第6話 ギルドを作ろう!③



 改めて岸谷さんのキャラを見せて貰ったが、これまた強烈なインパクトが僕を迎え撃った。一応レベルは70あるが、彼女もペット召喚以外は眼中に無かったのだろう。

 武器スキルなど全くの手付かずで、潔く装備すらしてない。魔法は回復が欲しかったのか、水とか光属性を伸ばしているようではあるが。


 ミッションを1つクリアしないと、ジョブの付加は獲得出来ない仕様なのだが。それまでは、一体どうやって戦闘をこなしていたのだろう?

 驚くべきは、スキルポイントとステータスの補正ポイントである。何と両方、30以上を貯め込んでいて使っていないと来ている。どうして良いか分からない感が満ちていて、思わずホロリとしてしまう。

 岸谷さんの悩みは、ペットの強化に尽きるみたいだ。


「岸谷さんは、ペットを強化したいんだよね? ゴメン、僕そっち方面はあまり詳しくないから、一度師匠に相談していいかな?

 師匠はベテランで、どの方面も凄く詳しいから」

「まぁ、リン様の師匠って……相当有名な方なんじゃ?」

「うん、合成の師匠なんだけど……チルチルってキャラ名で、出版関係の仕事してる人。自費で結構、ファンスカの攻略本とか出してるから、大井蒼空町でも有名かも?」

「へえっ、リン君はそんな人とも知り合いなんだ」


 環奈ちゃんが突然席を立って、ばたばたと家の奥に引っ込んで行った。僕は驚いて、何か失礼な事をしたかと首を傾げてみるのだけれど。

 2人の女性は、全くの知らん顔。大きな音をたてて戻って来た妹さんは、手に大判の攻略本を持っていた。確認するまでも無く、師匠の編集した出版物である。

 何しろ、他にこんな酔狂な本を出す所はありはしない。


 それからは、しきりに感動する環奈ちゃんと、神薙さん&岸谷さんペアの質問タイム。環奈ちゃんの質問は高レベルで、僕の戦闘スタイルとかスキルのセットの相性とか。

 お姉さんペアには難し過ぎて、言ってる事が何の事やら。反対に、お姉さんペアの質問は基本的過ぎて、環奈ちゃんには眠た過ぎる時間。


 あんたは黙ってなさいとか、そんな質問は攻略本で調べれば済むでしょとか。余ったプリンを食べていいかとか、とにかく騒がしい事この上ない。

 春休みの子守りの時ですら、これ程の騒動は無かった気がする。


 その騒ぎが少しだけ静まったのは、環奈ちゃんが昨日の夜の戦闘を見ましたと口にした時から。偶然サンローズの街にいたらしく、昨日は興奮してなかなか寝付けなかったそう。

 僕は無理やり転移先を歪められて、その後クエが発生したのだと弁明した。百年クエストの関連かもと、ちょっとした推測で口にする。

 新エリアだったし、何よりバージョンアップ後すぐだったしね。


「そうだと思いますよ、リン様のカバンの中に黄枠のアイテム入ってましたし。えっと、『手長族の通行手形』と『町外れの貸家の鍵』だそうです」

「黄枠って事は、確かにクエ用のアイテムだね。昨日はすぐ落ちちゃって見てなかったけど、あの戦闘のドロップ報酬なのかな?

 どうやらサンローズ周辺が、百年クエストの舞台のひとつみたいだ」

「あぁ、そう言えばお昼にも言ってたけど、百年クエストって何の事? 新しいクエだってのは分かるんだけど」

「あっきれたっ! ちゃんとバージョンアップ情報読んでよね、お姉ちゃんっ。百年クエストって言うのは、ハンターキングとか領主とか、そういう頂点を極めた冒険者のみ、挑戦する事が許される超難問クエストなのよっ!」


 お姉ちゃんには全く関係無いけどねと、何故か鼻高々な環奈ちゃん。それでも僕がそれを受けたと聞いた神薙さんは、手伝ってあげるよと呑気な言い草。

 足を引っ張るだけだと、環奈ちゃんは再びヒートアップ。足をダンダンと踏み鳴らしながら、これ以上恥をかかせないでと顔を真っ赤にしている。

 酷い言い様だが、何となく言いたい事は伝わって来るのが悲しい。


「だって、今度から同じギルド仲間だもん。助け合うのは当然じゃない? リン君、私の武器で一番攻撃力の高いの、今装備している銃なのよ。

 これからは私、銃使いになろうかな?」

「あ~っ、それは凄い格好いいかもっ! ファンスカの銃は、形がとっても面白いよねぇ? そう言えば、あさってから楽しい連休だっ。

 池津君、時間があるならレベル上げ手伝って♪」

「うん、いいけど……お昼は用事で何かしら家を空けてるかも知れない」

「リン様と……同じギルド……」


 僕達がゴールデンウィークの予定を話し合っている間、環奈ちゃんは魂を抜かれたように独り言を呟いていた。どうやら姉に出し抜かれたのが、よっぽどショックだった様子。

 僕達がフレンド登録と携帯のアドレス交換を始めると、突然スイッチが入ったみたいで。自分もしたいとアピールを始め、慌てて携帯を取りにダッシュ。


 仕方ないわねと、神薙さんが自分のキャラの回線を落として、妹のインの準備をしてやる。仲が悪いように見えて、やっぱり姉妹の絆は深いようだ。

 新たに画面に出現したのは、『カンナ』と言う名前の雷娘。手には両手槍を持っていて、なかなかに勇ましい姿だ。僕の記憶には無いが、これでもサブマスを努めるやり手だと神薙さん。

