第4話 ギルドを作ろう!①



「ギルドってのを作りたいのよっ! 私と優実ゆうみと、それからあなたとでっ……そうね、小さくて慎ましい感じのがいいわね。

 リン君、あなたはギルドには所属してないんでしょ?」


 物凄く唐突に、我が侭な話題を口にしたのはクラスメイトの神薙かんなぎ沙耶華さやかさんで、時間は昼食の休憩に入って間もなくの事。

 彼女達は持参のお弁当を開いており、僕は購買で買ったパンを頬張っていた。


 場所は屋上の一角で、ここからは大学のキャンパスが見渡せてとても眺めが良い。普段は人気のスポットらしいが、今日は風が強くて人影はまばらだ。

 僕は彼女達の風除けになりつつ、キョトンとした顔を作っていたようだ。うん、こんな時には大きな身体も役に立つ。そう、たまには役に立ってくれないとね。

 思考はただし、しばらく止まっていたようだけど。


「え、えぇと……うん、親しくしているギルドは幾つかあるけど、確かにどのギルドにも所属してないよ。でも、一体何で?」

「私達は、2年位前から本格的に始めたのよ、冒険者って奴? それまではチャットとか、お気楽イベントとかばっかりだったけど。

 でも、いい加減あちこちから勧誘がうるさくて、それなら2人で作っちゃえって」

「勧誘って言うか、体のいいナンパだね、あれはっ! 本当にしつっこくってさ、こっちは真面目にプレイするつもりでいるのに、関係無い話とか遊びの誘いとか。

 だから沙耶ちゃんが、ちゃんとしたプレイするにはギルドが必要だって」


 自分のお弁当を膝元に、手には可愛いピンク色の箸を手に、岸谷きしや優実さんも熱弁を振るう。憤慨した様子だが喋り口調は可愛らしく、外見と同様に可憐である。

 僕は自分の身体の大きさに、常日頃からコンプレックスに近い感情を持っていた。だからなのか、小柄で可愛い感じのものに惹かれる事が多い。


 岸谷さんはまさにそんなタイプで、神薙さんとは正反対の容姿である。どのパーツも小柄で丹精込めて作られた感じで、大きな瞳とピンク色に染まった頬など絶品だ。

 クラスの男子からの人気も高いようで、2人並んで罪作りな存在である。


「いや、それでどうして、僕をそのギルドに誘おうって思ったの? ひょっとして、百年クエストに挑むつもりかなって思ったんだけど」

「なにそれ、新しいクエスト? リン君も確か、始めて2年位でしょ? プレイ歴が同じ位で詳しい人、1人は欲しかったのよねぇ。

 本当は女の子が良かったけど、まぁ仕方ないわよね」

「実は、沙耶ちゃんの妹さんの紹介なのよ。昨日も池津君が、街中で戦闘してる所見てたって。何か、最近有名なキャラらしいねぇ?

 レベル低いのに、ランキング入ってるのは凄いって言ってた!」


 岸谷さんの言うランキングとは、恐らくハンターキングを決める月間ランキングの事だろう。特定のNMを倒すと、20~100ポイントのハンターポイントが手に入るようになっていて、キングを目指す者達は必死にそれを集めるのだ。

 ところがそれは、倒した人数で分配されるので、少人数で倒す方が有利になって来る。要するに人数が少ないとポイントがたくさん貰えて、キングに近付けると言う理屈だ。


 虎の子の『ロックスター』のお陰で、僕は最近ハンターポイントを荒稼ぎしていた。例えば昨日のNMなど、80ポイントも貰える超大物である。

 それを15人で倒しても、貰えるのは一人精々5ポイント程度に過ぎない。ところが《封印》スキルのお陰で、昨日はたった6人で退治出来た訳だ。


 もちろんその分、貰えるポイントも1人頭に換算して13ポイントと倍以上になる。ドロップの分け前も、人数が少ないと当然多くなる。

 誰もが羨むサイクルに、妬んだり取り込んだりしようと画策する者も増えて来る。


 つまり、僕は多少なりともそう言う目に遭って来ていて、そのために被害妄想気味になっていた。名が売れるのも良い事ばかりでは無い訳で、彼女達の勧誘もそうなのではと、ついさっきまで半分疑っていたのも確か。

