第31話 全容

 「この街は、ここ最近までは少し栄えている程度の本当に何の変哲もない街じゃった。けれども、街の近くに大きな穴が出来てな、いつしかそこから魔物がちらほら出てくるようになったのじゃ。その穴は少々特殊で、穴の先は常に何かが渦巻いているようで何も見えず、調査しようにも中々手が出せなかったのだ……」


 「その穴の出現場所というのは、ダンジョンではないのですか?」


 「そうなんじゃ……本当に何故ここに現れたのか誰もが不思議に思っていたんだよ……」

 

 突然現れた奇妙な穴という現象に、俺は空間魔法の類であることを考えた。もしかしたらこの街や姫騎士シェリアは、この世界のどこかで使われた時空魔法の影響を受けて、このような事態になってしまったのだろうか。


 「それだけならまだ被害は殆どなかった。今思えばこの段階で早期に手を打つべきだったのだ……。それからだ……ある日を境に、突然穴から出現する魔物の量も強さも引き上がってしまったおかげで、この街の冒険者だけでは対処出来なくなってしまった……。その時、偶然この街を通りかかったのがシェリア様率いる騎士団の方々だったのじゃ……」

 町長は事の責任は全て自分にあると考えているのだろうか、悔しそうに街に起こった全容を語った。


 


 「ここからは……シェリア様の付き人である、私が」

付き人と名乗った彼女が、悲しげに戦いの顛末を語り出した。

 「姫騎士シェリア様は女性でありながら大変お強く、方々から『姫騎士』『戦姫』とも呼ばれるくらい、武芸に秀でられたお方なのです。そんなシェリア様は人徳も素晴らしく、とてもお優しい方で……真っ先にこの街のために戦うと決め先陣を切って穴に向かわれました。

 シェリア様がいるとはいえ、私たちもかなりの戦線を潜ってきましたから、私たちも最初は勝利を確信していました。ですが……大きな角を持つ、非常に強力で忌々しい魔物が現れ、状況は一変しました。なんとしでてもこの魔物を街へは向かわせてはいけない、もし私たちが破れれば多数の死者が出てしまう……それだけは避けなければなりませんでした……。しかし、私たち騎士団の面子では歯が立たず、結局シェリア様と一騎打ちの形になってしまい…………結果、シェリア様は…………その身を犠牲に……魔物を討伐なされました…………。

 私が……もっと強ければ……!!シェリア様と肩を並べられるくらいに……!!そうであれば……シェリア様はこのようなお姿になってしまうこともなかったのに……!!!」

 

 彼女は語りながら、涙と共に顔を赤く染めていた。そして、自分の無力を嘆くかのように俯きながら必死に涙を拭っていた。


 痛いほど彼女の気持ちが分かった。目の前に戦っている人がいるのに力不足の自分では何もできず、どうしようもない無力さゆえに嘆き悲しむ気持ち。

 今の俺も、ただ何もできず傍観しているだけに変わらないのだから。

 

 それに、ハルと出会う前の俺も昔、自分の力不足で大切な人を守れなかったことがあるから。



 「かの有名な姫騎士様を失うわけにはいかない……。過失は全てこの街、いや決定権を持つ私にありますから……。もし彼女が亡くなってしまうと思うと、いても経ってもいられず、この街の持てる全てを使って治療に当たりました。しかし……結果はご覧の様で……泣く泣く旅の方にもご尽力を賜っているのです……」

 


 そんな中、不意にか細い声が聞こえた。


 「……あまり自分を責めないで……リタ……?」

 それは紛うことなく、姫騎士シェリアの声だった。


 「……ッ!!」

 先程、戦いの顛末を語ってくれたリタと呼ばれたその女性は、ハッとシェリアに目を向ける。その顔は、信じられないといった面持ちで。


 「姫騎士様が、意識を取り戻された!?」

 この場にいる俺とハル以外の全員が、驚き大いに声を上げた。場の雰囲気が、次第に明るくなる。しかし──



 「まだ状況は好転してない!……ッッ!こんなことならもっと修練をしておくべきだった……!」

 その状況を、ハルが静止させる。再び、重い空気が流れ始める。



 「……私なんかのために……ありがとう……旅の人……」

 振り絞るような声で、シェリアは優しげな声でポツリと呟く。


 「喋っちゃダメ!!」

 初めて出会ったばかりなのに、ハルはこの人を何がなんでも救うのだと言わんばかりに、真剣な表情で回復魔法を施し続けていた。だがその表情からは、次第に疲労と焦りが見え始めていた。



 「……だめ……。呪いが身体を侵食してる……。この刺さったものを抜かないと……今の私じゃ、多少の延命措置しかできない……」

 自分の力不足を実感してか、悔しげな表情で彼女はシェリアを見つめている。


 もはやこの場一帯には再び哀感が漂いつつあった。リタにいたっては、再び泣き出してしまいそうな表情をしていて、見ているこちらも胸を痛めてしまいそうだった。


 彼女で無理ならば、手の打ちようがなかった。俺の微々たる回復魔法ではすぐ魔力枯渇に陥って逆に迷惑をかけてしまうだけだ。

 

 悔しかった。ハルに魔法では敵わないのだから、俺が出ても何も変わらない。何もできない自分が……やはりどうしようもなく情けなく思えてしまった。

 


 何か、俺にできることはないのか。必死になって頭を回していると、不意にあることを思いついた。

賭けてみる価値はあるかもしれないと思い、俺はハルにこそっと耳打ちをした。


 


 

 


 

 

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