第10話 連休前の嵐!③



 インしてみると、いつもより幾分か早い時間だったのにも関わらず。彼女達は既にネット内で冒険の準備を完了して、僕を待っていてくれていた。

 待ち合わせに指定した街で、2人揃ってご機嫌に。


 仮想空間の世界は、明日からの連休のせいだろうか、いつもより人数が多い。しかしながら、最近は棲み分けが出来ているので、特定エリアのみ混雑するような事態が無いのが有り難い。

 バージョンアップ後などは、同じクエやイベントを一斉にこなそうと、大変な混雑になる事もあるのだけれど。今回のアップは、それ程混雑も無く済んだようだ。

 一説では、ほとんどが百年クエ関連だからだと言う話も浮上している。


 棲み分けと言うからには、エリアがどのように分布されているかも話しておかなければ。度重なるバージョンアップで、新しいマップが追加されるのは、どのネットゲームでも間々ある事なのだけれども。

 ファンスカでも大きく分けて2度、過去に大幅なマップの更新があった。


 最初の頃に皆が冒険する広大なマップは、初期エリアと総称されている。まぁ、何のひねりも無いが、それでプレイヤーに通じるのだからそれで良い。

 その頃のキャラは、最大レベルが100まで。カンスト、つまりは最大レベルまで上げ切った冒険者も増えて来て、世界は最強レベルキャラ飽和の時代に突入した。


 そこで製作管理サイドは、新エリアの増築と共にレベルの引き上げを発表した。次は上限レベル150まで、だだし連続ミッションを2つこなす条件で。

 初期エリアにはミッションが2つ存在していたので、皆は俗にこれをミッション3と4と呼んでいる。このエリアの総称は新エリア、これもまた何のひねりも無いが。

 ハンターポイントとミッションポイントが発表されたのも、ここかららしい。


 ミッション3でレベル制限の解除を行って、初めてレベルの上限が更新されて行く仕組みなので。上を目指す冒険者は否応も無く、このミッションには参加しないといけない。

 新エリアへの開通イベントも、もちろんこのミッションのクリアの褒賞となっている。僕もこれはこなしていたが、当時の混雑振りは聞いて知っているだけ。

 凄いフィーバー振りで、大容量を誇る回線が一時危なかったという伝説もあるらしい。


 ミッション4では、中央官制塔の出入りが許される。この建物は通称“中央塔”と呼ばれ、新大陸の最大行政機関的な位置づけである。

 初出のハンターPとミッションPの統括を、この塔で行っているのだ。


 ハンターPの事は、以前にもちょっと話したと思うけど。特定のNMを倒したりすると貯まって行って、これで月間のランキングを決定したりもする。

 このイベントは今でも大人気で、プレーヤー同士の競争も凄い。そして貯まったポイントは、ジョブの強化に使えるのでみんな欲しがると言う訳だ。

 6つのジョブも、この時発表されたそうなのだが。


 何故かこれだけは、ミッションをクリアしないでも貰えると言う難易度無しの提供で。正確には、初期のミッションをこなしたプレーヤーと言うランク付けなのだが。

 要するに、特にレベル100以上のキャラでなくても平気だと言う事。色々と物議を醸したが、ポイントを振り込まないと何の役にも立たないシステムだなのが判明して。

 なる程そういう事かと、ほとんどの者が納得したとかしなかったとか。


 ミッションPについては、何と説明して良いのやら。これはミッションやら何やらをこなせば自然と貯まって行って、中央塔に行けば景品と交換してくれる。

 オーブとかレアな武器装備とか、そんな物だ。ハンターランキングに較べると物凄く地味で、当時は見向きもされなかったらしい。装備とかも、微妙な性能のせいか交換する人はあまりいなかった。

 それが、最新エリアの導入と共にあんな凄い事になろうとは。


 その最新エリアは、皆がいつの間にか尽藻つくもエリアと呼ぶようになった。これは当て字で、本当は九十九――つまりは数字の事である。

 そう、キャラのレベル上限が199まで引き上げられたのだ。


 この土地は、毎度の5つ目のミッションで行けるようになる。この最新エリアの導入の直後に、僕はこのゲームを始めたんだ。だから、その頃は限界を破ろうとする猛者達の活動は凄かった。

