第13話 連休とギルドの掟!①
世間は連休の初日に浮かれたり、のんびりとその休日の訪れを楽しんだりしていると言うのに。休みを取れない社会人や労働者、家事に携わる人間には、実はあまり関係無い事だったりして。
僕もその1人、朝から自転車を走らせている始末だ。僕にペットの世話を依頼して来たミスケさんは、道路の渋滞を避けて昨日の夜に家族でこの街を出発したらしい。
僕に家の合鍵を預けて、猫の世話を頼んだ後で。
マンションは川のすぐ近くにあって、沙耶ちゃん達の住む新住宅は割と近かった。旧住宅、ハンス家とも橋を渡って坂を上がればすぐに着ける。
小さい町なので、移動に不便は無いのだが。この後はメル達の子守りが待っているので、そういう点では移動に時間を取られずに済んで何よりだ。
朝からあまり、余計な体力は使いたくないからね。
マンションはオートロックでこそ無かったが、守衛さんというか管理人さんがホールに腰掛けていた。言わば彼も、連休を味わい損ねた仲間という訳だ。
ホールは奇麗で開放的で、観葉植物がやたらと多かった。床の上ばかりでなく、専用に設えてある天井近くの棚のような場所からも、蔦科の植物が勢力を示している。
壁の色とりどりのパネルやよく分からない装飾品が、その緑によって映えるように計算されているようだ。そう、まるで緑に埋もれた古代の遺跡のような感じ。
それを初めて見る僕は、しばらく見とれてしまった。
「おはよう、君は……確か、三村さんから伝言を預かっていたっけな。背の高い高校生に、ペットの餌遣りを頼んでるって」
「はい、池津凛と言います。凄いですね、このホール。えっと、今日から日曜まで、朝夕2回、お世話になります」
「はいはい、承っているよ、どうぞ。三村さんの部屋は402号室だよ。そこがエレベーター乗り場。街の大学近くのマンションが、水族館仕様で凄いからね。
後から建ったここも、対抗して自然とね」
管理人さんはそう言って、軽く肩を竦めた。見る方は感心するが、管理側としては色々と手入れも大変なのだろう。そうは言っても、やっぱり凄い。
僕は一礼して、早速エレベーターに乗り込む。それから数字の4を押して、到着するのを待つ。ミスケさんは、海沿いの観光地で清々しい朝を迎えた事だろう。
羨ましい気もするけど、本人は家族サービスも大変なんだぞと愚痴気味にこぼしていた。傍から見ると、子煩悩の良き父親なんだけどな。
エレベーターは4階に到着。僕は降りて、402号室を探す。
ミスケさんの部屋は、当然だけどすぐ見付かった。僕は合鍵を差し込んで、そろりとドアを開ける。猫の脱出に注意しての事だけど、その心配は無かったようだ。
入り口付近には、ちゃんとゲージの囲いを発見、そして猫の姿は見えず。僕の住む隣街のマンションよりも、洒落た感じのつくりに見受けられるが。
確か、聞いた話では築年数は同じ位だった筈。
僕はゲージを突破して、真っ直ぐリビングへと移動する。リビングのテーブルに、メモと言うかお仕事の指示書が置いてある予定だった。
それはちゃんとそこにあり、恐らくミスケさんの文字でリストが作成されていた。それを読んだ僕は、その内容にちょっと笑ってしまった。
メモの下の空欄部分に、明らかに子供の文字で、ニャー達をよろしくと書かれていたのだ。僕は記念にそのメモを貰う事にして、胸のポケットへ仕舞い込む。
それから順次、書かれていた用件をこなして行く。
まずは部屋の空気の入れ替え。ベランダは整理されていたが、植物の姿はなし。窓を開けながら、僕は水をあげる植物に見落としが無いかチェックを行う。
猫はすぐに見付かった。リビングのソファの上に1匹、その影に警戒する感じで1匹。ソファの上の猫が鳴き声をあげて、僕の存在に疑問を投げ掛けて来た。
僕が餌遣りの用意を始めると、納得したように僕に体を擦り付けて来る。
甘え上手なそいつを、僕はよしよしと撫でてやる。猫の種類には詳しくないが、なかなかの美猫である。名前を聞くのを忘れてしまったが、長毛種で外国産のようだ。
もう1匹は短毛種で、どこにでもいるような日本の猫。僕が専用のトレイに餌を入れて差し出してやると、さすがのそいつもソファの影から出て来た。
