7-2

 ――初恋。人であったら。

 不安なのか焦燥なのかわからないものに突き動かされるまま、口を開く。


「ひ、人だったら……どうしましたか」


 声に狼狽がそのまま出た。何を言ってるんだ、と頭の隅で自分を咎める声がする。

 メディの反応にも、クロードは訝しむ様子を見せなかった。形の良い唇に、ふ、と乾いた笑いが浮かんだ。


「求婚していた。何をなげうっても、彼女を手に入れていたと思う」

「!!」


 どささっ、とメディの手から籠が落ちた。

 とたん、はっとしたようにクロードが顔を向ける。メディは慌てて屈み、籠を拾った。

 クロードが近づいてくる。


「大丈夫か?」

「だ、だだだだだ大丈夫です!」

「? 顔が赤いが……」

「なななななんんでもないです!!」


 顔を上げられない。頭の中に大嵐が起こってクロード青年を直視できない。


(いいいいいや、エクラは狼というかクロード青年の美化した思い出であって私じゃない私じゃない私じゃない……!!)


 籠をなんとか拾い、目の前の青年から自分を隠す盾のごとく強く胸に抱きしめ、高速で自分に言い聞かせる。

 何かが色々と、いやもうすべてがおかしい。

 だって――初恋などとは。


(うう……!!)


 心臓がひどくうるさい。冷静さが保てない。考えてはいけない。そう思うのに、頭が勝手に考え出す。


 ――もし。

 もし、クロードが、エクラという狼は目の前にいる三十路女だと知ったら。

 本当は人間であると知ったら。


(わーっ!!)


 顔から火を噴きそうになった。

 メディは二九である。神殿にこもったあとはこの森に隠居していたので、恋愛経験などは皆無であるし、実は異性にもあまり耐性がない。


 クロード青年は――あの日の健気な少年であるという印象が強く、弟とか庇護すべきものという認識が強く、異性とはあまり考えずにきた。だから平気だった。

 第一、クロード青年は二十そこそこにしか見えないので、自分とは一回り近くも年が違うはずだ。


 異性として意識するのもおかしい。

 なのに。

 そうわかっているのに――。


「失礼」


 短いその言葉が聞こえたかと思うと、大きな手が、メディの前髪の下に優しくもぐりこんだ。

 熱い手のひらが額に触れた。


「熱はないようだが……」


 真面目な青年は気遣わしげに言う。


 ――が、メディは完全に硬直した。

 大きく目を見開いたまま動けない。その様子に、クロードが少し訝しむような表情になる。


 目と目が合う。

 宝石のような明るい緑の目に吸い込まれる。澄んだ瞳の中に、小さな自分の姿が映っている――。


 とたん、メディは耳まで赤くなった。

 今度はクロードが目を見開く。そして硬直するメディの目の前で――青年の頬が見る見るうちに赤くなった。

 弾かれたように額の手がどけられた。


「あ、す、すまない! いきなり触れたりして……!」

「い、いえいえ」


 メディはなんとかわたわたと顔の前で手を振った。

 が、クロードまで目の下をほんのり赤くするものだから、なんともいたたまれない気持ちになった。


「……」

「……」


 また、奇妙に気詰まりな緊張が落ちる。


(な、なんなのこれは……!)


 あの、優しくて繊細で控えめだったクロード少年――の成長した姿――を前に、自分は何をやっているのか。

 大人として、彼を保護する者としての余裕をすっかり失ってしまっている。


 焦って言葉を探すうち、クロードがぽつりと、進もうと言った。

 メディはただうなずき、二人してまた黙々と捜索を続けることになった。

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