第15話 連休とギルドの掟!③



 外は良い天気で、これならどこの連休イベントも盛況に違いないと言う感じ。僕と手を繋いでいたメルも、しかしまだむくれた表情のまま。

 別に藤村さんと気が合わない訳ではないのだが、小言を言われると彼女なりの言い分も、年の功でかわされてしまうのだろう。

 母親が長期に渡って家を空けている事も、もちろんストレスの要因に違いないが。


「これからお菓子のイベントに行きま~す。2人はどんなお菓子が食べたい?」

「……ホットケーキとか、うん、ホットケーキが良いなっ」

「ホットケーキか、それはいいね。サミィは何が食べたい? この間ウチに来たお姉ちゃんも来るよ?」

「……お姉ちゃん?」


 難しい顔をしていたサミィも、ようやく口を開いて考え込む素振り。逆にメルは、誰よそいつと乱暴な口振り。昨日、ネットで遊んだ相手だと、僕が口にすると。

 再びむくれて、そっぽを向いてしまうメル。どうやら妬いているらしいとは分かるのだが。会った事もない相手を、何をそんなに嫌うのかが分からない。

 そんな事で悩んでいる内に、僕らは運動公園に到着する。


「やっほ~、リン君! やあっ、可愛い子だねぇ、名前は何て言うの?」

「この子がメルと、サミィにはこの前会ったよね、沙耶ちゃんは……今ちょっと、2人とも機嫌が悪いんだ」

「こんにちはっ、2人とも! お菓子食べる前に、おなかを空かせなきゃねっ! だからちょっと、今から運動しよ?」


 誰がペースを握っているのか、判然としない挨拶の中。優実ちゃんはピンク色の大きなゴムボールを持って来ていて、腹ごなしの運動を提案する。

 2人とも動きやすそうな格好で、その気満々なのが凄い。しかし現状は、ふてくされているメルを覗き込む沙耶ちゃんと、ゴムボールを挟んで見詰め合う優実ちゃんとサミィ。


 訳が分からない、取り敢えず僕は蚊帳の外らしいのは分かるけど。先にケリがついたのは、優実ちゃんとサミィのペアだった。

 サミィが僕から降りたがり、そのままボールに釣られて優実ちゃんを追い駆け始め。いきなり楽しそうに、2人でボール遊びを始めてしまう。


 一方の沙耶ちゃんは、メルを指名して運動公園の隅に設置された、アスレチック遊具を指差す。太い丸太と太いロープで作られた、全長が50m近い障害物コースだ。

 今はお昼時という事もあって、遊んでいる子供の姿もほとんど無い。指名されたメルは、いかにもムッとした表情で沙耶ちゃんを睨み返すのだが。


 不敵な笑みで、それをいなす彼女。ほとんど強引にメルの手を取って、さっさと遊具の方向に歩き出してしまった。僕はどうするべきかと、しばし思案しつつ。

 取り敢えず、誰か怪我をしないかと心配しながらの観戦。優実ちゃんとサミィは、きゃいきゃいとはしゃぎながらボール遊びに熱中している様子だ。

 沙耶ちゃんの方は、心臓に悪そうであまり見たくない。


 僕の心配をよそに、2組が戻って来たのは30分以上が経過してからだった。優実ちゃんとサミィは、程々の運動で血色も良い感じ。

 カバンに入ってたタオルで、僕はサミィの汗を拭いてやる。


 サミィはまだはしゃいでいて、自分の顔ほどあるボールを手にしたまま。遊んで貰って良かったねと僕が言うと、優実ちゃんを振り返ってにっこり笑う。

 沙耶ちゃんとメルは、それとは真逆の様相だった。そもそもアスレチックの遊具は、腹ごなしに遊ぶには本格仕様でハード過ぎるのだ。

 僕の予想は大当たりで、2人とも汗みどろで疲れ果てている感じ。


 太いロープで擦れた個所も目立っていて、何故にそこまでムキになって遊んでいたのか。何故か2人は手を繋いでいて、メルの顔には不承不承な敗北感が滲んでいる。

 肩で息をしながら、悔しそうなのは競争でもしていたのだろうか。


 それでも甲斐甲斐しく、沙耶ちゃんはメルの汗を自分のタオルで拭いてあげていた。さすがに妹がいるだけあって、その姿も様になっている。

