第2話 封印の疾風②



 リーダーの号令で、一斉に動き始めるNM討伐メンバー達。盾役のハンスさんが、素早く挑発スキルで敵のタゲをキープする。

 ぐりんと巨体が動き、土属性の小さな体躯のハンスさんと対峙する蛮族の神。


 次いで敵に取り付くのは、氷属性の魔法剣士のジョーさんと僕。前衛の筈の師匠は打ち合わせ通り序盤は動かず、水属性のメルと闇属性のミスケさんは後方支援。

 最初は軽いジャブの応酬かと思われたが、双方序盤からヒート模様。敵は乗馬と騎手の2部位モンスターで、それぞれの攻撃力は侮れない。


 盾役のハンスさんには、騎手の斧攻撃が容赦なく降り注ぎ。そしてハンスさんに支援する者には、ライフルでの遠隔攻撃が待っている。

 近接の削りアタッカーには、乗馬の反撃キックがオートで振る舞われ。盾役が全ての攻撃を担う訳には行かない、厳しい戦闘状況である。


 基本能力だけでもこれ程の高性能のNMに、更に護衛サボテンが数体加わると。例えメンバーが10人いても、とても捌けるモノではない。

 だから強敵とも言えるし、推奨は3アラ(18人程度)とも言われているのだが。その敵の行動パターンを防ぐべく、メンバー達が動き始める。


 まずは前衛の魔法剣士のジョーさんが、短剣のスキル技で《連携》に挑み始める。これは自分のスキル技をタイミング良く振るう事で、発生させる事が出来る特殊な技だ。

 これは強敵に対して、特に有効な技でもある。とにかくレジスト能力の高い相手に対して、一時的に強い耐性をキャンセルさせる事が出来るのだ


 それによって弱体が入りやすくなったり、ミスしやすい特殊技が通ったり。例え強力な敵が相手でも、恩恵は多岐に渡り勝利を導きやすくなるのだ。

 属性同士の得手不得手さえ無効に出来る《連携》は、体得すれば強力である。


 しかしジョーさんの最初の《連携》は、タイミングが合わず発動せず。二度目は成功したが、敵の攻撃により僕のスタンバイが間に合わず。

 三度目にようやく、耐性の低下している敵に《封印》が発動した。片手棍、それも僕の使う鍵型の片手棍『ロックスター』専用のスキル技。


 それは敵の発動する全ての特殊技を、一定時間完全に封じ込める事が出来る、恐ろしく強力な技である。要するに、敵のスキルを全て《封印》してしまうのだ。

 これが僕の切り札だ、たった6人でNMに相対する事を可能にする技。


『よしっ、通った……これでしばらくは特殊技来ないっ!』

『よくやった、リン! こっちも今から、削りに参加する!』


 待機していた師匠とミスケさんが、いよいよ戦闘に参加し始めた。それでも敵の基本性能を舐めて掛からず、極めて慎重な位置取りでの攻撃を見舞っている。

 僕ももちろん、戦闘を続行しての削り作業を継続する。キャラのバランスは、他のベテランプレーヤーにはそんなに劣っていない自身はあるのだが。


 熟練度が低いせいで、ダメージ不足やスキル技の不足感は否めない。そこはやはり、一歩劣ってしまうのは仕方が無いとは言え。

 これでも前衛アタッカー、泣き言は言わずに削り作業に集中して行く。


 戦闘は一転して、我慢較べの殴り合いになった。僕を始めとするアタッカーが、得意な武器を振るってダメージを与える。その際の反撃は、甘んじて受けつつ薬品で回復。

 騎手と一騎討ちのリーダーのハンスさんも、自慢の体力にモノを言わせてがっちりタゲキープを続けている。メルは傷ついた味方を、片っ端から回復して行く。

 敵の乗馬部位のHPはよくやく半減、ここまでは順調。


『よしっ、ここまでは順調だっ! 敵のガーディアン召喚を食い止めてるぞっ!』

『いいね……それじゃあ作戦通り、一気に乗馬を沈めるぞっ! それからもう一度、騎手の方に《封印》掛ける手筈なっ!』

『弾丸がバンバン飛んでくる~っ、凄く痛いよ~!』

『我慢しろ、メル。こればっかりは、リンの《封印》でも止められないっ』


 通常攻撃を完全停止させるような、そんな便利なスキルは存在しない。他の方法でダメージを防ぐしか無いのだが、生憎メルは今の所大した防御魔法を持っていない。

 幸い、盾役のハンスさんを回復した時にしか、銃弾の反撃が来ないようなので。その頻度のお陰で、命を永らえている部分はあるのだが。


 そんな戦況も、時間と共に刻々と変化をして行く。各キャラ渾身のスキル技での追い込みで、目論み通りまずは乗馬が没して行った。

 師匠はその気になれば、今でも一流のアタッカーで名を売れる程の実力者なのだ。最近は滅多に狩りには出ず、合成職人に身をやつしているが。


 乗馬が倒された事で、仕方なく地面に足をつけた蛮族の神。周囲のサボテンの光が一層強くなり、僕たちパーティにプレッシャーを掛けて来る。