それでも半分警戒しながらで、こちらをちらちら眺めている。
全部屋を簡単に調べて回ったが、植物が置いてあるのはどうやら玄関と廊下、それからリビングだけのよう。メモに書いていてくれればと思うのだが、ミスケさんは植物より猫の方に重きをおいているらしい。
それから植物と猫に水を遣って、猫のトイレの砂の交換。満腹になった猫たちは、ゴロゴロとリラックスしているよう。時間があったら遊んであげてとメモにあったが、朝はいいかな。
これで朝のペットの世話は終わり、部屋を出る事に。
愛想の良い長毛の猫が、玄関まで見送りしてくれた。ニャーと鳴いて、もう帰るのと言いたげな感じ。僕はそいつにお別れを告げて、ゲージをちゃんと戻して部屋を後にした。
ホールで管理人さんにもお別れの挨拶をして、それから僕は自転車で移動。橋を渡って、運動公園を横目に、小高い山のゆるい坂道を上り始める。
すっかり通い慣れてしまったハンス家に着くと、子供達は庭先で僕を待っていてくれていた。ジョウロを手にして、庭の草花に水遣りでもしていたのだろうか。
庭の一角には、こそばゆい感じで緑の新芽が顔を出していた。僕が師匠の奥さんから貰ったハーブの種を、子供達にプレゼントしたのがこれだ。
それが見事芽を出して、目下子供達の興味のタネらしい。
「リンリン、おはようっ! 待ちくたびれたよっ、中に入るよ、サミィ」
「リン、抱っこして。おうち入る」
「おはよう、2人とも。遅れちゃってゴメン、ちょっと寄り道してた」
僕はサミィの服をチェック、土や何やらで汚れていないか確認して、少女の手の汚れを簡単に払ってやる。メルは園芸道具を片付けながら、裏口に向かっている。
僕も玄関先に自転車を置いたまま、サミィを抱っこしてメルに続く。サミィは芽が出たのを指差して、僕に向かって真面目顔で報告して来る。
花が咲くのは、明日くらい?
「花が咲くのは、もうちょっと水を上げたりして、色々とお世話してあげないとね。順調に行けば、夏か秋くらいかな?」
「明日がいい、病院に持って行くの。お母さんに見せてあげる」
「土曜か日曜に、パパとお見舞いに行く事になってんの。ボクの小学校は5連休だけど、リンリンのトコは土曜日挟んでるよねぇ」
「中学も高校も、今回は特別に土曜日が休みだって話だよ。連休を作って貰って、学生みんなが喜んでるよ」
ちょっと得意げだったメルは、それを聞いて何だという表情に。普段は中学も高校も、土曜日は午前中の授業のみ存在するのだが。
今回みたいに、融通を利かせてくれて休みになる事もあったりするのだ。そんな訳で、僕も土曜休みの5連休には違いないのだが。
しっかりバイト漬けなのは、ご察しの通り。
裏口に到着して、僕はサミィの靴を脱がせてあげる。洋風なモダン造りの家だが、さすがに土足でご自由にと言う訳には行かない。
そもそもハンスさんは、仕事上英語はペラペラに喋れるが、生まれも育ちも日本らしい。外見だけの判断では、完全に騙されちゃうけどね。
メル達も、それは一緒でバイリンガル。見た目は日本語など、全く話せないような外国人の容貌そのものである。ハンスさんの教育の賜物で、彼女達は英語も普通に話せるけど。
その辺は、話せば長くなるし実は僕もよく知らない。日本育ちのハンスさんも、同様の手口で英語を幼少期にマスターしたそうだ。
今では貿易商のような仕事で、英会話力を存分に発揮しているらしい。
とは言え最近はネットの普及で、商品を探して世界各国を飛び回る事はあまりしないらしい。少なくともハンスさんは、海外に出向くような部署では無い模様。
彼はあらゆる意味で、地元指向が強い性格なのだ。
「今日は何しよっか……藤村さんは来ないんだっけ? お昼どうしよう?」
「来ないよ、リンリン何か作って。取り敢えずお昼までは、ダラダラしようっ」
「おうどんがいい、リン作って」
そんな訳で、お昼のメニューは悩む事無く決定。住んでる家には料理用の機材が無いと言うのに、僕は最近料理をする機会が増えている。
家にもちょっとずつ鍋とかフライパンが揃い始めて、それを父さんは面白く思っている事だろう。春先には課題とは関係なく、料理の本とか保育士の資格取得の本とかを貰ったものだ。
