第17話 初めてのおもてなし
「お、お邪魔します……」
親子二人に次いで玄関の扉を潜った涼音は緊張しているらしかった。やはりというか、その場の流れで連れてこられたようなものなので無理もないだろう。
「いらっしゃい! ほら、結人も。本来はあなたが言うべきなのよ」
「分かってる。……えっと、いらっしゃい、小鳥遊さん」
紬はこういうところにうるさい。それに元々言おうとしてて紬とタイミングが被っただけなのにこの言い草は本当に不服だった。
まあ、それでも促された客人を招く言葉にその感情を乗せたりはしないのだが。
「ふふ、ご丁寧にありがとうございます」
家族間のちょっとしたやりとりに微笑ましさを見出したらしく、涼音がくすりと笑みをこぼす。緊張が解けてリラックスできたようならよかった。
取り敢えずといった要領で、後がつかえないよう順に靴を脱いでフローリングに上がっていく。
最後の涼音を待っている間、紬は曲がり角からリビングに続く廊下をちらっと覗いていた。本来ならあったであろう可愛いらしい小動物のお出迎えがなかったことを気にかけているらしい。
「ペティちゃんは寝てるのかしら?」
「多分そう。……あ、ペティっていうのはうちで飼ってる猫の名前だよ」
ペティは起きていればだいたい玄関まで出迎えてくれるので、そうでないなら寝ている可能性が高かった。
答えるついでに話から置いてけぼりの涼音に説明を付け足すと、涼音はエントランス前での紬の発言に合点がいったようで「ああ、それで猫だったんですね」と頷く。
「そうそう、涼音ちゃんも是非ペティちゃんと仲良くしてちょうだいね。それとお昼ご飯は結人が作ることになってるのだけど、それで大丈夫かしら?」
「はい、大丈夫です」
「ならよかったわ。じゃあ結人、後は頼んだわよ。涼音ちゃんは待ってる間私とお話しましょうね!」
「えっ、は、はい」
(……色々質問攻めにするつもりだな)
ここまでの様子からそんな気はしていたが、紬は涼音に興味津々らしい。一人息子に初めて仲の良い異性が現れたのだから、その相手がどんな人物か気になるのだろう。
にっこり微笑む紬に圧倒されてほぼ強制的に了承させられている涼音を傍目に、時間の有効活用とはいえ結人は涼音を可愛そうに思わざるを得なかった。
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「わあ…………!」
「二ヶ月経ってどうなるかと思ってたけど、しっかり手入れしてるのね」
先にキッチンで手を洗ってタオルで手の水分を取っているとリビングの入り口付近から感嘆の声が二つ続いて聞こえてきた。
「あ、ペティちゃん! 久しぶりねー!」
紬の声に反応してリビングの隅の寝床で寝ていたぺティが瞼を上げる。
ペティはリビングの入り口の方を一瞥すると、挨拶代わりと言わんばかりに大きな欠伸をして再び寝床に顔を埋めた。
紬の隣にいるであろう美女には興味すら無いのか、それとも単純に睡眠を優先したのかは分からないが、対応が素っ気無くて結人は思わず苦笑いしてしまった。
「二人は先に座って待ってて」
待っている時間を考慮して先に座るよう促すと紬は何か考えるように顎に手を当てた。
「涼音ちゃんは……そうね、奥の席に座ってちょうだい」
「分かりました」
紬に言われてダイニングテーブルの奥の席に座る涼音。そして紬はというと、涼音の向かいの席の椅子を引いて座るのだった。
「じゃあ色々と聞きたいことがあるのだけど早速いいかしら?」
「……えっと、答えられないものもあるかもですけど、それでよければ」
「全然問題ないわ」
紬の遠慮のなさから涼音のどんな情報が引き出されるのか気になって聞き耳を立てていると急に紬がこちらを向いてきた。
「手が止まってるわよ、結人」
「……あ、ごめん」
女性二人の会話をBGMに聴きながら、結人は昼食を作り始める。
メニューはオムライスに付け合わせのスープとサラダを予定していて、IHコンロの上には片手鍋とフライパンを用意しておいた。片手鍋はスープを作るためのもので、フライパンはチキンライスを卵で包むために使うのだ。
では肝心のチキンライスはどこに? という疑問が湧くだろうが、もちろん忘れた訳ではない。
結人はバックカウンターにある炊飯器の蓋を開けて中を覗き見る。
途端に中からふわっと溢れ出てくる蒸気とケチャップの香り。
(……お、よくできてるな)
しゃもじで軽く混ぜて触感を確認し、スプーンで少量を掬って軽く冷ましてから口に運ぶ。