 一行が落ち着いたのを見計らって、手洗い場を経由してイベント会場へ。優美ちゃんがサミィの手を握り、沙耶ちゃんがしっかりメルを確保している。


 僕の負担はかなり軽くなったのに、何故か心の負担は増えた気もして。結構混んだ会場の中は、しかしかなり興味深い催し物に溢れていた。

 入場料は結構取られたが、どうやら中では食べ放題らしい。屋台の通りも奥にあったが、僕達は最初の観賞用のお菓子のコーナーから見て廻る事に。

 サミィは身長が足りなくて、再び僕が抱きかかえてあげる。


 小さな積み木みたいな、お菓子の家や風車などの作り物。その他にも大きなケーキや、チョコや飴細工の数々。見ていて楽しくなるし、唾液が出て来て困ってしまう。

 サミィもそれが全部食べれるお菓子だと知って、驚いているよう。食べてみたいと手を伸ばすのだが、残念ながらそれは振る舞って貰えないお菓子。


 そこで僕らは、奥に設置されている屋台の方へと移動する事に。綿菓子やボンボンから始まって、日本以外の珍しいお菓子も積極的に振る舞われていた。

 東洋のお菓子は乾燥させたフルーツみたいなのが多いようで、ちょっと硬くて園児には不向きかも。西洋菓子になると、今度はクリームや乳製品に寄って行く感じだろうか。

 僕はサミィに、適当なものを選り分けてあげる。


「いっぱい~、幸せ~♪」

「子供の前で、みっともなく食べ過ぎないのよ、優実。でも美味しいわね、この洋菓子」

「メルも食べてる? 高い入場料払ったんだから、食べないと損だよ?」


 メルは食べてると答えて、隣の沙耶ちゃんをチラッと見遣った。傍目には仲良さそうに寄り添ってるが、メルの表情はまだ少し硬い感じだろうか。

 それでも先ほどよりは雲泥の差。妹のサミィに、持ってるお菓子を交換してと言われ、手にしたドーナツを差し出している。

 沙耶ちゃんが飲み物を取りに行こうと、メルを誘う。


 飲み物も何種類かあって、珍しいのとか普通のココアや紅茶とか。人混みに注意しながら、2人は僕らの分まで紙コップで飲み物を運んで来てくれた。

 有り難くサミィと頂きながら、ほっと一息。


 結局1時間近く、そのイベント会場にいただろうか。時間とともに催し物も変化するらしく、僕らはチョコレートフォンデュを最後にその場を去る事にした。

 はっきり行ってきりが無いと、沙耶ちゃんが優実ちゃんを引き剥がすように会場を後にする。そこで入場料も、あながち高い訳ではなかったと判明。


 入場者へのお土産にと、お菓子の詰め合わせを貰ったのだ。貰った優実ちゃんとサミィは大喜び。頬をすり合わせて、お互いに喜びを表現している。

 会場を出た時は、既に3時を過ぎていた。


「さて、ここからどこに行こうか? 立ちっ放しだったから、ちょっと公園で休憩する?」

「そうだね、サミィ抱えっ放しで腕が疲れたし」

「サミィは重くないよ?」


 抗議する感じで、僕に抱えられたサミィが口にする。そうだよね~、失礼だよね~と、優実ちゃんが口裏を合わせて僕を批難して来るのだが。

 腕の中でもじっとしていない子供と言うのは、とにかく腕に負担が掛かるモノだ。やっとベンチに腰掛けて、その時にはサミィは半分夢の中。

 今度は僕の膝の上を占領して、完全に身体から力が抜けている状態に。


 こうなったら下手に動けないと、ここからは静かな声でお喋りタイム。沙耶ちゃんは、巧みな話術でメルから色々と情報を引き出している様子。

 ファンスカ内のキャラレベルでは、自分達が負けていると知って。アンタも結構やるわね的な会話から、次第にメルの自信も回復して行く。


 僕とのプレイ回数の多さも、少女の会話の勢いを増す事に繋がったようだ。一緒にNMをバンバン倒していると、少々自慢げにメルが語っている。

 聞いていると2人だけの戦果に聞こえるが、実際はハンスさんのギルドの手伝いの結果だ。沙耶ちゃんが負けずに、今度追加されたクエストを一緒にやるのだと自慢する。