読んでみると案外楽しくて、理屈だけなら僕のレパートリーは恐らく40を超える。作った事のあるのは、超簡単なうどんとかスパゲティだけなんだけどね。
今の所、失敗していないし受けも良いのが有り難い。
ちなみに藤村さんとは、もう1人の子守り役の人である。結構年のいったお婆ちゃんで、母方の遠い親戚らしく、料理や洗濯や掃除などは上手いのだが。
さすがに子供達の遊び相手を、長時間こなすパワーは無い。分業みたいな感じで、この数ヶ月は役割をこなしている。ちょっと神経質だが、色々と世話好きな性格のお婆ちゃんだ。
ハンス家が奇麗に保たれているのは、ひとえに藤村さんのお陰である。
それはともかく、僕らはメルの提案通りにお昼までは完全に寛いでいた。メルがプレイルームからオーちゃんを連れ出して来て、リビングで一緒に遊び始める。
藤村さんが知ったら、確実に小言を言い始めるに違いないが。僕はサミィに本を読んであげたり、一緒にテレビを見たり。ケーブル放送の英語番組は、彼女達のお気に入りなのだ。
真面目に見入って、繰り返す発音も素晴らしい。
お昼には、リクエスト通りにキッチンでうどんを茹で始める僕。買い物は散歩がてらに、2人を連れて近くのスーパーに出掛けたのだが。
毎回余計な物を買い込まされて、そこは試練な感じである。最近は駄目と言えるようになったモノの、まだまだ彼女達のおねだりの方が効力が高いよう。
まぁ、お菓子をねだられる位は可愛い物か。
茹で時間が少々長めの、柔らかいうどんをサミィの可愛らしい椀に取り分けてあげる。姉と一緒にフーフーしながら食べる姿は、作った甲斐があるというモノ。
僕とメルの食べる分は、もう少しだけ固めに茹で上げてある。細かい点に目が行くようになったのも、子守りのバイトを始めてからだろうか。
お昼を食べ終わってしばらくすると、サミィの目がトロンとして来る。おねむの時間らしいと、小さな子供用のタオルケットを用意する僕。
メルの目は逆にしめたと光を放ち、ゲーム接続の準備に余念が無い。洗い物の終わった僕は忙しく、サミィの寝る場所を確保してあげる。
毎度の取り決めとなっているのだが、これは数少ない僕とメルとの約束事だ。サミィを遊びの仲間外れにしない、つまりネットゲームはサミィのお昼寝タイムだけ。
以前これで大喧嘩した事があって、それは僕も悪いのだが。僕とメルとでゲームをしていて、退屈になったサミィが僕の回線の接続を引っこ抜いて切ってしまったのだ。
一緒に遊んでいたメルは、怒ってサミィに手をあげる始末。そんな強い力ではなかったが、姉に叩かれたサミィは大泣き騒動に発展して。
他愛の無い姉妹喧嘩だったが、落ち着くまでは大変だったんだ。以来、メルは渋々この僕との約束に従ってくれている。
「寝た、寝た? リンリン、今日は何しよっか?」
「時間が不定だから、この間にメルの隠れ家を作っちゃおうか?」
「いいよ、材料はもう全部揃ってるの?」
「揃ってるよ、家具は後から好きなの買ってね。作れる奴は、僕が作ってあげるけど」
接続しながら、小声での遣り取り。テレビの音量も最小まで下げて、寝ているサミィを気遣う素振り。もっとも、メルは起きられると困るからだろうが。
姉妹仲は悪くないのだが、活発な性格のメルは年下の妹を少々厄介がる傾向がある。サミィの性格はと言えば、穏やかでほわほわしている感じだ。
正反対な為に、気に障る部分もあるのかも知れない。
「隣の土地が買えて良かったね、メル。まぁ、ここは安いし人気が無いとこだけど。広さは充分だから、庭もつくれるし良い物件だよ」
「可愛い見た目の作ってね、リンリン♪ ボクの友達に自慢出来るのがいいなっ。もっとも、
ウキウキした様子で、メルがそう依頼して来る。合成の中でも、家造りと言うのは職人も少なく、新エリア全盛の終盤の頃に出て来た分野である。
僕がそれに手を出したのは、隠れ家と自分の工房が欲しかったから。
冒険者は、ゲームに登録してキャラが出来たその日に、仮の部屋を与えられる。別に部屋代やそんな物を取られる訳ではないが、出来る事も案外少ない。
