8-1
わけのわからない狼狽に襲われ、しばらくクロードが通ってきては一緒に捜索に出かけるということを繰り返すのち、メディは徐々に気分が沈んでいった。
――もし、クロードが
はじめこそ浮ついた気持ちでそれを捉えていたが、いまとなっては自分の浅はかさに嫌気が差すほどだった。
クロードは、エクラに対して美しい思い出を持っている。やや心配になるぐらいの理想像になってしまっている。
なのに――その実態は、聖女という役割から逃げて人との関わりも絶った、彼よりもかなり年上の、メディというただの人間でしかないのだ。
なんの魅力も、取り柄もない。
(……きっと、失望する)
否、エクラに対して抱いている強い思いからすると、絶望さえするかもしれない。
そう考えると、うすら寒いものがメディの背を下った。
――やはり、クロードに自分が狼(エクラ)であると知られるわけにはいかない。クロードの思いを知った分だけ、ますますそう思った。
(……早く諦めて、帰ってもらおう)
思わぬことばかりでずるずると日を過ごしてしまった。
このまま、クロードに無駄な時間を過ごさせるわけにもいかない。彼は貴族の御曹司であるし、輝かしい未来がある。
狼はもういないのだと思わせ、諦めて、もうここに来ないようにしてもらわなければならない。
そう考えたとたん、メディは自分が思いのほか強い未練を覚えていることに気づいた。
――いやだ、とためらう自分がいる。
クロードに去ってほしくない。
(……)
誰かとこんなに頻繁に、顔を合わせて毎日を過ごすのは久しぶりだからかもしれない。いや、一対一でと考えればはじめてですらあるのかもしれない。
だから、いままでずっと一人でやってきたのに、寂しさなんてものを覚えてしまっている。
(クロードのため)
メディは自分にそう言い聞かせ、頭を振った。他ならぬ、あのクロード少年を自分が引き止めて時間を浪費させるわけにはいかない。
なんとかそう決意したとき、まさにその当人が扉をたたいた。
「……どうだろうか?」
顔を合わせると、今日も彼はそんな問いを口にした。
狼を見なかったか、という意味だった。
メディは頭を振る。もうずっと同じ反応をしている――嘘をついていることに息苦しさを感じる。
けれどクロードは律儀に毎回聞いてくる。それだけ強く、エクラを探していると思い知らせてくるように。
「そうか」
抑えた、短い答え。苛立っているかもしれないのに、それを表に出そうとはしない。
メディは罪悪感の重さに耐えかねるように足元を見つめていたが、ふと視線を感じた。
半ば無意識に顔を上げると、緑の目と合った。
息を呑む。
物憂い翳りを帯びた目。物言いたげな沈黙。そのすべてが、メディの中の何かをうかがっているようにさえ見えた。
恫喝されているわけでもないのに、心が怯む。
クロードの整った唇が、重たげに開かれた。
「……あなたは何かを隠しているのか?」
メディは大きく目を見開いた。
抑えた調子の言葉が、いきなり胸を刺した。
どっと鼓動が爆ぜたようにうるさく鳴りはじめる。目を背ける。頭の芯が冷たく苛まれていく。
――まさか。
気づかれたのか。
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令嬢系×記憶喪失×結婚な短めのお話も掲載しはじめました。
そちらもどうぞよろしくお願いします
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