第13話 目的
「前に言いましたよね、私の罪を一緒に背負ってくださいね、と」
彼女は少し悲しげな表情で語り出した。
「私たち一般天使には各々が担当する街や地域を守護するという役目があるんです。あまり下界に干渉するのは良いとされていませんでしたが、大きな災害や争いごとの際は、手を差し伸べても良いとされていました。私には姉がいて、一緒にある街を守護していたんです。とても……強くて綺麗で……尊敬する姉でした」
姉がいた、という話を始めたあたりから、彼女は少しずつ涙をこぼし始めていた。
「ある時、その街で災禍が起こりました。他国と魔族が手を組んでの侵略でした。大きな街だったため、被害も甚大で……私と姉は地上に降り、数人の善良で魔力の強い人間に対抗できるよう力の一部を授けたんです。その時、私は一人の人間に過剰に力を授けてしまったんです。結局、災禍はひとまず収まりました。ですが、私が力を渡してしまった人間が想定以上に覚醒してしまい、その強力な力で今度は街はおろか周りの国々まで支配しようとしたのです。私と姉は必死で対抗しましたが、敵いませんでした。結果、街も崩壊し、周りの地域まで侵食が及びました。そして……姉さんは……その人間を食い止めるべく次元の狭間に封印しようとして……力を使い果たして……命を落としました」
気がつけばハルは、大粒の涙をこぼしていた。彼女の傷心は俺の想像以上だった。天使である自分の大失態だからこそ、おそらく誰にも言えず、頼ることもできずにここまで来たのだろう。ずっと胸中に溜め込んだ愁傷が爆発したことで、彼女の涙は止まりそうになかった。
「私がもっと強ければ!!力が有れば!!いや、あの人間に力を授けていなければ!!姉さんも、街の大勢の人々も死なずに済んだというのに!!」
「……今までずっと一人で頑張ってきたんだね」
気づけばほぼ無意識に体が動いていた。俺は彼女を優しく抱きしめ、頭をそっと撫でた。もうこの場でこれ以上感情が崩壊していく彼女を見ていられなかったからだ。
「……それだけじゃないんです。私は、この過去を変えるために時空魔法を利用──厳密にいえば、下界の優秀な人間を利用しようとしたんです。私一人では力が足りないと思ったから……」
そこで俺はハッと気づいた。
「……そうです。本来は貴方の事も利用するつもりだったんです。ですが私が力を授けた全員──これまで9人がこの魔法に耐えきれず命を落としました。私は更に罪を重ねて……しまったのです。そして……貴方は…………」
過去を振り返る。時空魔法の習得には成功したが、魔力量が枷となって倒れた。その後も何度も何度も魔力枯渇を経て、最後には魔法の代償で死ぬ寸前まで行った。
「貴方が……死んでしまうかもしれない……しかも私たちのために使った魔法の代償で……そう思った時……私の罪悪感は限界を超えてしまいました。だから、私の全身全霊をかけて回復させたんです……もう、私のせいで目の前で人が死ぬのは嫌だから……」
普段は冷静沈着で愛らしくも凛々しい彼女が、顔が真っ赤になるまで哀泣して懺悔をしている。気づけば俺も涙が出ていた。天使とはいえこんな華奢で可憐で優しい少女が心に抱えるべき爆弾ではないと思った。
「俺はハルにすごく感謝してる。この事実は絶対に変わらないから。死にかけたところを何度も救ってくれたし、そもそも、出会っていなければ俺は追放された身だしどのみちすぐ死んでいたと思うよ。君のおかげで、以前では考えられないくらい楽しくて充実した日々を送れてるんだよ。だから、自分が全部悪いなんて思い込まないで。……あんまり泣くとせっかくの可愛い顔が台無しだよ、顔を上げて?」
そう言うと、彼女はゆっくりと顔を上げた。先程よりもほんの少し、表情が楽になっている──そう思えた。
「私は貴方を利用しようとしたんですよ?それでも……許して……くれるのですか?」
自信のない小声で彼女はそう呟いた。
「当たり前だよ」
「ありがとう……ございます」
言い終わると同時に彼女は俺の体をぎゅっと強く抱きしめ、優しく口づけをしてきた。
「……っ!!」
咄嗟のキスで、俺は反射的に体が動いてしまいそうになったが、彼女がそれを許さなかった。
結局、体の赴くままに、俺も彼女をもう一度優しく抱き返した。
どれほど静寂の時間が流れたことだろうか。
「……ハル?」
流石にずっとこのままというわけにもいかないので、彼女の様子を確かめた。
「…………すぅぅ…………」
疲れきってしまったのだろう、既に眠っていた。その表情はどこか満足げだったため、俺は安堵した。
座ったまま寝かせるのもどうかと思ったので、俺が横になっていたベッドに寝かせようと一度彼女の手を俺の体から離そうとした。だが、思いの外力が強く、無理に外せば起こしてしまうかもしれなかった。
どうしようか考えたが、俺自身もなんだかドッと疲れが来てしまい、眠気に襲われ始めてしまった。
もうこうなるとやることは一つしかなかった。彼女が起きてしまわないよう細心の注意を払い、一緒に横になり、そのまま泥のように眠るのだった。
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