 レベルも110を越えていて、バランスも良さそう。


 ファンスカ内と現実で、一気に3人の女性達とフレンド登録をしてしまった。僕はちょっと舞い上がりながら、携帯にミスケさんからのメールの着信を見つけてちょっと慌てる。

 チラッと見ると、どうやら夕食の誘いのよう。家に帰ってもろくな調理機材すら無くて、僕と父さんはほとんど外食なのは、知り合いには周知の事実だったりする。


 時計を見たら、もうすぐ6時になる所。いつの間にか、2時間近く滞在していたようだ。その内の半分位は、何だか姉妹喧嘩を聞いていたような気もするけど。

 僕はそろそろおいとますると言うと、残念そうな環奈ちゃんの声。


「また、ゲームの中ででも声を掛けてくれれば。合成とかの依頼なんかでも、気軽に頼んでくれて構わないから。

 今日はとっても楽しかったよ、ありがとう」

「そうね、楽しかった。また今夜か、それとも明日学校で」

「ばいばい~っ、池津君……私も、リン君て呼んでもいい?」


 僕は笑顔で頷いて、その提案を承諾する。それから別れを口にしつつ、神薙さんの家を後に。環奈ちゃんが、絶対ゲームにインしてたら声を掛けて下さいと意気込んで口にする。

 僕はのんびり歩きながら、再び学校の校舎の方向を目指しつつミスケさんにメールの返信。大学の学食か近くのカフェテリアかを指示されていたので、カフェテリアを選択。

 学食はこの時間は騒がし過ぎて、のんびり話も出来ないのだ。




 街の明かりが灯り始めていて、風が冷たく感じられる。さっきまでの部屋の暖かさのせいだろうと、僕は何となく夢見心地の気分だった。

 友達の家で遊んで、その帰り道に感じるこんな気分。小学生以来のこの不思議な高揚に、僕はもう少し浸っていたかったのだと思う。


 ゆったりした足取りで、校舎を左手に見ながら坂を登る。大学のキャンパス内に、僕は無断で自転車を置かせて貰っていた。それを回収しつつ、目的地に向かう。

 その喫茶店もすぐ近くなんだけど、夜のキャンパスは暗くて寂しいからね。


 自転車に乗ると、目的地にはあっという間に辿り着く事となった。キャンパスを縦断してオフィス街に出ると、暖かなネオンの通りが続いている。

 その1つのビルの2階のテナントが、オフィス街に勤めるサラリーマン御用達の喫茶店となっているのだ。夜はしかし、それほど混んではいない。

 少し足を伸ばせば、洒落たレストランなど幾らでもあるから。


 階段を上って狭い木製の扉を開けると、ミスケさんは既に到着していたようだ。僕を見付けると軽く手を振って来て、珍しく機嫌が良さそうに見える。

 ミスケさんの本名は、三村みむら宗助そうすけと言うそうで、見た目は細身のナイスミドルである。僕に負けない程の長身で、顔を中心に鋭利な雰囲気を醸し出している。


 普段もたまに夕方過ぎに合うが、その時はぐったりしていて文字通り生気が無い。俗に言う管理職のミスケさんは、心労その他でいつも胃の調子を崩しているのだ。

 背広姿の似合う人で、ちょっと見渋い役者さんにも見える。


「よう、疾風はやての坊、もうすぐ大型連休じゃないか! 俺には練りに練った家族旅行が待っているっ、そっちは予定あるのか?」

「こんばんは、ミスケさん……だからいつもより、機嫌が良さそうだったんですか? 僕はハンスさんに、予定のキープ頼まれてますね。

 どっち道、旅行なんかは計画してないですけど」

「そうかそうか……ハンスの方は仕事休めずに、お嬢ちゃん達も可哀想だよな。まぁ、坊がしっかり遊んでやれ。

 そのついでと言っちゃ何だが、俺の家も5日も留守にして色々心配なんだ」


 僕たち2人分の分のオーダーを訊ねに、男性の給仕さんが近寄って来た。案の定、店内は程よい空き加減で、こちらとしてはゆったり寛げる。

 僕とミスケさんはそれぞれ注文を通して、再び連休の会話に突入する。今日は奢りだと、ミスケさんは相変わらず機嫌が良いよう。


「5日も旅行に出掛けるんですか、凄いなぁ……あれっ、でもミスケさんのところって、確かペットのネコがいたんじゃ?」

「そう、あと観葉植物とかも枯れないか心配なんだよ。坊に時間取れたら、毎日の餌と水遣り頼まれてくれないかな?