 よく分からないが、まるで僕を取り合ってる痴話喧嘩みたいだ。


「それならボクだって手伝うって約束してるもん! ボクの方が役に立つし!」

「そっか……それならメルを、私達のギルドの特別客人にしてあげるよ。みんなで百年クエだっけ、一緒にクリア頑張ろうか?」

「あ~、いいねぇ♪ やった~、仲間が増えたよ? ふうっ、私も眠くなって来た……」


 適度な運動と満腹感で、優実ちゃんにも睡魔がやって来たらしいが。園児と同じ行動パターンは止めて欲しいと、沙耶ちゃんは辛辣に切って落とす。

 それから、明日は何か予定があるのかと、僕とメルに尋ねる沙耶ちゃん。朝と夕方以外は特に無いと僕が返事をすると、それならモールに遊びに行こうかと誘って来る。


 無論、メルとサミィも一緒という事だが。先ほどの競争結果を持ち出して、沙耶ちゃんがメルに迫って来る。やっぱり何か賭けていたらしく、本気で悔しそうな様子のメル。

 外人特有の手足がすらりと長い容姿のメルは、運動神経も抜群である。金髪を長く伸ばして、傍目には青い瞳のお人形のようにしとやかに見える少女だが。

 実際はかなりのお転婆で、僕もしばしば手を焼いている。


 それでも遊びに誘われたのが、ちょっと嬉しかったのかも知れない。メルは僕を見て、どうするの的な目付き。人混みは苦手だが、2人が仲良くなれるならそれもアリか。

 僕が行こうかと了承すると、メルは仕方ないなと肩を竦める素振り。素直じゃないのは今に始まった事ではないが、雰囲気から楽しみにしているのがバレバレである。


 沙耶ちゃんもやっぱり、それに気付いていたのだろう。色々と廻る所をリストアップして、今から楽しみ度を上げて行く見事な手腕振り。子供の相手が、妙に上手だと思う。

 そのあと沙耶ちゃんは、私達のギルドの掟はみんな仲良く助け合うんだよとメルに教え諭していた。弱い者にはみんなで支援して、遊ぶ時は全力で悔いを残さない。

 メルは神妙に聞いていたが、果たしてどこまで理解していたか。


 結局その日は、ミスケさんのマンションに付いて来たのは優実ちゃんとサミィのみ。沙耶ちゃんとメルは、大人数で押し掛けるのも悪いと下で待機してくれていたのだ。

 勢いだけかと思ったが、女性らしい気遣いも垣間見せる沙耶ちゃん。一方の優実ちゃんは、園児と一緒に本気で猫と戯れている。その姿はやっぱり、蕩ける位可愛いのだが。

 歳相応ではないよねと、ちょっと思ってしまったり。




 次の日も快晴で、天気は昼からぐんと上がるらしい。僕はと言えば、朝から大忙しで自転車を漕いでいた。寝坊したのもあるが、急な師匠からの呼び出しが携帯にあったのだ。

 例の如く朝の猫の世話を済ませて、今度は師匠の家まで自転車を飛ばす。師匠に急な用事が出来て、僕に子守りを替わってくれとの用件だったのだが。


 モールにハンス家の子供達や、友達と一緒に遊びに行くと伝えたら。それじゃあ一緒に、魁南かいなも連れて行ってくれとの無茶な依頼。

 幼児のサミィの世話だけでも大変なのに、そこに魁南も加わるとなると。少なくともカオス度は倍増しで、考えただけでもゾッとする。


「そんな事言わずに、本当に頼むっ! 相手の急なスケジュールの変更で、今日しか取材の時間が取れないんだよっ。

 奥さんは定期検診で、病院の方にいっちゃってるし」

「家の中ならいいですけど、外に連れて歩くとなるとなぁ。かと言って、友達の誘いを断るのも気が引けるし」

「魁南も最近は、大人しいもんだよ? 凛君にも慣れてるし、半日くらい平気さ!」


 こんな必死な師匠を見るのも珍しい。当の魁南は、我知らずと言った大物振りで、窓際に座って日光浴に気持ち良さげ。僕に手を伸ばして来て、抱っこさせてやるとの素振りも。

 師匠はとっておきの、最後の手段に打って出たようだ。財布から軍資金を取り出して、お昼代にしなさいと、こちらの顔色を窺って来る。


