第13話 アフターディナー①
食卓周りの掃除を終えた結人は、一足先にソファで休んでいた。
本当は洗い物が大変そうなので涼音を手伝ってあげたかったが、結人が手伝おうか聞く前に涼音の方から先に休むよう勧めてきたので、お言葉に甘えさせてもらうことにしたのだ。
結人が腰掛けている淡い水色のファブリックソファは二人掛けのスタンダードなもので、リビングにある水色の家具の中で最も大きいものだった。
身体が沈みすぎて身動きが取れなくなるわけでもなく、程よい反発力があってソファの座り心地は良い。
結人の自宅には三人がけのソファがあるが、ペティの存在や周りの雰囲気に合わせてフレームタイプのラムースを選定しているため、このソファとはクッションの感触や肌触りが全く違っていた。
「……あの、隣いいですか?」
これはこれでいいな、とソファのもう片側に手を置いてクッションの感覚を堪能していると、すぐそこから透き通った声が聞こえてきて結人はぱっと顔を上げる。
いつの間にか食器洗いの水音は止んでいて、洗い物を終えたらしい涼音が躊躇いがちな表情で目の前に立っていた。
「あ、ごめん! もちろんどうぞ」
「ありがとうございます。……失礼します」
速やかに手を退けると、涼音はロングスカートの裾をさっと伸ばしながら結人の隣に姿勢正しく腰かけた。
二人掛けとはいえ、それが大人を基にした尺度であるからか、結人と涼音との間には二十センチメートルほどの距離が空いている。
それでも食卓で向かい合っていた時よりは確実に近いので、結人はどこか落ち着かなかった。
「洗い物お疲れ様。油物あると大変だよね」
「ええ、まあ。ない時より丁寧に洗う必要があるので、どうしても時間は掛かってしまいますね」
「そうだよなあ。今更なんだけど、テスト終わってから休む間もなく手間のかかる料理作らせたの、申し訳ないなって」
今になって思えばテスト最終日の夜というだけでも大変なのに、『豪勢にしてみては?』なんて相手の苦労を考えない提案がよくできたものだ。過去の自分を殴ってやりたくなる。
……しかし、己を恥じる意味での謝罪に、涼音はふるふると首を振った。
「そこは気にしなくていいです。無理だったらそもそも来栖さんに提案された時点で断ってますし、私が作りたいものを作ったので」
それにこの前の恩返しの意味もありますから素直に受け取ってください、と涼音は微笑む。
「……じゃあ、ありがとうってことで」
「はい! こちらこそ、あの時はありがとうございました」
軽く頭を下げた後、気恥ずかしくて視線を下に落としたままでいると、視界の隅でぺこりと会釈する涼音が見えた。
これでお互いの貸し借りは無くなった訳だが、それに伴ってこれまで築いてきた確かな信頼や友好関係すらもリセットされるわけでないというのは、素直に嬉しいことだろう。
「……あー、そうだ。デザート取って来ようか?」
「私が取ってきますよ」
気恥ずかしさを紛らわすためとちょうど会話が途切れたのもあって提案してみると、涼音が率先して立ち上がる。
そのままキッチンへ向かう健気な少女の背中を、結人は何となく目で追った。
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数分もかからずキッチンから戻ってきた涼音は、両手のそれぞれにプリンの入ったガラス瓶とスプーンを携えていた。
ガラス部分が冷たいからか蓋の部分を上から掴むようにして持ってきて、ソファに腰かけた涼音はその片方を自身の目前にあるローテーブルに置く。
「どうぞ」
「どうも」
もう片方は両手を添えてこちらに差し出されたので、結人は礼を言ってガラス瓶とスプーンを順に受け取った。
……受け取ったはいいが、自作の品を涼音より先に開封するのは如何なものか。
そう思った結人はガラス瓶とスプーンをローテーブルに置き、ソファに背中を預けて涼音の様子を観察することにした。
涼音はガラス瓶を持ち上げて、興味ありげに眺めながら一周させている。 それから蓋に封をしているラッピングシールを剥がそうとして、流石に不動の結人が気になったのかこちらを覗いてきた。
「……食べないのですか?」
「いや、食べるよ」
そのまま様子を窺い続けると涼音に不信感を抱かれかねないので、仕方なく結人もラッピングシールに手をかけて途中で破らないようゆっくり剥がしていく。
涼音の方もシールを剥がす手つきは丁寧で、イメージ通りだなと結人は思ったりした。
シールを剥がし終えて蓋を密閉の時と反対に回せばカパッと蓋が外れ、微かに甘い匂いが空間に放たれる。
涼音は力加減で蓋を開けるのに少し苦戦していたが、結人が手を貸すか考え始めたあたりで自力で開けることに成功していた。
「なかなか美味しそうでしょ?」
「確かにそうですけど、まるであなたが作ったような口ぶりですね」
瓶の中を覗き込んでいる涼音に得意げに言えば、淡白な肯定に続いて冗談じみた指摘が返ってきた。……まあ、事実そうなのだが。
「バレちゃったか。そうなんだよね」
いいきっかけなので自作だという旨を婉曲的に口にしたところ、涼音は感心したように一瞬目を見開かせてから「なるほど」と頷いた。
「だから先に包装を解くのを遠慮していたんですね」
「そういうこと」
「そう言われると見る目が変わりますね。ここまで丁寧な包装をしていたことですし、きっと味の方も確かなのでしょう」
「おっと、急にハードルを上げられると期待に添えなかった時が怖いんだが」
「……えと、別にプレッシャーをかけるつもりはなかったんですけど、結果的にそう感じさせてしまったのならごめんなさい」
少し揶揄う程度のつもりでおどけてみせると、涼音が大真面目に頭を下げて非礼を詫びてくるので結人は動揺してしまう。
「いや全然いいんだけど。そもそも味に自信がなかったら自作のスイーツとか持ってきたりしないし」
とりあえずご賞味くださいな、と結人は涼音に勧める。
「では遠慮なく。いただきます」
スプーンを持った涼音が滑らかな表面から一口分を掬い、ゆっくりと口に運ぶ。
その様子を緊張混じりに眺めていた結人だったが、プリンを口に含んだ涼音の横顔が綻んだのを見てほっと息を吐いた。
お気に召したらしく続けて二、三と口に運んでは表情を緩めるので、期待には添えたようだ。
「どう? 美味しい?」
「ええ、それはもう。程よい甘さにとろける口当たりが素晴らしいですね」
「そりゃよかった」
淡々と返しておきながらも、内心結人は喜んでいた。というのも、とろける口当たりは結人がこのプリンで表現したかった食感で、涼音がそれをしっかり味わって理解してくれていたからだ。
ただ、淡々と返したのが涼音的には気掛かりだったらしく、「正直、スイーツ店のものにも劣らないと思いますよ」と改めて賞賛ともとれる感想を後から述べてくれた。
「随分と過大評価してくれるんだね」
「過大評価ではないです。少なくとも私にとっては」
「そう? それじゃ、ありがたく受け取っておくよ」
慣れてきた押し問答は結人が譲歩する形で終わり、感想を聞き終えた結人は自身のプリンに手を付け始めた。
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