第5話 ご近所の覇王か組長か? カラス

 カラスはごくありふれた野鳥です。しかし、とても用心深く、基本的に人間に近づこうとしないので、間近に見る機会はあまり多くありません。


 たまたまカラスと鉢合わせして至近距離で見ると、その大きさに少しギョッとなります。身近にいる野鳥の中では、群を抜いて大きいです。

 しかも、全身真っ黒。いわゆる「カラスの濡れ羽色」というやつです。大きなくちばし。黒いガラス玉のように光る眼。

 しかし、人間と鉢合わせした場合、普通はカラスの方から逃げていきます。


 例外は、春から初夏にかけての、繁殖期。育雛いくすう(子育て)中のカラスは、いちだんと警戒心が強くなるとともに、とても攻撃的になります。


 以前、駅から徒歩20分くらいのところにある職場に勤めていたことがあります。

 5月ごろだったでしょうか。私の100mくらい先を歩いている社長の後ろ姿が見えました。そのうちに、社長が踊るような飛び跳ねるような、奇妙な動きをしました。

 カラスが社長の後頭部めがけて急降下し、足で引っ搔いていました。どうやら、近くにカラスの巣があり、付近を通る人間を、ひなを脅かす存在と見なして、果敢に攻撃したようです。


 カラスに襲われて逃げる社長の姿に、思わず吹き出してしまいました。

 その報いだったのでしょうか。数日後に私も襲われて、後頭部を引っ掻かれました。幸い怪我はありませんでした。

 まあ、カラスも子供を守るために必死だったのでしょう。


 学術的に正しいか知りませんが、実はカラスは、地域の生態系の頂点に位置しているのではないかと思っています。


 頂点は人間だと思われるかもしれません。

 しかし、「鳥獣保護管理法」という法律で、カラスを含む野鳥は、殺傷・捕獲することが禁止されています。罰則には懲役刑も含まれています。

 したがって、ごみ置き場のごみを食い荒らされて、不届き千万な奴だから懲らしめてやろう、亡き者にしてやろうと考えても、おいそれと手は出せないのです。


 ということは、「カラスに天敵はいない」といってもよいのではないでしょうか。オオタカなどの猛禽類は、カラスを襲うこともあるらしいですが、拙宅のある地域には生息しません。

 猛禽類といっても、チョウゲンボウ(小型のハヤブサ類)くらいの「小者こもの」では、とてもカラスに太刀打ちできないでしょう。


 カラスの強みは、徒党を組んでいることと、なかなかの知恵者であることです。

 詳しくは、後日ツバメに関して書くときにお話ししますが、カラスはツバメの巣を襲って、雛を餌にします。

 ツバメがどこに巣を作っているか、事前に把握しているようですが、すぐには襲いません。卵がかえって、雛が生まれるまで、待つのです。


 雛が生まれると、親ツバメはせっせと餌を運んで、雛を育てます。

 カラスは、雛が「食べごろ」になったのを見計らって、巣を破壊して雛を奪います。カラスもちょうど育雛中で、たくさんの餌が必要な時期なのです。


 このようなことを考えると、カラスは地域の「覇王はおう」ではないかと思います。ちょっとカッコよすぎるなら、「組長」でしょうか。


 カラスが大好き、という人はあまり聞かないし、私もあまり好きではありません。

 しかし、カラスとて、毎日一生懸命生きているという点では、他の生き物と変わりありません。

 人間とは、付かず離れずの距離感が一番いいと思います。

 

 


 

 

 

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