例えば、部屋の中に魔法陣を作って、直接行きたい土地にワープしたり。カバンの中の余分なアイテムを保存しておいたりは、実は難しい部類に入る。
植物を育てたり、工房を作ったりは仮の部屋では不可能である。
冒険で入手した家具やアイテムには、部屋に設置して初めて効力を発揮する物もある。しかしそれは、仮の部屋には置けなかったりするのだ。
アイテム保管だけでも有り難いので、冒険者たちは自分で部屋を借りるのだ。
そう、初期の頃には気に入った街の宿屋で、部屋を借りるのが精一杯だったのだ。宿屋のランクで、預けられるアイテム数の上限が決まったり、庭付きで栽培が可能だったり。
それがバージョンアップで段々と、土地を売ってくれる街が出始めて。冒険者の間に、そこに自分の隠れ家を作るという新しい流行が到来したのだった。
合成建築士達は、それに乗じてかなり儲けたらしい。師匠もその1人で、そのお金は今も師匠の隠れ家にうなっていると言う話だ。
その割には、師匠の隠れ家は慎ましい造りだけど。とにかくそんな話を耳にして、僕も合成に段々とのめり込んで行った次第である。
道のりは大変だが、お金を儲けるには合成が一番だと僕は思う。
そんな訳で、今の僕はメルに隠れ家を作ってやれる程度には豊かになっている。希少な素材も使用するので、少々材料の調達に手間取ってしまったが。
この街の空き地は、最近のバージョンアップで売りに出された土地である。ミッションPが少々と結構なモネーが必要だが、割とお手頃な土地になっており。
街自体が尽藻エリアの僻地にある事も手伝って、広い土地にも関わらず買い手がまだまだ少ない。お陰で、僕とメルの土地を隣り合わせで購入する事が出来たのだ。
さて、これからがリンの合成の腕の見せ所だ。
僕は建築に必要な材料を全部カバンに放り込み、合成の素も忘れず手に取る。それからメルと共に目的地にワープ、街の外れを目指して歩き始める。
広い売り地に対して、建っている建物はまだたった1割程度である。メルは自分の購入した土地を探して、空き地を行ったり来たりしている。
名前つきの札が立っている筈なのだが、目印がそれだけなのが逆に難しい。
せめて通りが分かる程度に、町並みが出来上がっていれば方向の指針になるんだけど。僕も一緒に、記憶を思い起こしながら自分の買った土地を探しに掛かる。
目的の土地を見つけたのは、メルが先だったけど。
「あった、あった。リンリン、ここだよね? 改めて見たけど、結構大きいなぁ♪」
「そうだね、ポイントで点滅している場所全部だからね。1回目の素材投入で、多分土地周りの柵とか出来る筈だよ」
「そしたら今度は見つけやすいよね、リンリン早くっ! 早く作って!」
メルに急かされて、僕は土地の中央に立つ。カーソルが移動するポイントがそこにあり、そこからがスタートなのだ。僕は持って来た合成の素を、そこに投入する。
途端にフィールドに変化が。小さな小人達がワラワラと出現し、僕の前に整列する。その数全部で5人、この子達が建築の担い手となるのだ。
小人の数は合成のスピードに比例するので、多い方が良いのだが。師匠などは10人も呼び出せるから、単純に僕の2倍の速度で家を建てれる訳だ。
まぁ、趣味で作る隠れ家だし、こうやって数をこなせばいつかは速度も上がって行くし。メルが僕を指定したのだから、しない訳には行かないし。
僕は小人に材料を預けながら、そんな事を思ったり。
案の定、全ての素材を受け取って貰えなかった。最初の工事が終わったのを見計らって、もう一度小人達を呼び出して材料を渡さないといけないようだ。
それでも着工を始めた作業着姿の小人達を見て、メルはとても嬉しそう。この工事の過程は、時間と共に目に見えて分かるようになっている。
今は素材の丸太の山が土地の端っこに出現し、着工前の雰囲気を醸し出している所。
もうしばらくすれば、基礎が完成した場面が見えるだろう。メルはソファの上で飛び上がって喜んで、早く出来ないかなとせっかちな言葉を口ずさんでいる。
僕は隣にある、僕の買った土地でも同じ作業を繰り返す。
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