(うん、ちょうどいい味だ)
ネットで見つけた炊飯器で作るチキンライスのレシピ。
ケチャップの味が強過ぎることもなく白米やそれぞれの具材とバランスよく絡み合っていて、具材の食感も狙ったものになっている。
大前提が上手くいったので、結人は気分よく次の工程に移ることにした。
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紬が涼音に対して行った質問の数々はどれも涼音のプロフィールや人となりを知るためのもので、誕生日や血液型、好きな食べ物など簡単なものが多かった。
意外だったのは、紬に趣味を聞かれた時の涼音の答えだった。
「趣味…………ゲームとか、ですかね?」
「あら意外。どんなジャンルのゲームが好きなの?」
「そうですね、私はFPSゲームが好きです」
(へえ、FPSなんだ。意外だな。でも最近は女子のFPSゲーマーも増えてきたし、時代だなあ……)
「えふぴーえす……? あまり詳しくないのだけど、それって大人数で鉄砲を撃ち合う感じの?」
「鉄砲……まあ、そんな感じです」
「ふーん……ギャップ萌えってこういうことを言うのかしら。多分そうよね」
紬は頷いて自己完結している。
確かに普段の涼音の言動や美貌からは想像できない趣味ではあるし、意外性を感じるとともにどんなゲームをどのようなプレイスタイルでやるのか興味も湧いてくる。
(一緒にゲームをすることで新しく気付けることもあるだろうし、そういう機会があったら誘ってみよう)
そんなことを考えながらも、料理の工程は最終段階に差し掛かっていた。
スープを作る片手間にサラダを作り終え、今はメインのオムライスに取り掛かり始めたところだ。
フライパンにキッチンペーパーを使って油を引き、バターを落としてフライパン全体に馴染ませる。それが済んだら早速溶き卵をフライパンに流していく。
ここからは卵の焼き加減と集中力の戦いだ。結人が理想としているのはふんわり食感の卵で、溶き卵を軽く菜箸でかき混ぜながら少し待ち、底に火が通り始めた瞬間を狙い目にフライパン中央にチキンライスを投入してすぐ火を止める。それから卵の外側を菜箸でつついてフライパンにくっつかないようにしつつ、頃合いを見て卵を中央に畳む。
これでオムライス自体は完成だ。後は形を崩さないようゆっくりフライパンを傾けてお皿に盛り付ける。栄えを気にしてプチトマトや小さく切ったブロッコリーを周りに配置してみると色合いのバランスも良く見えた。
その後も特に失敗することなく全員分のオムライスを作り終え、紬と一緒に運び終わって三人がダイニングテーブルに揃う。
席に着いてから結人は改めてテーブルを眺めた。
それぞれ個人に取り分けたオムライスとサラダにスープ、おかわり用のサラダボウルにスープの入った鍋。端の方には市販のドレッシングが2種類置いてある。
そのまま視線を正面に向けると、料理の出来栄えに目を輝かせる涼音の表情が見えた。見た目のウケは悪くないようだ。
「お二人とも長らくお待たせしてごめん。どうぞ召し上がってくださいな」
「結人もお疲れ様。さ、いただきましょうか」
「はい」
紬が涼音に目配せし、二人揃って手を合わせながら「いただきます」と食材に感謝を告げる。
両者とも最初に手を伸ばしたのはオムライスだった。紬も涼音も形は違えど丁寧な所作で一口分を掬い上げて口に運んでいく。
結人はその様子を緊張気味に見ていた。
母親である紬はともかく、そう親しいとも言えない異性の客人に料理をご馳走する機会がこの年にして訪れるとは全く想像がつかないものだ。だから、口に合っていてくれとただ願うばかり。
紬は意味ありげに頷きながら味を吟味しているが、それを肯定的と捉えていいのかは分からないし、隣の涼音はいまいち表情の変化も無く読み取れない。
そう観察していると、あっという間に二人とも一口目を嚥下してしまう。
果たして味の評価はどうなのだろうか。
先に口を開いたのは紬だった。
「うん、味もいいんじゃないかしら。涼音ちゃんはどう思う?」
「とても美味しいと思います」
涼音は表情にふんわりと花咲かせながら嬉しい感想を告げてくれた。
「よかったわねえ」
「本当によかった……」
女性陣二人が笑顔で感想を告げるので、結人は諸々の緊張が解けて溜め息混じりに呟くのだった。
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