 お陰で、初期エリアは空き空きのガラガラで、僕的には助かったのだけれど。尽藻エリアは結構広大で、未だにその全貌を見せてはいないとの噂。


 そう言えば格好良いのだが、実際はバージョンアップが間に合っていないだけなのかも。ちょくちょく更新されては、その度に行けるエリアが拡がって行くみたいだ。

 5つ目のミッションは師匠たちに手伝って貰って、僕も尽藻エリアの権利は得ている。ただし、レベル120程度の冒険者が、ソロで徘徊出来る場所はどこにも無いのは確か。

 それでもミッションP目当てに、多くの低レベル冒険者がこの権利を得ているのだ。


 そう、尽藻エリアでは、簡単なクエストでもミッションPが結構貰えるのだ。そして、最新エリアの更新に合わせて、交換出来る景品もその品揃えを一新した。

 って言うか、あまりの不人気に対抗する大幅なテコ入れか。とにかく上級者どころか、誰もが欲しがる武器や装備やアイテムが交換賞品に並んだのだった。


 特に目玉になったのは、宝具と呼ばれる装備品の数々。完全に上級者向けだが、防御力が凄かったりスキルスロットの数を増やしたりと、高性能品のオンパレード。

 それでも頑張れば初心者にも取れそうなポイント設定の品もあり、何と言うかマニア心をくすぐられる更新には違いなかった。僕の周囲にも、貯めておくんだったと嘆く声が多数あったし。

 僕にしても、オーブの交換に結構ポイントを消費していて、少し悔やむ感はある。


 とにかくこうして、冒険者達に新たな指針が示された訳だ。強くなるには、まずはレベルを上げましょう。上げ切ったら、次はハンターPとミッションPでの強化が待ってます!

