヤトが知るのは、もっと先の話になるのだが。

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