約束

「ハヤトさんはお家がありますよね? 何時ぐらいまで大丈夫ですか?」


 話が盛り上がり、さっそく〝まーちゃん〟のことを調べようかという空気になったところで、ミドリが聞いてくる。どうやらこの魔女はハヤトの都合を気にかけてくれるようだ。


「あ、そうか。夕飯があるからもう帰らないと」


 ハヤトの家は両親とも早い時間には帰ってくるので、夕飯は一家そろって食べる習慣がある。


「それは大変です、早く帰らないと!」


 家族そろって夕飯を食べると聞き、ミドリはこれまでとは一転してハヤトに早く帰るよう促した。しかし肩に乗っている黒猫は先ほど協力しろと言ってきていたので、どうしたものかとハヤトはミウに顔を向ける。


「夕飯の後で外に出られるかにゃ?」


 こちらも夕飯のために帰ることには賛成らしい。悪魔というわりには聞き分けのいい猫だ。その後で付き合えるかと聞いてきたので、ハヤトは寝るまでの数時間なら大丈夫だと答えた。彼の家は高校生にもなる子の行動に制限はかけない方針だ。食事だけは一緒に食べることで家族の近況を伝え合う時間としている。ハヤトの学業成績が非常に優秀であることも、親が子を自由にさせる大きな理由の一つとなっていた。中学生の弟はさすがに夜遊びを許されてはいないが、そちらも口うるさく言われたりはしない。


「では、その時にまたお会いしましょう」


「ミドリさん達は食事はどうしてるの?」


 別れを告げる魔女に、自分達はどうするのかと聞いてみた。するとミドリは急に得意げな顔をして胸を張ると、不気味な笑い声を上げる。


「フフフ……私には魔法がありますからね! 魔法を使えばどんな食事も思いのままです!」


「最近食事を出す魔法を編み出したから調子に乗ってるにゃ。テキトーに聞き流すといいにゃ」


「編み出した!?」


 自慢を始めたミドリに呆れたような視線を送るミウだったが、その言葉を聞いたハヤトが食いついてしまった。魔法を使えるということすら、ほんの少し前までは空想の話だと思っていたほどに縁遠いのに、魔法を編み出したとまで言われたら興味がわかないわけがない。その反応を見て、更に気を良くするミドリだったが、ミウがやれやれとばかりにハヤトの肩からミドリの頭に飛び移る。魔女の三角帽子がずり落ちそうになるが、絶妙なバランスでミウが押さえて頭の上にとどまっている。


「落ち着くにゃ。ハヤトが家族とご飯を食べられなくなるにゃ。一家の団欒にゃ」


「ああっ、そうでした! ハヤトさん早くお家へ向かってください」


「そんなに慌てなくても、まだ時間はあるよ」


 家族との食事という話になると、急に帰宅を促すミドリ。その態度に戸惑いを覚えつつ、大丈夫だと伝えるハヤトだったが、ミドリは更に強く帰宅を促してきた。


「ダメです、家族と一緒に過ごせる時間は自分で思っているよりもずっと短いんですよ」


 有無を言わさぬ剣幕に圧され、ハヤトは急いで帰宅しなくてはならないと納得する。


「家を出たらこっちから迎えに行くにゃ」


 ハヤトは小走りでその場を離れながら、背中に投げかけられるミウの言葉にも、もはや疑問すら感じなくなっている自分に気付くのだった。




 家に帰ると、昨日までと何も変わらない日常の風景が待っていた。部活動からの帰路で出会った喋る猫と普通じゃない少女の存在は、やはり夢だったのではないかとすら思えてくる。


「アリサちゃんから電話があったよ。噂がどうとか言ってたけど」


 母親から告げられる、これまた日常の出来事。幼馴染はまだ〝まーちゃん〟の噂を集めているのだろう。何としてもハヤトに真相を暴いて欲しいようだ。


――ミウ達の目的と無関係ではないかもしれないにゃ。


 先ほど黒猫が発した言葉が頭をよぎる。彼女達の手伝いをすれば、噂の真相を突き止めることができるのだろうか。そもそも一体何をすればいいのか。『回転する炎の剣』は見つけなくていいのだろうか。


「ねえ、『回転する炎の剣』って知らない?」


 一家そろっての夕飯が終わり、ハヤトは何となく家族に尋ねてみた。


「なんだそりゃ、ゲームの話か?」


「いや、この辺にある何かを指す謎かけみたいなんだけど」


「回転するならプロペラとか?」


「炎って言うぐらいだから何か燃やすんじゃないの」


 やはり家族に聞いても有力な情報は得られなそうだ。両親に弟も混じって連想ゲームを始めるが、結局答えは出ずに終わる。だが、こんな話が気軽にできる家族というものは貴重なんだろうと改めて思う。ミドリに言われた言葉が頭から離れないのだ。


――家族と一緒に過ごせる時間は自分で思っているよりもずっと短いんですよ。


 見た目は自分よりも若そうな少女だったが、家族はいないのだろうか。そう考えると同時に、そのことに触れないようにしようと心に誓う。きっと気まずい話になるだろうから、と先ほどの態度を思い返しながら考えたのだった。


「あ、ちょっと出かけてくる」


「おう、気を付けてな」


 約束を破らないように、夕食後の会話を終えるとすぐに家を出る。当然のように止めることもなく送り出す父親の言葉に、これが自分の聞く最後の言葉になる可能性もあるのかと、モヤモヤした気持ちになった。


「もういいにゃ?」


 家を出ると、すぐに暗闇からミウが話しかけてきた。分かっていてもビクリと身体が反応してしまう。


「ああ、これからどうするんだ?」


「魔法が使えるようになった人を探しましょう!」


 ミドリがウキウキとした様子で言う。まず〝まーちゃん〟を調べるようだ。夜の闇に紛れて不思議な噂の調査。これから非日常の世界に足を踏み入れるのだという、軽い高揚感が胸にわき上がってくるハヤトだった。

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