第2話 譲渡
「………罪…?」
そういえば俺は彼女のことをそもそもまだ全然知らなかった。一体その笑顔の奥にはどれほどの過去が存在するのか。そもそも、こんな所にいる時点で訳ありなのはなんとなく察していたが、やはりどうも踏み込みづらい。
「…まぁ、内容については追々話しますね。必ず。なので、先程言っていたあなたの変えたい過去や取り戻したいものの話も、無理には聞きませんからね。誰しも、安易に触れられたくないものはありますから…」
「意外とそういう所には気を遣ってくれるんだな。」
「ふふっ、命張ってまで助けようとしてくれた誰かさんには言われたくないですけどね。」
彼女が人間であれば、気遣いのできる女性として、一瞬で惚れていたかもしれない。都市で除け者にされがちだった自分にとって、その言葉から、久々に他人の温かみを感じた。
「そういえばまだ名乗っていなかったな、ガルアだ。よろしく。呼び方は任せる。」
彼女の名前をそういえば聞いていなかった。
そう思った俺はとりあえず名前を名乗ることにした。
「私はハルといいます。では、早速習得の儀式、やってしまいましょうか。」
「そうだな、よろしく頼む。」
そういうとハルは地面に極大の魔法陣を描き、俺をその真ん中に呼び寄せた。
「覚悟は…本当に出来ていますか。」
「出来ているつもりだ。」
「くれぐれも、この段階で死なないでくださいね。だって貴方の魔力量は少ないのですから。」
「それは本人が1番分かってるから…」
「…仕方ないですね。」
そういうと、ハルは俺の腕を掴み、目を閉じて集中し始めた。
次の瞬間、彼女の腕を伝って、膨大な魔力が流れ込むのを感じた。
これまでにない量、そして俺のものとは全く異なる魔力が注ぎ込まれ、一瞬意識が飛びそうになった。
「これから魔法を習得させるのに充分耐えられる程度の魔力を譲渡しました。他人、それも種族が違うので、体に馴染むかどうかは本人次第ですし、時間もかかりますが、我慢してくださいね。」
数分後、どうにか体内の魔力を暴発させずにある程度コントロール出来る段階まで漕ぎつけられたのでホッとした。
魔力量の少なさから、それを補うための魔力操作の腕を磨いておいて良かったと心から思った瞬間だった。
一方ハルは彼が自分に合わない魔力量を注ぎ込まれて下手をすれば死んでしまうのではとも思った。だが、想像以上の早さでその魔力をコントロールしきった彼を見て、驚きを隠せないでいた。
「(予想以上…私の見込みは…合っていた?)」
一段落したところで、ようやく魔法伝授の儀式に移るとハルは告げた。
「本当に覚悟は出来ていますね?」
「大丈夫だ、問題ない。」
「では始めます……」
そう言うと彼女は目の前に立ち、両手を広げて自分に向けた。
しばらくして、ふと、自分の中で何かが爆けるような感覚がして、目の前が真っ暗になった。
目を覚ますと、そこには木造の天井が広がっていた。手をゴソゴソ動かしてみると、ベッドのシーツのような手触りを感じた。どうにか体を起こそうとすると同時にハルが顔を覗いてきたので思わずぶつかりそうになったが、どうにかカッコ悪い姿を見せることは回避できた。
「…ここは?」
「見ての通り宿です。あの後貴方は倒れてしまって一向に起きなかったので、ここに連れてきました。ちなみに倒れて2日経ってます。」
「そうだったのか…ありがとう…」
そうか、やはり失敗だったのか。かなりの量の魔力を分けてもらいながらも、結局このザマか。
「すまない、自分の実力ぶそ…」
「一応儀式は成功しました。使おうと思えば使えるはずですよ。」
「はい??」
どうやら、成功していたらしい。ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、彼女はこう告げた。
「横になったままで良いので聞いたください。いくつか守って欲しいことがあります。一つは、この能力を無闇矢鱈に口外しないこと。悪用しようと企む人もいるからです。次に、この能力を乱発しないこと。でないと、このように頻繁に倒れてしまいますから。魔力を渡したといっても、あれは儀式のための一時的なものですから、貴方の元の魔力量が増えたわけではありません。それと。私の存在についてです。」
そういえば、この子は人じゃなく天使…だったような…
そこまでいうといきなり彼女が至近距離まで顔を近づけて言った。
「私は貴方と行動する際、常に人間の姿でいますから、正体を誰にも言わないと誓ってください。」
なるほど、人の姿になれるのか、なら、普通に宿に泊まれたとしても、何ら不思議ではないな。
「…そしてこれが本題です。貴方の目的を達成した後でも良いので、私の…願いの実現に協力してください。」
「…はっ…はい!」
今までよりもさらに真面目な顔と口調でこう告げられたので思わずこちらも姿勢を正して二つ返事をしてしまった。
「私の願いは、私の手で死なせてしまった姉とそれに関わって滅んでしまった都市の復活です。」
返す言葉が中々出ず、しばらくの間沈黙が続いてしまった。
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