 けれども、彼女達の会話を聞いていると、丸っきりのミーハーな理由かららしい。その根底には、立派な冒険者になるんだと言う意気込みが感じられて、それが僕には微笑ましかった。

 僕よりよっぽど純粋で、プレイを楽しもうと言う気概が溢れているのが分かる。


「バージョンアップが早過ぎるよね、優実。まだまだいっぱい、やらなきゃ駄目な事が残ってるのに。新しいエリアとか敵とか、構ってられないっての!」

「そうだねぇ、ベテランさんとは全く話が噛み合わないし。環奈かんなちゃんがいなかったら、もっと最初の方で手間取っていたよねぇ」

「か、環奈ちゃん?」

「うん、沙耶ちゃんの妹さん。同じ位に始めたんだけど、つまりは私達が中学生で環奈ちゃんは小学生の時にね。環奈ちゃんは同級生とギルド作っちゃって、私はそこに入れて貰おうって提案したんだけど、沙耶ちゃんが反対して」

「だって、小学生しかいないギルドに入れて貰うって屈辱じゃない! 姉としての威厳を捨てろって言うの、優実っ!」


 仲良くすればいいのにぃ、と岸谷さんは呆れた調子。ヒートアップした神薙さんは、ただでさえ向こうの方が学校の成績が良いのだと、泣きそうな口調で演説している。

 美人で無敵っぽい神薙さんにも、コンプレックスはあるらしい。それは僕の心を少しだけ動かした。純粋に、困っているなら助けてあげようと。

 ただ、ギルドに入るとなると、そんな簡単には決心がつかない。


「え、ええと……大体の経緯は分かったよ。少し準備期間とか貰ってもいいかな? ちょっと……その、考えたいかも」

「オッケー、じゃあ取り敢えず方針だけ考えよう。ギルドって、色々と決まり事とかあるんでしょ?」

「えっ、そうなの? おやつは300円までとか? 宿題は夕ご飯までには終わらせるとか?」

「えぇと……何をするための集まりかを決めるのが、分かりやすいかな? 例えば僕は、合成を極める為のギルドと、今は行動を共にしていて。

 師匠が合成データ取るのを、手伝ったりしてるんだけど。他にも理由はいっぱいあるよ、ハンターキングを目指したり、ミッションを進めたり」


 神薙さんがスッと手を挙げて、質問の素振り。まったりと楽しむ為の集いじゃ駄目なのかと、不審そうに僕に訊ねて来る。それでもいいけど、それで縛るには結束は曖昧過ぎる。

 入る者に何らかのメリットが無いと、ギルドなどあってないようなモノだ。例えば、発展性が欠如しているので、いつまで経っても人員不足に悩まされる破目になる。


 人数がいないと、ミッションやNM退治などのイベントの大半に取り組めず、ギルドのメンバーはそれを不満に思うようになる。その末に、野良での参加や、他の大きなギルドへの移籍を考えるようになっても、それは仕方ないだろう。

 それと反対の理由も考えられる。規制の無いギルドでは、入りたい者を断る理由も存在しない。故に、彼女達のリアル人気で、水太りのギルドになる事態も大いに考えられる。

 手綱の取れない烏合の衆集団など、考えるだけでおぞましい。


「そ、それもそうね……なる程、ギルドの存在理由って大事なのね」

「池津君って、やっぱり凄く頭いいんだねぇ。話し方が分かりやすかったし、確かに冒険に目標は必要だよねっ!」

「そ、そうだね。何をするにも、僕的には6人程度は必要かなって思う。人数の少ないギルド同士で、イベント時だけ合同でプレイって手もあるけど、それはそれで大変だよ」

「ふむふむ、まずは人数を揃えるのと、ギルド方針を決めるって事ね……これは当分忙しくなりそうだねっ、優実!」

「えへへ、その割には楽しそうじゃん、沙耶ちゃんってば」


 確かに神薙さんの瞳は、生き生きと輝き始めているよう。素晴らしい美貌の持ち主だけに、その湧き上がる生気は迫力と神秘性に包まれていた。

 隣の岸谷さんも嬉しそうで、今3人だから半分揃ってるねと早くもメンバー計算に忙しそう。僕もナチュラルに人数に入っていて、それは未定だと冷や汗混じりに訂正をするのだが。