 再度のガーディアン召喚阻止に備えて、再びジョーさんが《連携》を繰り出す。しかし、飛来する光球に邪魔されて、なかなかタイミングが取れない。

 サボテンから飛来したは、蛮族の神を守るようにしきりに技に割り込みを掛ける。


 予想外の事に焦ったジョーさんは、光球を避けて場所を変えた。その途端に、蛮族の神とバッチリ目が合い、金縛りからのゼロ距離ショットガンを浴びてしまった。

 光球がダメージ源に変換されたそれは、たった一撃でジョーさんのHPを喰い尽してしまった。慌てたのはメンバー全員、HPに補正を掛けていないとは言え、まさか前衛キャラが瞬殺されるとは。

 戦闘は、こちらの用意したストーリーとは確実に違う方向へ。


『わ~っ、スマン! 光球に邪魔されて、スキル阻止されたっ!』

『これは……バージョンアップで強化されたパターン?』

『前は光球なんて、影も形も無かったからなぁ……いや、今はこの窮地をどうやって脱するかを考えよう!』

『リン、お前も《連携》持ってたろっ! 何とか連続スキルで打ち込めないかっ!?』


 師匠の指示は、実は僕も考えていた事。ただし、技の途中でSPが足りなくなるので、真ん中で『闇の秘酒』を使用すると言うワンアクションが必要になって来る。

 ただでさえ難しいタイミングが、更に複雑になってしまう訳だ。しかし、自信が無いとは言っていられない状況でもある。護衛が作動すれば、パーティは確実に全滅してしまう。

 光球が滅してしまった今がチャンス、僕は覚悟を決めてスキル技の敢行に踏み切った。


 蛮族の神が、僕に呼応するようにゆっくりと振り返った――





 サボテンの光は、今や全く灯っていない。周囲は静かで、戦闘の名残りは風景からは窺えない。ただ1つ、リーダーのハンスさんのカバンの中のドロップ品を除いては。

 戦闘はあれから更に死者を出しながらも、何とか僕の放った《封印》の恩恵で敵を倒し切る事に成功した。倒されたメルはぶーぶー言いながらも、それでも一応の勝利に納得の様子。

 今は蘇生アイテムで、倒された2人が起き上がって揃い直した所。


『怖かったぁ……ライフルの特殊技、滅茶苦茶痛かった!』

『前は使って来なかったから、バージョンアップでの強化だろうなぁ。これから先は、もう1人か2人増やした方が無難かも?』

『だなぁ……ここのNMドロップ美味しいし、チルチルとリンが手伝ってくれるなら、また来たいよね』

『ハンターポイント増えるしねっ♪ あっ、でも今回死んじゃったから入らない?』


 ショックを受けたように、メルが慌てている様子。メンバーから、ちょっと引かれるけど入ってる筈だからログをチェックしろとの説明を受け、安堵したようだ。

 パーティ唯一の女性キャラのメルは、ハンスさんの娘さんで最年少である。メンバー誰もが知っている事実で、まだ幼い為に大抵の我が侭は許される存在でもある。


 ハンスさん率いる『ダンディズヘブン』は、社会人のみで結成された中堅のギルドである。結成当時から社会人のみで運営しており、今のメンバーは20人程度らしい。

 親子や夫婦でプレイするメンバーもいる、割とおっとりとした気風のギルドだ。


 ちなみにNMのドロップは幸運のひづめや白馬のたてがみ、銃帝ライフルや銃帝の頭飾り、仙人掌マントやオーブなどなど。消費アイテムや素材系も多数出ていて、それを眺めるのは討伐後の一番楽しい時間でもある。

 僕と師匠の取り分は、幸運の蹄と白馬の鬣と決まっていた。どちらも割とレア素材で、競売で取り引きすれば百万ギル程度の値がつくのは間違い無い。


 もっとも、他の戦利品も超目玉アイテムが並んでいるので、取り過ぎと言う訳でも無い。ライフルなど、スキルを持っている人なら数百万でも欲しがるだろう。

 オーブにしてもそうで、加工すれば属性宝玉に変化するレアアイテムだ。冒険者なら、誰でも欲しがるアイテムに違いない。金のメダルも数枚出たので、ダイスの高い順に貰う事に。

 僕はいらないと断って、そろそろ落ちる時間だからと口にした。


『おっと、もうこんな時間か。メルももう寝る時間だ、かみさんに怒られるっ』

『お休み~っ、リンリン、みんな♪ また明日ね~!』

『お休み、またよろしくなっ!』


 ジョーさんもミスケさんも社会人で、通常通りに明日も朝が早いとの事。僕ももちろん学校があって、その事は皆も当然知っている。

 ハンスさんのギルドの手伝いをするようになって、もう半年以上が経つのだ。


 狩りの同行を紹介されたのは師匠からなのだけど、メルやハンスさんとも以前から知り合いでもある。ちょこっと合成やイベントなどで遊んだり、リアルで頼み事をされたり等々。

