第24話 思わぬ繋がりと安堵の一息
月曜日の朝、登校した結人は教室で本を開いて文字を眺めていた。
眺めていた、というのは昨日のスーパーでの出来事が噂に広まってないか気になっていたものの、談笑しているグループに「なんか新しい話ない?」なんて聞くことができるはずもなく、仕方なく聞き耳を立てるのに自然な動作を考えた結果である。
当然、開いた小説の内容は断片的にしか頭に入ってこず、誰かがそれらしい話題を出すまでの間、結人はなかなか釣れない魚釣りのような虚無感に一人苦しむこととなっていた。
(……てか別に本読まなくていいか)
毎朝のルーティンである読書を粗雑にするのは何か違うと思って結人は本を鞄に仕舞い、自身の腕を枕にして机に伏せる。
そうすればさっきまでの苦痛が取り除かれて周りの喧騒や物音が聞こえやすくなった。
姿勢が楽なのもあってしばらく机に伏せながら環境音に耳を澄ましていると、教室の前から結人の方に向かって足音が近づいてくる。
その足音は結人の真横で止まり、鞄を机上に置く少し重めの音と椅子を引く音が続いて聞こえた。
顔を上げて横を見ると、康介が立ったまま鞄の中身を探っているところだった。
「……やっぱりお前か、おはよう」
「おはよー結人。わりぃ、起こしたか?」
「いや、そもそも寝てなかった」
「目覚めに効く面白い話あるけど聞いとく?」
「だから寝起きじゃねえって。お前それ話したいだけだろ」
「まあな。ちょっと来いよ」
引いた椅子に座らず康介が誘うので、どうせ碌な話じゃないだろ、と決めつけながらもとりあえず結人は立ち上がってついていく。
廊下に出た康介が壁を背に寄りかかるので結人も倣って隣に寄りかかった。
「それで、話というのは?」
「ちょっと待て」
康介は周りを見回す。
話すにあたって周りに人がいないか確認しているのは、大っぴらにはできないような話をするからだろうか。
つられて結人も周りを見回したが、近いところに人影らしいものは見えなかった。
「……よし。んで、話ってのは小鳥遊さんのことなんだけど、結人は小鳥遊さんに兄がいるのって知ってる?」
「いや、今初めて聞いた。小鳥遊さんって兄いるんだ」
まさか康介からその話題が出るとは思ってなくて結人は驚いた。
反応にもやや動揺の色が滲んで、それを話の内容に驚いたと勘違いした康介は得意げに語り出す。
「昨日とあるスーパーで小鳥遊さんと遭遇した人がいて、その時小鳥遊さんが男の人と一緒だったんだってさ」
「……ふむ、その男の人が兄ってことか。でもなんでその人が兄ってわかったの?」
「話が早いな。なんでも聞いたところによると、その男の人が丁寧に『涼音の兄です』って自己紹介してきたらしい」
「へえ。……多分、小鳥遊さんの兄が自己紹介したのは、妹と素性の知られてない自分が恋仲なんだと相手に勘違いされるのを防ごうとしたからなんじゃない?」
多分も何も、昨日結人が兄を騙って自己紹介したのは有希が勘違いしてそうだったからである。
「あー、多分そうだな。本人も最初は勘違いしてたって言ってたし」
「やっぱりか。……ん? 本人って言ったか? ってことはお前、遭遇した本人から話聞いてんのか」
引っ掛かったワードを追及すると康介は逃れられないことを早々に悟ったのか「……別に隠すようなことでもないしいいか」と割り切ったような口調でこぼした。
「遭遇したのは二組の楠有希ってやつなんだけど、俺そいつと幼馴染なんだよ。だから特別に教えてもらったというか、プライベートだしあんま広めるような話でもないからこれ以上お前は人に言うなよな」
幼馴染ということで結人は昨日会った有希の姿を思い出して隣の康介と並べた。
そうしたところで特に何かわかるわけでもないし、無言でじっと見たことで康介からは「……なんだよ?」と不審がる視線を向けられる。
康介の話を信じるならば、今の段階では有希から康介、康介から当事者である結人に話が回ってきているということになる。
そのうえで康介と有希が幼馴染と聞くと、世間の狭さを感じざるを得なかった。
康介に誰にも話すなと釘を刺されたが、当事者であるこちらはもとより誰に話すつもりもないし、今後話す理由や利点ができることもないだろう。
むしろ有希から漏れないかが心配だったので、有希と康介のスタンスがこちらと同じ方向性でよかったと結人は安心していた。
「いや別に。わざわざこんなこと話すような相手が俺にいるとでも?」
「そっか、お前あんま友達いないもんな」
絶対に広まることはない、という安心させるつもりの発言を棘のある直接的な言葉で刺してくる康介に結人は顔をしかめる。
ただ、友達がいないのは事実なので無駄な反論は控えておいた。
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『そういうことなら、今のところ心配する必要はなさそうですね』
休み時間など合間の時間にメッセージで簡単な経過報告を送って涼音から安堵を含んだ返信が返ってきたのは放課後、結人が帰りのバスで揺られていた時だった。
毎週月曜日は結人の所属する班が教室掃除を担当することになっていて、掃除を済ませてから図書室で本の返却と借り出しをしてきたので今回は普段より大分遅れた下校となっている。
涼音に伝えたのは康介を経由して有希から結人に情報が回ってきたこと、有希と康介両者に情報を拡散する意思はないということの二つで、あとは説明ついでに康介と有希が幼馴染であることに触れたぐらいだった。
『情報共有、ありがとうございます』
『必要な情報だと思ったから共有したってだけ。涼音さんの方はなんか聞かれたりした?』
『いえ、昨日の件に関しては全く』
『そりゃよかった』
どうやら幼馴染コンビがプライベートということで内密にしてくれているのは本当らしい。
最も心配していた涼音が苦労する展開は免れたようで、ほっと安堵の息を吐きながら結人はリアルタイムに思ったことを打ち込んで返信した。
『ところで今日この後、結人くんのお部屋にお邪魔してもいいですか?』
数十秒の時間をおいて涼音から新たにメッセージが来る。
『いいけどなんで?』
『ペティちゃんと遊びたいです』
断る理由もなくとりあえず許可してから理由を聞くと、返ってきたのは欲望に忠実な一文だった。
涼音はペティを可愛がってくれている。
その証拠に初めて結人の部屋を訪れた日からこれまでの数回、涼音が部屋を訪れるたび欠かさずペティと触れ合っていたのを結人は目にしているし、余程待遇が良かったのかペティも涼音に気を許すようになっていた。
結人としても飼い猫と遊んでくれてありがとうという保護者目線の気持ちがあって、それに涼音が自分本位の我儘な要望を結人には言ってもいいだろうと甘えてくれているのが嬉しくもあった。
『歓迎するよ。けど帰宅中だから帰ったらまた連絡するね』
『急かすようでごめんなさい。気長に待ってます』
(……今後も遊びに来るだろうし、鍵渡すか)
涼音がペティと触れ合っている様子は傍から見ていて微笑ましくもあり、彼女の日々の疲れがペティと触れ合うことで多少でも癒えることに期待して、いつでも遊びに来れるよう気を利かせてもいいのではと結人は思うのだった。
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