第18話 緩く涼しい午後の陽気

 二人とも美味しそうに昼食を食べてくれるし、事あるごとに味を褒めてくれるので、褒められ慣れてない結人は恥ずかしくて居た堪れないほどだった。

 何はともあれ、二人とも取り分けられた分をしっかり完食して、さらにおかわりまでしてくれたのは作った側として嬉しいことこの上なかった。


「ご馳走様でした」


「ご馳走様。片付け、手伝った方がいいかしら?」


「お粗末さまでした。いや、いいよ。こっちで全部済ませるからソファにでも腰掛けてゆっくりしてなさいな」


「あら、珍しく優しいじゃない。じゃあお言葉に甘えさせてもらうわね」


 “珍しく”は余計だと思ったが気分がいいのでスルーしておいて、結人は重ねた食器を流しに運んでいく。その背後では紬が「涼音ちゃんもいらっしゃい!」と自分が腰掛けているソファの隣を手でとんとん、と触れながら涼音を誘っていた。

 涼音が「はい」と従順に従ってソファに腰掛けるあたり色々と思う部分はあるが、控えめな涼音を慮って紬がさっきから色々と誘導してくれるのはありがたかった。


 洗い物を始めて気づくのは、ご飯粒一つとないお皿の綺麗さだ。

 改めて残さず綺麗に食べてくれたんだなと実感するし、気分が良い。

 いつからか鼻歌なんかを口ずさみながら結人は皿洗いを終える。それからリビングの方に視線を向けて、結人は呆気に取られてしまった。

 

 リビングのソファで話していたはずの二人が、いつの間にやらソファに身を預けて眠ってしまっていたのだ。


(確かに途中から静かだなとは思ってたけど……)


 遠目から見ても二人が瞼を閉じて微かに肩を上下させているのが分かるので寝ているとみて間違いないだろう。

 ソファの溝に引っ張られてか二人が寄り添う形になっていて、涼音が紬の肩に頭を寄せているので、まるで仲良さげな構図になっていた。紬が若く見えるのもあってなかなかに映える並びである。


 なんとはなしに結人はソファにスマホを向けてカメラを起動し、シャッターを切る。それからスマホを下ろした後に湧いてきた多少の罪悪感に対する贖罪しょくざいとして寝室からブランケットを取ってきて二人にそっと掛けた。

 ソファに近づいて分かったことだが、そこは窓から入る風が涼しく、陽だまりも心地良いベスト昼寝スポットだったのだ。午前の曇りが嘘のような晴天で、うたた寝してしまうのも頷けるものである。

 あまりに気持ち良さげに二人が寝ているので、自分も涼音の隣のあと一人分空いているスペースを拝借してしまおうかという思考が僅かに脳裏をよぎったが、色々とよろしくない気がしたのでやめておいた。


---


 今のうちに……ということで、乾燥機能で乾かしておいた衣類を洗濯機から取り出して片付けたり、軽い掃除を済ませてリビングに戻ってきたが、相変わらず二人ともソファで眠っている。

 やることもなく手持ち無沙汰なので、結人はポットに水を注いでIHコンロでお湯を沸かし始めた。


「ミャー、ミャー」


 ぼんやりキッチンに突っ立っていたところにペティがとたとたと歩いてきて、鳴きながら結人の足下をぐるぐる回り始める。構ってほしいときの仕草だった。

 

「はいはい、お湯が沸くまでなら相手するよ」


 屈んでペティを持ち上げ、リビングの広いスペースに移動して座る。

 寝ている人たちがいるために音を立てて動き回るような遊びはできないが、それは仕方ないので我慢してもらうしかない。


「よーしよしよし……」


 懐の中のペティの身体を撫で回してやると、ペティはだらんと身体の力を抜いて気持ちよさそうに目を細める。

 お気に召したらしいのでそのままペティを撫で続け、しばらくしてからソファの方に目を向けると


「あっ…………」


 目が合ったまま長いようで短い、気まずい沈黙が流れる。


「……起きてたんだ。おはよう」

 

「……おはようございます。ごめんなさい、寝てしまって。あとブランケットもわざわざありがとうございます」


 そう言うと涼音はソファに座ったまま上方向に大きく伸びをした。その無防備すぎる挙動のせいで布越しに一瞬強調された丘を捉えてしまい、結人は慌てて目を逸らす。

 そんなこちらの動揺も知らずに涼音はソファから立ち上がるとなぜか結人の正面まで来て姿勢正しく正座してきた。

 丘を捉えてしまった後ろめたさから涼音の顔を直視できないでいると、涼音は「あの、触ってみてもいいですか?」と結人の抱えているペティに視線を向けた。


「あ、ああ。もちろん」


 抱えていたペティを少し前に持ち上げて待っていると艶やかな指先がペティの毛並みに触れる。ペティは悪いようにはされないと悟ってか、大人しくされるがままにしてくれた。

 数十秒ほど堪能してから涼音は「シルクみたいで柔らかいですね」という感想を口にしする。「そうだろ」と一応の同意を示す結人だったが、正直なところシルクの柔らかさがいまいちわからないので共感し兼ねたのは内緒だ。


「……てか、起きてたんなら教えてくれてもよかったんじゃないか?」


 涼音の要求を呑んだ後で、愛猫と戯れる様子を盗み見られた恥ずかしさが今になって不満気味に口から漏れた。


「それは……ごめんなさい。でもお楽しみのところを邪魔してしまう気がしたので……」


「ま、べつにいいけど」


 申し訳なさそうに言われると強く言い返せない、というかそもそも言い返す気もないので結人は軽く溜息をついて許すことにした。


「…………えっと、この後コーヒー淹れるんだけど、小鳥遊さんも飲む?」


 変に会話が終わって気まずい沈黙が訪れると居た堪れないので繋いで聞くと、涼音は眉を下げて困ったような表情に。


「私苦いのダメなんですよね……」


「あ、そうなんだ。じゃあミルクたっぷり甘めのカフェオレは?」


「……来栖さんのお手間にならないのであればお願いします」


「オーケー任せな。その代わり、出来上がるまでこっちの相手を頼む」


 言うや否やペティを涼音の膝下に押し付けて結人は立ち上がる。

 一瞬戸惑った様子の涼音だったが、すぐに「任せてください」と口元を緩めて嬉しそうにペティを撫で始めた。


「結人ー! 私の分のブラックコーヒーも追加でお願い!」


(いつから起きてたんだよ……)


キッチンに向かう途中、背後から突如聞こえてきた元気な紬の声に内心悪態をつかざるを得なかった結人だが、聞くのも面倒なので「了解」と振り返らずオーダーを受け取るだけに留めておくのだった。

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