 つまりはジョブを鍛えるか、宝具で装備の強化をするかの選択肢だ。僕の周囲でも、この動きはとても盛んである。どちらも今は、同じ位には人気がある。

 僕も密かに、宝具の収集は狙っているしね。


 そんな訳で、棲み分けの理屈と言うか根底を分かって貰えただろうか? 僕達は今、初期エリアでもレベル上げのメッカ、“サモイの湿原”エリアに建設された街にいる。

 上級者達はこんな所に用は無く、つまりは滅多な事では荒らされないという訳だ。だけど、僕の目的は湿原エリアでの、通常のレベル上げではない。

 それを今、彼女達に説明していた所なのだが。


『へ~、塔でのレベル上げって、私初めてだわ。最近はそういうの流行ってるの?』

『流行ってはいないだろうね、何せ入るのにお金掛かるから。時間制限もあるし、ちょっと不便かも』

『時間制限もあるのか~、トイレとか今の内に言っておこうかな? お母さんが呼んでも、無視しちゃうべき?』


 優実ちゃんは、相変わらずマイペースの様子。さっきまではどうやって仲直りしたのとか、ちゃんと謝ったのとか、散々冷やかされていたのだが。

 僕と神薙さんは、それがどうにも照れくさくって。


 あれやこれやと話題を変えて、今に至っている次第である。塔でのレベル上げの利点を並べると、さすがの2人も納得してくた。単純に、ハンターPが稼げるからだ。

 経験値を稼げば、キャラはレベルが上がって強くなる。だだし、後付けジョブはハンターPが無いとガラクタ同然である。優実ちゃんの召喚ジョブも、出来るのは召喚オンリー。

 命令も何も、一切受け付けないと来ている。


 それを少しでもマシにする為には、ハンターPはどうしても必要なのだ。だから塔で経験値と一緒に、そのポイントも稼いでやろうと言う魂胆である。

 しかし、塔の中には仕掛けや何やらが存在して、単純なレベル上げのようにどっかりと経験値を稼げる訳でもない。その分、宝箱とかも設置してある事もたまにあるが。

 更にはボス級の敵も存在しており、どうにも戦力は必要になって来る。


『だから、まず2人には戦力になるキャラ変換をして欲しいんだけど……いいかな? つまり、こっちで色々とアイテムや消耗品を用意したんだけど……』

『リン君の優しさを、そんな無碍むげに断る人はここにはいないよ? ねっ、沙耶ちゃん?』

『……そっ、そりゃそうよっ! 強くなって、リン君の百年クエストの手伝いをするって、ちゃんと約束したんだから!』

『そのためには、ミッションとか名声上げとか、やる事がまだたくさんあるんだけどね。その事は、また後で相談しよう』


 優実ちゃんの痛烈な皮肉に、神薙さんは何となくバツの悪い思いをしているようだ。しかし、新たな誓いによって、自分に喝を入れている姿も彼女らしい。

 その誓いも、僕が言ったように色々と難題をクリアしないと駄目なのだけれど。ある程度レベルや名声を上げて、更にはミッションや何やらをこなさないと。

 第一、移動出来ないエリアがあったのでは話にならない。


 神薙さんは、それでも僕からアイテム類を受け取りつつ、優実と2人の時は金策してお金を稼ぐと言って来た。出して貰ってばかりでは悪いと、心から思っているのだろう。

 スポンサーに頼りきりでは悪いと、神薙さんの本音の言葉に。優実ちゃんは不思議そうに、何の事かと問い質す。そう言えば、彼女にはまだ話していなかったような。

 何せ、肝心な所ははぐらかしてばかりだったし。

 

