第9話 連休前の嵐!②
「あらっ、今日はお姉ちゃんは一緒じゃないのね~」
「ええ、友達の家に遊びに行ってるらしくって。お迎えは、サミィが最後ですか?」
若い保育士さんは気さくで、僕に対しても変に緊張感を持たずに接してくれる。サミィの母親が入院中だと言う事も知っていて、何かと気を遣ってくれてもいるようだ。
サミィもメルも、ハーフなので特に目立つと言う訳もあって。他の人の覚えがよろしいと言う特性のせいで、僕も割と早めに覚えて貰えた様子。
園内に残っている子供はサミィだけかとの質問に、若い保育士さんはもう1人残っているとの返事。その言葉通り、小さなお
僕はサミィの名前を呼んだが、彼女は困ったように小さくイヤイヤをした。
「こよりちゃんが、1人になっちゃう……」
「あぁ、それは困ったねぇ」
無邪気なだけに、友達を思うその言葉には胸が詰まる思い。僕は再び神薙さんの事を思い出し、ちらりと保育園の入り口の門に目をやった。
神薙さんはやっぱりそこにいて、やはり慌てて姿を隠してこちらを観察し続けていた。何がしたいのか、既に目的を失っているのかも知れないが。
保育士さんも、その純粋な返事には困って思案顔。こよりちゃんの母親から先ほど連絡があって、予定が狂って1時間ほど遅れそうだとの話らしく。
連絡がつくのならこよりちゃんも連れて返りますと、僕は助け舟を出した。
「お母さんには、サミィの家に迎えに来て貰えばいいし。それなら時間を気にして慌てる必要もなくなりますし」
「そうね、ちょっと待ってて。連絡してみるから」
結果的に、こよりちゃんのお母さんからお願いしますとの了承が得られて。僕は2人の子供を引き連れて、住宅街へ続く歩道を歩き始める事に。
園児達はひっきりなしに喋り続け、今日のおやつには何が出たとか、散歩中に葉っぱを拾ったとか、とにかく今日の出来事の報告に騒がしい。
僕はサミィの手を握り、歩道の車道側を選んで相槌を打ちながらゆっくり歩く。
こよりちゃんはサミィと手を繋いで、お呼ばれの事態にはしゃいでいる様子。元々仲が良いせいで、変な警戒はしていないようで何よりだ。
母親を求めて泣き出されても、僕には母親の代わりは出来ないしね。
終いには、明るく大声で覚え立ての歌を歌いだした園児達。住宅街の道には人影がほとんど無くて、その点では聴衆の目が無いのは有り難い。
歩みはどんどん遅くなるが、ハンス家もそれ程遠い場所ではないので。程なく到着して、子供達を待たせて家の鍵を開けてやる僕。
子供達は、おおはしゃぎで子供部屋へと殺到して行った。文字通りのプレイルームで、小さな5畳くらいの洋間には、子供用の遊び道具がてんこもり。
それから、この部屋の主のオウムのオーちゃんが。勝手気ままにこの部屋を利用していて、鳥篭を自在に出入りする特技を持っている。
僕はしかし、玄関前で子供達が部屋に入るのを見届けて、そっと後ろを振り返った。
彼女はやっぱり、そこにいた。ハンス家は門から玄関まで立派な庭があって、僕と神薙さんの距離は7メートルくらい。尾行されて初の、声の届く距離だ。
どこか思いつめた様子で、彼女はこちらをじっと見つめている。何も語る事無く、近付くと再び隠れてしまいそうで、僕は金縛りに遭ったように動けずにいた。
彼女にしても、思いっきりバツが悪い思いをしているのだろう。優実ちゃんから散々、何か痛烈な批判を喰らったのかも知れない。
幼馴染み特有の、全く垣根の無い口調でもって。そんな想像をしてしまうと、ちょっと同情心が湧いて来るのは僕の甘さなのかも。
「……入る? 子供達がいるから、ちょっと騒がしいと思うけど。って言っても、ここは僕の家じゃないけどね。
