第14話 アフターディナー②

「そういえば、テストどうだった?」


「……そうですね、全教科九割超えといったところでしょうか。まだ自己採点できてませんから正確な数値はわかりませんが」


 本来の目的がテストの慰労会だったことを思い出して聞いてみると、涼音からはさも当然のような口調でハイスコアが返ってきた。


「へえ、すごいね」


 あまり驚かなかった、というよりむしろ普段から何でも完璧にこなすイメージが涼音にはあるので言われて納得した、という方が近い。なんなら結人よりは確実に上だろうから、全教科満点だってありえるだろう。


「たいしたことではありませんよ。しっかり予習復習と試験の対策をすれば、普通であれば誰でも取れる点数です」


「確かにそれはそうだね」


 普段からしっかり予習復習し、今回の試験の対策をしていた結人もそれは実感している。

 ただ、高得点を取る方法が分かっていても苦痛を避けて勉強しない人間が中には存在する訳で、そういう意味でしっかりやっているのは感心に値すると思う。


 澄ました横顔を眺めていると、「今度はこっちの番です」とでも言いたげに涼音がこちらを向いてきた。


「そう言う来栖さんの点数は聞いてもいいんですか?」


「ダメって言ったら聞かないの?」


 涼音の言い回しに断る余地がありそうだったので悪戯心で聞き返せば、涼音は呆れと困惑を合わせたような表情をする。


「ダメなら別に聞きませんけど。でもあなたのことですから、聞かれて困るような点数は取ってないでしょう?」


「何を根拠にそう思うのさ?」


「学校での素行、ですかね。来栖さん、授業しっかり受けてますし、指名されても答えられてますから。それに課題は大体すぐに済ませてるでしょう?」


「……よく見てるんだね」


「中央列の最後尾に座っていると自ずと色々目に入ってくるんですよね」


「なるほど。……因みに俺は全教科九割前後ってところかな」


「私と大差ないじゃないですか」


「まあね。多分、俺も小鳥遊さんも順位表に名前が載るんじゃないかな?」


「載るでしょうね」


 担任の教師曰く、成績の上位数名は廊下に張り出される順位表に名前が載るらしい。


 名前が載れば恐らく学年の中では頭がいい方であるという評判が得られるのだろうが、結人は評判のために勉強しているわけではないし、それは涼音も同じはずだ。

 それに評判が得られる、というよりは勝手に評判が立つので、涼音に関しては間違いなく周りからもてはやされるだろう。

 

「成績故に周りからもてはやされそうなものだけど、それは大丈夫そう?」


「褒められる分にはそのまま受け取ればいいので大丈夫です。素直に嬉しくもあるので」


「それはよかった」


 にこやかに話す様子を見て安心していると、一転して涼音の表情が僅かに曇る。


「……ただ、遠巻きに変に神格化されたり崇められたりすると反応に困るというか、才色兼備を否定すると謙遜だとか言われて結果的に火に油を注ぐことになって大変というか」


「あー……」


 容易に想像できる状況と涼音の気苦労に結人は同情する。

 どうやら涼音は自分のことで周りに騒がれるのがあまり得意ではないらしい。それに、涼音が自身を崇拝の対象にされて喜ぶほど自己肯定的であるようにも結人には見えない。


 涼音をそう扱っている連中も、なにも悪気があってそう扱っているわけではないのだろう。

 本当に涼音を尊敬しているし、敵わないと思っているからこそ、そう扱っているわけであって。


 となると悪気がないという部分が一番難しい。

 現にこうして涼音が大変な思いをしているのに連中には悪気がないので指摘もしづらい。それにそもそも不特定多数なので指摘しようがないし、なんなら風潮とすら思える。

 周りも気付きづらいのだろう。散々褒め称えられている裏側で、彼女が面倒な思いをしているとは。


「そればっかりはなあ、どうしようも」


「そうですよね……私もどうしようもないのは理解してます。でも実際疲れますから、少し愚痴らせてもらいました」


 しゅんと視線を落とした涼音は「ごめんなさい。来栖さんにしかこんなこと言えませんので」と呟くように口にする。


 この問題はそう簡単に解決できそうにない。というかほぼ不可能だが、解決しないうちは継続的に涼音に疲れが溜まっていくだろう。

 涼音が弱音を吐ける相手が自分しかいないと言うのなら、自分が定期的に彼女のメンタルをケアしてあげたほうがよさそうだ。


「別に迷惑とか思わないから愚痴でもなんでも、いつでも話してくれていいよ。メンケアなら任せてほしい」


 握り拳を自身の胸元にとんとん、と当てながら言えば、涼音は姿勢を正して「ありがとうございます。よろしくお願いします」と深く頭を下げた。


(なんか距離あるよなあ……)


 一礼するに連れて流れる艶髪を眺めながら結人は思う。


 丁寧な態度は涼音の癖みたいなものだろう。

 それは良い癖でもあるのだが、ある程度の信頼関係を確立した今だからか、丁寧に頭を下げられると何処となく距離が遠いように感じる。

 それに、気を遣う度に彼女から申し訳ない旨を言われるのはこちらとしてもやりづらかった。


 なので結人は涼音に対してとある要求をすることにした。


「カウンセラーとクライエントの関係が成立したところで、一つ小鳥遊さんにお話があります」


「はい、なんでしょう?」


「これは小鳥遊さんには難しいかもしれないけど、もう少し態度をフランクにしてもらえないかな。その、礼儀正しいのはいいんだけど真面目に頭を下げられると他人行儀に感じるというか……あー、でも実際他人ではあるか。そうだな……」


 他人行儀な態度を指摘したところで、事実他人なのだから説得力に欠けてしまう。

 ずばり自分が何を言いたいのか分からなくなって、結人は頭を悩ませた。


 距離の違和感を払拭する≠他人行儀な態度を控えてもらうにはどうすればいいか。


「……つまりそれは私に友達として接してほしいということですか?」


 静かな声音が結人の思考を遮った。


「友達……そう、いうことになるのかな?」


 友達というと確かに接しやすいイメージがあって結人の求めるものにはかなり近いかもしれない。

 でも、あの涼音が友達として接することができるのかという懸念や、彼女に無理をさせることにならないかという不安があった。


 そんな諸々の雑念は涼音の微笑みと、それに続く言葉で搔き消される。


「そういうことなら構いませんよ。というか、ここまで色々と関わりがあるのに今更他人は無理があるでしょうし」


「まあ、それは俺も思ってたけど……。じゃあ小鳥遊さんがいいのならそういうことで。改めて友達としてよろしくね」


「こちらこそ友達としてフランクに接せるよう善処しますのでよろしくお願いします」


「…………ふっ」


 そういう涼音の口調はフランクとは到底言えないもので、可笑しさに耐えられず結人は吹きだしてしまう。


 その様子を見た涼音が頬を膨らませながら「な、なんで笑うんですか!」と可愛らしく怒ってくるので何とか笑いを堪えて「ごめんごめん」と謝りつつも、このやり取りに結人は友達としての第一歩を見出した。


 

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