『つまり、リン君の師匠さんからお金出して貰って。その代わりに、召喚スキルのデータ取りに召喚ジョブの成長を見たいそうなのよ。

 だから私も、召喚ジョブを付ける事にした!』

『おおっ、負けないよ沙耶ちゃんっ! 私のほうが、だって先輩だもんねっ!』

『あんたのプーちゃん、すぐ死んで帰っちゃうじゃんっ。私のは違うもんね!』


 何の根拠があって、そんな事を断言出来るのか。僕は不思議に思いつつ、何とか2人の口喧嘩に仲裁に入る。今渡したアイテムで、とにかく強化を図って貰わないと。

 僕はアイテムの使い方を指示しながら、それで払い戻したスキルポイントを武器スキルに振り込むようにと神薙さんに説明して。

 優実ちゃんには、余っているポイントを光属性を中心に振り込もうかと提案する。


 余ったステータスの補正ポイントは、知力か精神力に。それをまず振り分けた方がいいかも。何故なら、それでスキル取得の確率が変わるかも知れないから。

 不確定な情報だが、信じている人も一定数いるのだ。


『えっと……覚えているスキルを還元の札でいったん封印して。それから、払い戻されたスキルPを火薬術に振り込む、と』

『そうそう……6とか半端な武器スキルの時は、武器指南書を使って10にしてから還元の札を使ってね』

『ねぇリン君、知力は魔法の攻撃力とMPの増加で、精神力は……回復系の魔法の強化と、レア魔法の確率アップって本当?』

『う~ん、さっきも言ったけど、不確定で立証出来てないってのが本当かな? 優実ちゃんは回復支援の魔法も多いから、精神力も伸ばして損は無いね』

『……ちょっと、いつの間に優実だけ下の名前で呼ぶようになってるのよっ! 私もそうしなさいよ、リン君っ!』

『わ、分かった、沙耶ちゃん……これでいい?』


 沙耶ちゃんはそれで良いと返事をして、『火薬術』で取得出来たスキルを読み上げ始めた。優実ちゃんの焼き餅? との言葉は完全スルー、さすがである。

 ええっと、つまり、銃を扱うには火薬術というスキルを伸ばす必要があるのだ。飛び道具、遠隔攻撃は、ファンスカではずっと『弓術』が主流だったのだが。

 新たな手段として、この『火薬術』が追加されたのは結構前の事。


 遠隔スキルである弓術は、両手武器の中では威力も抜群の部類に入る。弓と矢弾、両方の攻撃力を足す事が出来て、矢弾の種類も豊富なためだ。

 つまり矢弾を使い分ける事で、戦術の幅も広がると言う利点もあるのだ。ただし、近過ぎると攻撃自体が出来なくなる上に、攻撃速度はかなり遅い。

 更に言えば、矢弾を使い過ぎるとあっという間に金欠になる。


 一方の火薬術は、銃を始めとする火薬武器を扱う事が可能なスキルである。これが出て来た当時は、しかしほとんど見向きもされなかったという悲しい過去も。

 銃の性能は良いのが多いのだが、弾丸が矢束以上に高かったせいだ。更に爆弾などは、実はスキルが無くても充分な攻撃力を誇るために。

 皆が伸ばす程ではないなと、早い段階で見切りをつけたのだ。


 遠隔手段ならば弓矢があるし、銃は修理代すらかなり高いのだ。今は、格好良さそうと言う理由での、ミーハーな使い手が少々いる程度だろうか。

 メインに使う人は、そんな訳で今も極端に少ない。


 そんな中、沙耶ちゃんの覚えたスキルは《2連弾》《近距離ショット1》《速射》《眉間撃ち》の4つとの事。他の武器スキルに流れたポイントを奇麗に掃除して、火薬術は一気に42まで上がったらしい。

 72レベルキャラには物足りない数値だが、取り敢えずは通常攻撃手段が1つ得られた訳だ。僕はスキル技の特徴とSPとの兼ね合いなどを説明しながら、ざっと彼女に戦闘教示。

 買っておいた銃用の弾丸も渡したし、これで沙耶ちゃんの準備は完了。


 優実ちゃんは、まだステータスの振り込み先に少し迷っている様子。キャラ的にはMPを増やす方が嬉しいが、精神力も伸ばすべきかが悩みの種らしい。

 先ほども少し説明したが、冗談抜きにスキル取得のランダム性は厄介で。レアスキル取得の確率を上げたい冒険者を、それ程に翻弄するのだ。


 スキルポイントを10毎の振込みで、スキル技や魔法を取得する事は話したと思うけど。取得するスキル技はランダムで、普通は凡庸な物から覚えて行く。

 魔法も同じく、出やすい物と出にくいレア物と言うのは決まっている。だから、序盤に強力なスキル技や魔法を覚えると言うのは、大変なラッキーなのだ。

 その確率を少しでも上げたいと思うのは、誰もが内心願う当然の望み。


 誰が言い出したか、レアスキル技は器用度に、レア魔法は精神力に依存するとの噂が流れ始め。それはそうかも、そうに違いないと言い出す人が増えたのも事実。

 そうでないと、精神力を上げる人などほとんど皆無に違いない。結局優実ちゃんは、沙耶ちゃんに急かされて半分ずつポイントを振り分けたようだ。


 それから今度は貯まっていたスキルポイントを、魔法の取得にと振り込み始め。見事2つ目に取得した光魔法が、何と念願の《光属性召喚》だった!

 いやしかし、何と言う引きの良さ……ちょっと出来過ぎな気もしないでもないけど。とにかく大喜びの彼女に、僕は持っていた宝石を手渡す。


『何コレ、リン君、結婚指輪? リングが付いてないよ?』

『いや……その宝石を、今しがた召喚した光の精霊に食べさせてあげて。それで精霊の姿と活動時間が、固定するそうだから。

昔の召喚魔法ってのは、それが主流だったらしいよ?』

『へぇ、そうだったんだ。私が召喚する奴には、何もしなくていいの?』

『ジョブで呼び出す奴は、何も与える必要は無いよ。ただし、ペットを出してると経験値が減っちゃうから、そのつもりでね。

 ペットも成長するって話だけど、それは本当?』


 優実ちゃんは本当だと言い、沙耶ちゃんはそんな兆候あったっけ? と疑わしげな言葉。プーちゃんは確実に成長してますと、優実ちゃんはあくまで庇護の様子。

 とにかく塔に出向く前に、パーティはかなりの強化が出来た訳だ。優実ちゃんは、残った10程度のスキルポイントは貯めておくとの事。

 薬品類も補充はバッチリ、そろそろ出掛ける算段は出来たと僕は告げる。








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