第9話 悪夢

 仄暗い最下層には、異様な魔力と捕食されたであろう魔物の血の匂いが散乱していた。


 ────その時点で退くべきであったのかもしれない。


 真っ先に何かを察知したハルの声に合わせ、俺は咄嗟に全員に防御魔法を張る。


 だが、次の瞬間そのは、前衛にいたジザを鞭のようなもので軽々と岩壁に突き飛ばした。

 安易な防御魔法ならば悠々と貫通してくるという事実を知ってしまい、俺たちは一瞬で恐怖に陥ってしまった。


 「──距離をとれ!!」

 すぐにティアが指示を出す。


 だが、ジザが何にやられたかという疑問を抱く間も無く、極大の魔力が四ヶ所からこちら向けて放たれた。


 炎、氷、雷、水それぞれの魔弾が、四人を襲った。俺とハルは咄嗟に防御壁を更に重ね、どうにか凌いだ。ティアはギリギリで躱したようであった。だが、コクアは完全に躱しきれず、氷の魔弾に被弾してしまったようであった。


 

 ──ついに暗闇から顔を出したのは、四つ首の魔

龍であった。この空間では狭いのではないかとも思えるほどに巨体で、長い尻尾、大きな前足、鱗は黒みがかかっていてかなり長生きの個体に見られた。


 

 「忌々しき龍め……洞窟の全てを喰ろうたのか」

 どうやら洞窟の魔物全てをこいつ一体で喰らったようで、その体は龍と言うにしてはかなり太く大きくなっていた。


 

 「……退きましょう、今の私たちでは敵いません」

 唐突にハルの言った言葉に俺は驚きはしたが、何も疑問は持たなかった。相当強い種族である天使族の彼女が言うのだ。


 

 「………私は残る。時間を稼ぐから、ジザとコクアをどうにか助けてやってくれないか?」

 

 ティアの言葉に、俺は返す言葉が出なかった。やはりここでこの魔物と心中する気であったのだ。

 

 「無理です、今相手は手を抜いてこちらの出方をうかがっているだけで、本気を出せば貴女なんて瞬殺だと思います」


 「なっ!何を言っている?やらなければ分からな──」


 「見ててください」


 冷酷無情なハルの言葉にティアは怒りを露わにしながらそう返したが、直後、ハルが現実を見せつけた。


 「──光魔法、ホワイトバレット」

 彼女がそう唱えた瞬間、これまでに見たことない数の光弾が魔龍に向かい、轟音と煙と共に着弾した。


 威力は俺から見てもそう見たことのないレベルのものであった。都市にいた時でも、二、三回見たことがあるくらい、──それだけ本気で魔法を撃っていた。


 威力と数にティアも何も言葉が出ず圧倒されていたようで、驚嘆の表情を浮かべていた。



 だが、魔龍はその攻撃を受けようともびくともせず、うざったるげな首の動きをした後、尻尾の攻撃と今度は氷と炎二つずつの魔弾を放ってきた。どうやら全然効いていないようであった。