 彼女達はあっけらかんとしたもので、細かい事にはこだわるなと言いたげ。


「あとは……そうだ、ちょっと私達のキャラを見てくれない? 環奈はバランスが変だとか、リン君を見習えとかって散々言って来るんだけど。

 どの武器とかスキルがいいかって、イマイチ分かんないのよ」

「あぁ、そうだねぇ……強い敵に当たると、私達ってばすぐに死んじゃうから。そのせいで、ちっともキャラが育たないのよ!」

「う、うん……それ位なら、僕は全然平気だよ」


 僕の言葉に、神薙さんはにっこり笑う。お弁当は完全に食べ終わっていて、僕の食事も同様に終わっていた。岸谷さんだけ、話に熱中していて箸が進んでいなかったよう。

 昼休みの休憩時間には、まだまだ余裕があったので。僕らは岸谷さんが食べ終わるのを待ちながら、ゲームの中の色んな事を話し合った。


 本来なら、こんな美人達相手のトークなど舞い上がってしまいそうなのだけれど。内容がゲームに絞られていたので、変に緊張せずに済んだようだ。

 ところが、休憩が終わる間際の彼女の一言。


「それじゃ、放課後空けといてね? 私の家で、合同インしましょ!」




 午後の気だるい時間は、飛ぶように過ぎて行った。僕にしては珍しく、授業の内容がほとんど頭の中に入って来ず、それでも機械的に黒板の文字をノートにつづって行く。

 どこまで本気なのか分からないが、とにかく彼女達のネット内のキャラへの愛着は確かなようだ。それは僕にも良く分かる、ある意味僕などより遥かに自由な、僕のネット内の分身的な存在。

 リンの存在が無ければ、中学時代はもっと暗くなっていただろう。


 そう言う意味では、ネットゲームと言うのは不思議だ。僕の大井蒼空町の知り合いの半分以上は、ゲームで知り合って行動を共にした冒険仲間である。

 師匠など、特にそんな間柄の代表選手とでも言おうか。ゲームの中で師弟関係を結んだつもりが、現実世界でもいつの間にかそうなってしまっていた。

 今では週に何度も顔を合わせて、編集作業などを手伝っているのだ。


 ハンスさんとメルの親子にしてもそうで、ただこれは父さんの引き合わせの方が大きいかも。父さんとハンスさんが仕事関係で面識があったらしく、たまたま街中で引き合わされたのだ。

 その後にゲームの話や家庭の話で盛り上がり、師匠の知り合いと言う事もあって、半ば成り行きでネットでも遊ぶようになったのだ。それから親しくなって、今では娘達の子守りまで頼まれるようになってしまった。