 ここまで言わせてしまったら、付き合いもあるし仕方が無い。僕は魁南を抱っこして、彼に必要な物の詰まった鞄を師匠から受け取る。

 そこから先は、お互いに時間が無いと大慌てで。それぞれ別の待ち合わせ場所に向けて、猛然とダッシュを決め込みに掛かる。


 僕の待ち合わせ場所は、運動公園前のバス停なのだけど。そこに行く前に、メルとサミィを迎えに行かなければならない。

 ところがしまった、魁南を連れて自転車には乗れず。


 彼を抱えたまま、早歩きで山を越えて坂を下って学校区を横切って行く。朝から何と、体力を使う事だろう。腕の中の魁南は、あくまで呑気な様子なのがニクい。

 携帯には遅いぞナニやってんのとの、メルからのお叱りのメールが。至極ごもっともだが、子供を抱えて走る訳にも行かず。

 ひたすら謝罪と、もうすぐ着くとの返信をするのみ。


 結果的には、住宅街の坂は上らずに済んだのだったが。家の場所を覚えていた沙耶ちゃんが、気を利かせて姉妹を迎えに行ってくれていたらしく。

 優実ちゃんと一緒に、姉妹と手を繋いで坂を下りて来る場面に遭遇した。朝から汗だくの僕を見て、2人はちょっと心配そうな素振り。

 腕の中の魁南は、全くの我関せずなのだが。


 遅れた理由と魁南を紹介しつつ、メルにちゃんと家の鍵を掛けたかの確認。メルは大丈夫と請け合って、僕の腕の中の子供に不思議そうな顔付き。

 それでも何とか、全員が揃ってのお出掛けと相成った訳で。


 バスの待ち時間は、ほとんど無くて済んだのだが。なかなかの混み具合で、これなら駅前から乗った方が良かったかもとは全員の意見。

 何とかメルとサミィの席は取れたが、魁南を腕に抱える僕は早くもギブアップ寸前。見兼ねたメルが、席を替わってくれると言う一幕も。

 有り難く着席して、悲鳴を上げる身体を休めに掛かる。


「大丈夫、リン君? まだ着いてもいないのに、そんな疲れて。朝ご飯食べてきた?」

「ちょっと朝から、運動し過ぎちゃったかもね……サミィの半分の年齢なのに、何でか魁南の方が重く感じるよ」

「男の子だからかなぁ? 顔付きがふてぶてしいから、リン君がそう思っちゃってるんじゃ?」

「プニプニしてる、サミィもちっちゃい頃こんな感じだった……」


 メルとサミィの姉妹は、興味津々で僕に抱えられている魁南を眺めていた。メルは彼のほっぺをつついていて、その感触を楽しんでいたが。

 サミィは魁南に髪の毛を引っ張られて、ビックリした表情を浮かべている。早速のやんちゃ振りに、大慌てなのは何故か僕一人だったりして。

 サミィも魁南もご機嫌で、バスが目的地に着くまで良い雰囲気。


 バスを降りてからは、沙耶ちゃんの独壇場だった。子供の割り振り担当を決めて、今日1日責任を持って行動するようにとのお達しを受けて。

 つまりメルは沙耶ちゃん、サミィは優実ちゃん、魁南が僕の担当らしく。


「サミィちゃん、よろしくね~♪ 抱っこは出来ないけど、疲れたら言ってね、一緒に休もう?」

「さすがにリン君でも、2人も子供抱えるとつまづいた時とか危ないからね。基本的に一緒に行動するけど、はぐれた場合はあそこの2階のテラスの赤いバルーンの所に集合ね。

 大人と子供は、絶対に離れない事! 分かった、優実?」


 優実ちゃんは大丈夫と言って、ぎゅっとサミィの手を握る。サミィは子供とは言え、急に走り出したりとか悪戯で大人をからかって隠れたりはしない子なので平気だろう。

 メルは活発で走り回るのが好きな子なので、実は一番心配。今の所そんな兆候は無く、沙耶ちゃんに手を握られて大人しい様子なのだが。


 思えば彼女達の、3度目の決戦か。単純に休暇を楽しめそうに無いのは分かっていたが。魁南の予期せぬ参加が、一体どう作用するのかも不安だ。

 魁南も今の所大人しく、バスを降り立った場所に興味津々の様子。







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