 すかさず先程高威力魔法を撃ったハルの前に出て防御魔法で彼女ごと防ごうとしたが、逆に離れてください、と言われてしまった。


 「……貴方の魔法が必要になる時まで、できるなら温存していてください。ただでさえ魔力量少ないんですから」

 そう言ったハルの顔は、笑っていたがどこか寂しげな顔にも見えた。


 一方ティアの方は、攻撃をうまく躱し、その隙をついて接近し剣撃を放つことに成功していた。多少魔龍に傷が付いたように見えたが、中々ダメージが通らなさそうであった。


 「くそっ!何故だ!何故剣も魔法も通らない!」


 「おそらく長年住み着いて、人や獣やあらゆるものを取り込んだ結果、耐性が付いてしまったのでしょう。」


 ティアは想像以上に憤っていた。俺から見たところ動きは悪くない、というかこの動きならば並大抵の敵なら数秒で細切れのはずだが、相手が悪すぎる。


 「ガルア!ハル!補助魔法を出来る限り私に頼む!──ここであいつとの因縁は断つ!!」


 「分かった!」


 先程よりも決意とオーラの増したティアに、俺とハルで攻撃、防御、速度などあらゆるバフを積む。


 一瞬で距離を詰めて四つ首の一つ目がけて剣を穿つ。前よりはダメージが通っているようだ。


 だが、相手が悪すぎた。次の瞬間、魔龍が全身を震わせ、黒い波動のようなものを出した。それにティアは当たってしまい体勢が崩れ────自分よりも何倍もの大きさである前足の攻撃で岩壁に突き飛ばされてしまった。


 「ティア!!!」

 咄嗟に叫んだが、他人の心配をしている場合ではなかった。今度は追尾型の、それも先程よりも溜めも威力も高い魔弾を複数発撃ってきたのだ。


 咄嗟に防御壁を貼る。今回も割られそうになるがどうにか防ぎきった。ハルの方を向くと、彼女も大丈夫なようであったため、一安心した。


 ついに攻撃に転じようとした瞬間────俺の頭と視界がぐらついた。魔力切れが近い合図だ。


 くそっ、結局仲間に頼りっきりで補助だけで何も出来ていないのに──

 頭の中は自分自身の不甲斐なさで押しつぶされそうになっていた。もっと、俺に魔力と技術があれば………


 ……視界がどんどん霞がかかったように曇り、前が見えなくなってくる。足に力が入らず、思わず体勢を崩し、よろけて倒れそうになった。 


 だが、倒れるまでにはいかなかった。気がつくとハルが支えてくれていた。


 「……大丈夫ですか?あまり無理しないでくださいね?」


 「ありがとう……不甲斐なくてごめん」

 自分の不甲斐なさに思わず涙が出そうになる。


 「何を言ってるんですか?貴方が以前助けてくれなければ、私は今頃こうしてここにはいないんですから」

 彼女は笑顔でそう答えた。

 

 ────これがこの時ハルとした会話の最後であった。


 

 これまでにない魔力の高まりを魔龍から感じた。三つの口が大きく開かれ、こちらを仕留めようと攻撃しようとしていた。


 同時にハルも、今までに見たことのない程の魔力を纏い、片手を魔龍に向け何かを撃とうとしていた。長く綺麗な髪が荒々と唸り、表情もこれまでにないほど真剣な顔であった。


 ほぼ同時であった。魔龍は闇の魔弾を三発放った。


 「時空魔法 時空の捕食者ディメンション・ヴォア

 

 二つの巨大な魔弾がぶつかり、爆発──するかに思えた。



 それは今までに見たことのないものであった。彼女から放たれたは、魔龍の攻撃を喰らい、吸収し、魔龍本体へと向かっていった。


 その魔法は予想通り、魔龍の体を喰らった。これまでにないダメージを受け、魔龍の体が大きく崩れる。


 だがハルの方も、かなりの量の魔力を使った──いや魔力をほぼ使い果たした、と言っても良いのかもしれない。地面に手をつき、その顔は非常に苦しそうで汗も出ていた。もはや彼女も限界が近く、動けないようであった。


 それを見抜いたのか、魔龍は先程攻撃を放っておらずダメージの無い四本目の首を伸ばし───喰わんとばかりに大きく口を広げてハルへ向けた



 「だめだ!!ハル──!!!」

 動こうとするが、体が魔力枯渇で思うように動かない。どうにか彼女を守るべく、今出来る全力で防御壁を貼る。


 だが、それも虚しく、魔龍の牙が容易く貫通した。


 

 ──ハルが一瞬こちらを向いた。

 その顔は笑顔で……少し口元が動いたような気がした。



 

 ────俺はその光景をただただ見ていることしかできなかった。


 

 


 


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