 その事も、後で詳しく話す事になるかも知れない。とにかく、大井蒼空町の住人で師匠と同じ位に親しいのは、ハンスさんとメルの親子なのは間違いない。

 3年間過ごしたクラスメイトよりと言うのが、ちょっと悲しい気もするけど。


 僕は頭の中で、明日の授業の時間割りを思い出しながら、パーティに別れを告げて転移アイテムを使用した。安価だが使い捨てのそれは、忘れると酷いタイムロスになる。

 長距離を歩いて戻る破目に陥るのは、例え仮想空間でもげんなりするモノだ。


 転移先に指定しているのは、僕のホームグランドの“アリウーズ”という街だった。そこには大きな競売所があって、利用人口も多い為に品物も集まりやすい。

 最近の僕は師匠と組んで、素材の買い付けにインの時間の大半を費やしていた。合成スキルが高いと、競売買い付けからでも結構な利益が出てしまうのだ。


 そんな訳で、今となってはレア素材くらいしか自分達で集める事は無くなっている。昔は無駄な出費を抑える為に、結構な時間を素材狩りに費やしていたのだけれど。

 そんな時に師匠が僕を見つけて、声を掛けてくれたという経緯もあるのだが。


 とにかく僕は転移して、落ちる前にちょっとだけ競売を覗くつもりだった。ところが、歩き出してすぐに、僕はここが目的の街ではないと気が付いた。

 ホームの設定ミスだろうか? だが、そんな事実は無いと、僕の中の記憶はすぐさま否定を返して来る。何しろ最近は素材の買い付けで、他の街に出向いた記憶が無いのだ。

 そして次に気付いたのは、強制イベント動画が始まっているという現実だった。




 ――風種族のリンとすれ違う、薄汚れたローブを着込んだ人影。ヨロヨロと歩を進めていて、顔は上から差す強烈な日の光で影になっていて見えない。

 そのローブの男が、リンの腰に装備していた鍵型の片手棍を見て驚いた顔をする。オマエが鍵を握っているのか? そんな言葉と共に、その男は僕の武器に手を伸ばす素振り。

 警戒するリンに、その男は思い直したように動作を止めた。


 それからはリンとその男の販売交渉。強制動画なので、僕の意思はまるで通じず。もし画面の中のリンが、間違って武器を譲ってしまったらどうしようと言う焦りの中。

 交渉はあっさり決裂、ローブの男のドケチ振りは凄まじいモノがあった。350まで上がった交渉値段は、351になって352で終わりを迎えたのだ。

 万単位ではない、352モネーだ。それじゃ、中ポーションも買えやしない!


 ローブの男は、見かけ通りの貧乏人らしかった。恐らく、財布の中身ギリギリまで値段を吊り上げて、それでリンに駄目出しを喰らったに違いない。

 そうは言っても、僕からすればそんなハシタ金で大事な武器を手放す訳にも行かず。ローブの男は苛立ちを隠そうとして隠し切れず、とうとうキレた。

 とばっちりを受けるのは、もちろんリンを操作する僕。


 強制動画は、そろそろ終わりを迎えるよう。ローブが爆ぜて、その人物の正体が明らかになる。人間種族かと思ったら予想外、辛うじて人型のタイプと言える程度。

 しかも、肩車で背丈を誤魔化していた様子。緑色の鱗の肌の手長族が2体、コイツ等は腕の長さは人間以上なのだが、体長は人の半分にも満たない種族だ。


 こいつ等の特性だが、モロに戦闘種族で素手でもとても強いので有名だ。バージョンアップで4ヶ月位前に出現したのだが、レベル上げにも向かず、縄張りが広過ぎてNM情報も確認出来ず、以来放置されている。

 ベテランの冒険者でさえ言っている、奴らと戦うのは無駄な労働だと。


 僕も新種族の追加で、ウキウキと期待していたのを覚えている。人間タイプの種族は、とにかくドロップが良いのが常識だったから。

 師匠と組んで、新解放エリア体験ツアーまでした事も。


 あの頃は冒険者が新解放エリアに溢れていて、故に少人数での移動も比較的安全だった。奴らの集落も、ベテラン冒険者達にあっという間に占拠されていた。

 その後はお決まりの、王とか神の降臨だったように思う。戦闘風景を見学したが、ドロップはお決まりのパターンらしくてがっかりした記憶がある。

 師匠も買い取り希望で交渉しつつ、平凡なドロップに呆れていた。


 僕が手長族の記憶を思い出している内に、強制動画は終わったようだ。自由を取り戻したリンの前には、戦闘態勢の手長族がちゃっかり2体。

 どうやら夢と消えてはくれないらしい、しかも戦闘用のBGMがやる気モードを伝えて来る。そんな中、僕はリンの現状を思い出して顔色を失った。


 さっきまでNM戦を手伝っていた僕は、ポケットの薬品をすっかり使い果たしていたのだった。カバンの中にも使えそうな支援アイテムはほとんど皆無と言う状況。

 しかも、1対2の戦闘はステップ使いにはかなり不利。





 ――考えている内に、敵達は問答無用と勇ましく襲い掛かって来た。












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