知り合いの、ハンスさんって人の家なんだ」
「……そうね、入る」
「どうぞ、子守り中だからおもてなしは出来ないけど。悪いけど、子供達も見てないといけないから、本当に騒がしいよ?」
神薙さんは、コクリと頷くと静かにこちらに近付いて来た。玄関で靴を脱いで、洋風の通路を僕より前を歩いて行く。珍しそうに家の中を見回し、話し声のする部屋を探し当て。
部屋のドアは閉まっていて、戸惑った神薙さんは振り返って僕を見た。僕は少しだけドアを開けて、オーちゃんの居場所をそっと確認する。
それから神薙さんに合図して、部屋に入って貰う。
部屋の中では、丁寧な挨拶合戦が始まっていた。サミィはその気になれば、絶妙なホスト役をこなせるのだ。何しろこの家の主は、このメンバーの中では彼女だけ。
僕が部屋に入ると、神薙さんは挨拶を終えて、部屋の隅にちょこんと座っていた。姿勢良く正座した姿を目にして、何となく微笑ましく感じてしまう。
子供達は、再び自分達の遊びへと戻っているようだ。積み木とブロックでオーちゃんの家を作っているみたいで、いかに可愛く仕立てるかに白熱している。
当のオーちゃんは高い支え木にとまって、増えた人数を見て思案顔。
子供達が遊びに夢中で、こちらに無関心なのを横目で確認して。僕はそろりと、彼女の隣に腰を降ろした。神薙さんはそれを見て、少し警戒したように目を伏せる。
話の糸口を探しつつ、僕は取り敢えずサミィ達を紹介。
「えっと……あの金髪の子がサミィ。この家の子で、次女になるんだけど。お母さんが入院中で、僕ともう1人親戚のお婆ちゃんが、交代で子守りをしてる。
隣の子は、保育園の友達でこよりちゃん」
「ふぅん……いつも、この部屋でこんな感じで子守りしてるの?」
「いつもって言うか、ここ1ヶ月くらいだけどね。この家の姉妹の子守りを、父親のハンスさんって言う、ファンスカでよく一緒に遊ぶ人に頼まれてるんだ。
こよりちゃんは、今日はお母さんのお迎えが遅れて、たまたまだね。サミィが、1人で園に残すのは可愛そうだって」
それを聞いた神薙さんは、優しい顔になって遊んでいる子供達に目を向ける。途中まで出来たこんもりした家に、試しにオーちゃんを迎え入れようと悪戦苦闘している2人の園児。
僕は部屋に設えてある戸棚からミカンを取り出して、一房剥いてサミィに手渡した。食いしん坊のオーちゃんは、すかさず反応。食べ物に釣られて、手作りハウスに入って行く。
それを見て、大喜びで歓声を上げる園児たち。
もっと大物に挑戦しようと、子供達はおままごとと言うよりは
そして僕の手の中のいい物目当てに、僕の肩に飛び乗って来る。
神薙さんはビックリして、意外と大きなオウムに興味津々。オーちゃん、イイ子、チョーダイ、と騒ぎ立てるオウムに、おっかなびっくりで視線を向けている。
僕はミカンを剥いてやると、それを神薙さんに手渡した。目聡くそれを見ていたオーちゃんは、チョーダイを連呼する。挙句の果てには飛び移って、略奪行為を働き始める始末。
一部大騒ぎになったが、それはそれで打ち解けるきっかけにはなったかも。
騒ぎが終わると、オーちゃんは再び僕の肩の上で羽根を繕い始めた。時折気になるのか、耳たぶを齧って来るのはいつもの事。何とか復活した神薙さんは、ちょっと恥ずかしげ。
驚いて大きな声を出してしまった後なので、どう取り繕っても仕方が無いと感じているのだろう。スカートのしわを伸ばしながら、朝はゴメンと謝って来る。
小さな声で、しかし心のこもった声色で。
「ぼ、僕の方こそゴメン……優実ちゃんに、酷い事言われたんじゃない? 僕の方が先に爆発しちゃったし、やっぱり悪いのは僕だって思う……」