 ハンスさんの所も母親が療養中で、今ちょっと大変なんだ。


 そんな事を考えている内に、時間は刻々と過ぎて行く。僕の心構えが何も出来ない内に、最後の授業は終わりを迎えてしまった。

 先生の退出と共に、思いっきり騒がしくなる教室内。


 いつもの僕なら、夕方まで何らかして時間を潰し、それから師匠に会いに行くところだ。ハンスさんに頼まれて子守りをする時もあるし、父さんと外で夕食を食べる時もある。

 高校に進学してクラブ活動に所属しなくなり、僕は放課後に暇を持て余すようになった。まだ高校生活が始まって、たった一月しか経っていないので。

 今からどこかに入ろうと思えば、可能ではあるんだけど。


 そこまで情熱を傾ける気も起こらず、師匠の手伝いの仕事が面白かったせいもあって、今の所は、部活動の所属的な行事はずっと保留にしてある。

 多分そのまま、どこにも入らない予定ではいるんだけど。仮に入るとしても、恐らく文芸部とかの幽霊部員になる程度だと思われる。


 神薙さんが早くも帰り支度を整えて、僕の前を通り過ぎて行く。一瞬だけ机の前に止まって、パンパンと僕の机を2度叩いたのは、帰るよと言う合図だろう。

 朝に不要な注目を浴びたのに懲りての、彼女なりの配慮らしいのだが。見る人は見ていて、僕たちに向かって不審そうな顔を向けて来る。


 僕もそれなりに取り繕った顔を作って、何気ない感じで教室を去る用意。何だか悪い事をしているようで、それを悟られないようにする行為が新鮮で面白い。

 教室を出た僕を確認して、彼女達が階段を降りて行く。


 あらかじめ話し合っていた訳ではないが、この追跡ごっこは割と楽しめた。何気ない帰宅風景を作り出しつつ、神薙さんと岸谷さんが僕のかなり前を歩いて行く。

 楽しそうにお喋りしながら、2人は外履きに履き替えてグランドへ。それから帰宅生徒の波の中では比較的ゆったりとした足取りで、運動公園の方向に歩を進める。


 こちらの方向だと、新住宅かなとの僕の想像は当たったようだ。それより前に、公園の素晴らしく雰囲気の良い歩道で、2人は立ち止まって僕に手招きして来る。

 どうやら追跡ごっこは終わりらしく、そう言えば周囲に人影は無くなっていた。


「私と優実は、新住宅から通ってるの……しっかし、リン君は遠くにいても目立つねぇ!」

「目立つよねぇ! これじゃあストーカーは無理だね、諦めないと。何かおやつ買って行く? その先のコンビニ逃すと、もうお店は無いよ!」

「あ、じゃあ僕お金出すよ。春休みにバイトしてたから、懐は温かいんだ」


 そう聞いた途端、岸谷さんの顔に満面の笑みが広がる。率先して案内しながら、買うものリスト案を並べ立てる姿には、ちょっと鬼気迫るものがあった。

 神薙さんが手綱を絞らなければ、一体どの程度買い込まされていたか分からないのが怖い。僕にすれば、仲良くなるための投資のつもりだったのだけど。

 可愛い花にも刺があるみたいだ、以後気をつけないと。


 それでもおやつの入った袋を持って、岸谷さんはこの上なく嬉しそう。浪費した甲斐もあったと、僕の心もほんわかしている。

 やっぱり可愛いなと、岸谷さんを見て思ってみたり。


 神薙さんは、そんな幼馴染に慣れているのか何も言わない。幼稚園から一緒だったらしく、彼女の調子の良さには免疫がある様子だ。

 大きな河に掛かる橋を、3人でとぼとぼと渡って行く。このずっと先には確か、大きなアウトレットモールが建っていて、県外からも客が舞い込む盛況振りだそうだ。

 強い風が彼女達のスカートに悪戯をしていて、僕は見て見ぬ振りに忙しい。


「もうっ、やな風だなぁっ! 今日は朝から風が強いよねぇ」

「そうだねぇ、ここは橋の上だから特になのかな? この先の大きなモール、リン君は行った事ある?」

「1回くらいかなぁ、僕の家には車が無いから。でも、大きくて活気があって、変わった場所だったのは覚えてる」

「モールは面白くて品物も豊富だけど、普段の生活には組み込めないよねぇ。地元の人も、映画を見に行ったり、休日くらいだね、遊びに行くのは」

「私達、春休みにあそこでバイトしたんだよ。試供品の配布とか、そんな事。でも、お金もう全部使っちゃった」


 ペロリと舌を出して、岸谷さんがそう告白する。計画性が無いと、神薙さんからは厳しい一言。彼女の方は春用にと服を一着買って、残りは預金してあるそうだ。

 僕のバイト内容なんかを聞かれて、話は変な方向に弾んで行く。僕の春休みは、ハンス家の娘さんたちのお守りとか、師匠の出版社の事務や印刷手伝いとか。

 知り合いの大人達に、バンバン仕事を回して貰ったのは確かだ。







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