 隣近所に頼むのも、5日は長過ぎるしなぁ」

「はぁ、別に構わないですよ。ミスケさんの家ってこっちでしたっけ?」


 最近は、僕の地元の辰南町から通う人も急増しており、故に大井蒼空町に住まいがあるとは一概には決め付けられない。ただし、ゲームのベテラン勢はこの街出身が多いのも、純然たる事実ではあるが。

 現にハンスさんの家は、こっち側の旧住宅街にある。娘達の通学も便利と言うか近くて、時々一緒に通っている姿を見掛ける事もある。

 当然ながら、向こうも簡単にこっちを見付けるけどね。


 ミスケさんはマンション住まいだと打ち明けて、運ばれて来た料理に早速取り掛かった。胃の弱いミスケさんは、脂っこい料理は極力避けていて、今回もバスタとスープセット。

 僕の料理も程なくテーブルに並べられた。お昼がパンだったので、和食御膳だ。


 食事をしながら、話は昨日のNM退治とかこの後どうするかとかの話題に。ミスケさんはもう少し仕事があるらしく、この後も会社に戻らなければならないらしい。

 まぁ、仕事が終わっていたら、ミスケさんも家庭に戻って食事するだろうし。僕の方は、父さんと食べる事もあるし、師匠の家にお呼ばれする事もある。


 学校が終わって、真っ直ぐ家に戻る事はあまり無い。中学の頃は部活に熱中していたし、誰もいない家に戻るのは何より味気ないしね。

 この後は師匠の所に寄ってみると言うと、僕の自由さに羨ましそうなミスケさん。


「いいよな、気楽な学生って身分は。こっちは仕事が押してて、愛しい我が家に戻るのはまだまだ先だ。いやいや、坊のとこも母ちゃんいなくて大変なんだよな。

 せめてギルドなんかで、和気藹々な雰囲気を味わえればいいんだが」

「ハンスさんやミスケさんには、充分お世話になってますよ。師匠は言うまでも無いけど。それに……今日、同級生からそう言う話が」

「むおっ、マジかっ! とうとう坊も、高校生デビューか……いや、やっぱり同じ世代に友達がいないと詰まらないもんなっ!

 本当にめでたいなっ、ビールで乾杯するか?」


 未成年なので遠慮しますと、ちょっと照れながらもそう口にする僕だったり。中学時代の僕の悩みなど、ミスケさんにはほとんど打ち明けて知られている。

 この人も高校は、他の地のエリート進学校を選んでいた経歴があって。その空気に、やっぱり馴染めなかった経歴を持っているらしい。


 何度も相談に乗って貰っていて、気に掛けてくれているのも分かっていて。だから一応の中間報告を、僕の方からした訳なのだけど。

 詳しい経緯は恥ずかしいので、ここは敢えて伏せておく事に。何よりも、まだ本決まりの話ではないのだと重ねて言う僕。


「2人とも、初心者って言うか……システム理解しないままにプレイしている感じなんです。ギルドの目的もはっきり定まってないし、キャラに対する愛情は感じられるけど」

「フム、女の子によくあるパターンだな……ってか女の子なのか? まぁ、純粋にゲームとかギルド運営を楽しんでみるのもいいかも知れないな。

 ただし、貢がせて捨てるような怖い女もいるから注意するように!」

「は、はぁ……」


 ミスケさんの目が本気なので、本当に心配している事が伝わって来る。過去に何かあったのかなと、逆に僕の方が不安になってしまうけど。

 何にせよ、彼女達ならそんな事にはならないだろうと思う。ミスケさんは、なおもアドバイス的なあれこれを口にしつつ、やはりちょっと心配そうな様子。

 けれども、彼女達のキャラの現状を話すと、ミスケさんも大爆笑。


「わははっ、スキル無視して攻撃力だけで武器を選んでたって? それで70まで上げたのも、ある意味凄いなっ!」

「2人で遊ぶ時は、ペットに盾役させてたらしくって。何度死んでも、そのスタイルは貫いてるらしいですね」

「わははっ、それが確立したら、本当に新しいスタイルだなっ! いやいや、なかなか楽しそうな同級生じゃないかっ!」


 僕もそう思うと口にしつつ、この時僕の心の中では、全く新しい感情が芽生え始めていた。それは彼女達を擁護するような、笑われる立場じゃなくて、何かしらで誇れるキャラになれるように手助けしたいという思いだった。

 別に、ミスケさんに笑われるのが不快だった訳では無い。何と言うか、そんな評価の低いキャラでも、やれば出来るんだと言うのを証明したいという願望だ。


 僕は普段から、激昂するとか熱くなるとか言う感情とは無縁なのだけれども。その時は、自分の中に生まれたその思いに、一刻も早く取り掛かりたくて仕方が無かった。

 そう僕が告白すると、ミスケさんは笑いながら頷いてくれた。


「いいじゃないか、若いんだから思った事をどんどんやればいいんだよ! 後悔なんか、後ですればいいんだから……しかし、ちょっと取っ掛かりが欲しいよなぁ。

 まずは、坊の師匠に相談が先かな?」








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