「……私の方こそ、キレちゃってゴメン……優実に、先走り過ぎだって怒られたよ。私達のほうからギルドに誘っておいて、勝手に喧嘩腰になってぶち壊すなんて最低だって。
本当に、申し訳ないって反省してるから……」
ギルドに入る件の検討を前向きにと、最後の方は小声で聞き取り難い感じの謝罪。僕もゴメンと繰り返して、不快にさせた事をしきりに詫びる。
それでも神薙さんは、自分のキャラの強化にお金を出して貰う事は嫌だと言い張った。それは朝の皮肉っぽい物言いをした、自分への戒めの意味も含んでもいたのだろう。
妹の言葉にも確かに一理あると、本人も感じているのかも知れないが。
それでも、僕が示そうとした優しさや善意を皮肉って否定した事は、彼女は赤面しながら謝ってくれた。僕も説明が足りなかったと、改めて師匠との遣り取りを口にする。
彼女は神妙に聞いており、それがギルドに入ってくれる交換条件なら、請け負っても良いと言ってくれた。つまりは自分のキャラも召喚ジョブを付けて、データ取りを手伝うと。
そこまでしてくれなくてもと、僕はちょっと戸惑いを見せる。
「ジョブは一度キャラにつけたら、特定の条件を満たさない限り外れない仕様になってるんだよ? 複数伸ばす人もいないでは無いけど、それは超ベテランとか限られてるし。
そんな性急に決めない方が……」
「いいの、決めたんだから。それよりも、もっと私達に手伝える事ないの? リン君が、私達と組んで良かったって、本当に思ってくれるようなギルドを作りたいのっ!」
彼女の瞳が、僕の好きな例の
僕の本心とはまた違うが、ここ数日で妙に惹かれるその名前。ライバルなどと口にした同級生に、ついつい
『百年クエスト』と呼ばれる、超上級者向けのクエストの事を。
「そうだね、それなら百年クエストの手伝いをして欲しいかな? これは上級者向けだから、神薙さん達が手伝うにも大変だろうけど。
全てのエリアに入れるように、レベル上げやミッションを頑張らないと駄目だろうし」
「そっかぁ……じゃあ、連休中にちょっとでも強くならないとねぇ。早速今夜から、パーティ組んでレベル上げしよっか!」
神薙さんはそう言って、微笑みながらこちらに向かって手を差し出して来る。僕もようやく肩の荷が下りたような、大きな安堵を得る事が出来た。
それから固い握手を交わして、これで何とか仲直り終了だ。お互いにちょっと照れながらも、僕達はしっかりと手を握り合う。
「チューしないの? 仲直りにはチューするんだよ?」
「えっ、何が?」
サミィが僕らの遣り取りを聞いていたのか、突拍子も無い事を言い始めた。からかっていると言うよりは、自分の知っているアドバイスを与えているという感じ。
どうやらこよりちゃんと一緒に、興味津々に僕らの成り行きを見守っていたようだ。オトナの事情に、口出しこそしなかったようなのだが。
仲直りの場面になって、どうも一言申し立てたくなったらしい。
トコトコと近付いて来たサミィは、僕の肩にいたオーちゃんを、ぎゅっと両手で捕まえる。それから僕の頬にチュッと口付け。隣でビックリ顔で、それを見ている神薙さん。
こよりちゃんも、なる程という顔で納得顔でそれを眺めていて。自分も試してみたくなったのか、僕の反対側の頬に、こちらは要練習の口付けをしてくる。
リン君ってモテるのねと、どこか冷めたような神薙さんの言葉。
――それが僕が、百年クエストに取り掛かる事を決めた、記念すべき瞬間だった。
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