街中がネットファイター ~百年クエストの章~

マルルン

~春の章~

第1話 封印の疾風①



 『ファンタジースカイ』の歴史は古く、そのプレイヤー数も年々増加の一方を辿っている。この地域限定のネットゲームは、その封鎖的な出生状況とは反比例して、ネット内での世界観に関しては無限の拡がりを見せている。

 そして、それは現在進行形でもある。


 そのゲームの誕生は、環境モデル都市であり、更には学園都市の面も併せ持つ『大井蒼空町』とは、切っても切り離せない関係にある。

 何しろそのゲーム、この街に張り巡らされたケーブル通信でのみ配布されている、重量級の大容量ネットゲームなのだから。

 配布開始当初からのヘビーユーザーも多く、反面皆が顔見知りでもあるのだが。


 そんな地域密着型ネットゲームにも、近年新しい波が押し寄せて来た。年に2~4回のバージョンアップは欠かさない開発サイドだが、そう言うのとは根本的に異なる異変だ。

 隣町の急激な発展によって、交流が増えた両都市は。度重なる話し合いの末、ケーブルの延長を視野に入れた公共施設の共有を決定したのだった。

 そんな訳で、ここ数年で隣町のプレイヤーも増えて来ているという現状がある。


 もっとも、ケーブル延長の初期工事費用に10万円以上が掛かるために、個人の住宅への導入はそれ程増えていない様子だ。ただし、マンションやアパート群には割と早くから普及が始まったのは、その便利さ故であろう。

 大容量の情報伝達システムは、もちろん普通のネットサーバより何倍も速い性能を誇っている。その上、地域運営のため、その地域の情報がリアルタイムにキャッチ出来るのだ。


 その中には、ケーブルテレビなどの娯楽も混じっていて、つまりはファンスカと言うゲームのユーザー増加にも、確実に繋がっていると言える。

 そんな隣町のユーザーの中に、僕もいた。



 僕の立場は、話し始めるとちょっと長くなる。それはつまり、大井蒼空町と僕の住む辰南たつなみ町の関係性にも言及しないといけなくなるからなのだけど。

 かい摘まんで言うと、僕は中学進学の時に隣街の大井蒼空付属中学校の編入試験を受け、合格してしまったのだ。それがそもそもの、ややこしい立場の始まり。


 私立の超付属エリート校で、他の生徒は地元の生え抜きばかりの中。幼稚園から普通に知り合いの生徒達の中に、ただ一人隣街出身の僕と言う構図。

 想像してみて欲しい、完全にアウェイでの中学3年間の生活を。


 これもまた、大井蒼空町と辰南町が揉めた事態の一つには違いないのだが。大井蒼空町が元々変な街なのは、何年か通った僕から見ても判断出来るのは確かだ。

 街全体の設計の段階から、全ての地域をブロック分けして整然と造られた印象が強い。歩道も広く、住みやすそうな奇麗な町並みは当然として。

 その中心の企業ビルは、有名IT企業や複合企業が名を連ねている。


 学園都市としては、名実共に世間に名を馳せていて実績もあるそうで。卒業生からは、有名な研究者の名前がゴロゴロ出て来るのがその良い証拠であろう。

 そんな感じで、最初は隣街からの編入に、大井蒼空町は難色を示していたのだ。


 それは同時に、エスカレーター式で計算された授業内容に、他校からの生徒がついて来れるかと言う心配だったのだろう。確かに、入学試験は滅茶苦茶難しかった。

 それに対して、文句を言う訳ではない。中学の授業の進行速度について行けなかったら、それこそ3年間ブルーに過ごさないといけなくなる。

 いや、結局は交友関係に馴染めずそうなってしまったのだけれど。


 幸いと言うか何と言うか、僕が試験に受かってしまったのは前述の通り。僕の学力は、ひとえに家庭環境に起因している。僕の家族は父親のみで、故に家に戻ると常に孤独だった。

 更に引越しも多かったせいで、僕の授業速度は変則的だった。転校してみると使っている教科書が違ったり、既に習った内容をもう一度勉強させられたり。


 父親はそれを見かねて、休みの時は1日中僕の勉強を見てくれた。それは別に、将来優秀なエリートになって欲しいからと言う理由からではない。

 単に、1つの将来の選択肢としての学力を身につけさせる為に。学力をつければ、選択の幅も自然と拡がる――それが父の口癖だった。


 父は、その筋では優秀なプログラマーだった。そのせいで、あちこちの難しい案件の手伝いに引っ張りだこで、故にウチは不定期での宿替えの憂き目に晒されていた訳だ。

 最終的に落ち着けたのは、やっぱり大井蒼空町のせいかも知れない。その点だけは感謝したいのだが、やはり僕の中学生活は威張れるモノではなかったのは確か。


 父は街のサーバ保全技師として雇われ、以来辰南町から毎日バスで隣街に通っている。母親の方は、僕が幼い頃に病気で亡くなったらしい。詳しい事は良く知らない。

 少なくともそう聞いて育って、僕は現状に不満は無い。


 それが例え見栄や虚勢でも、別にいいじゃないか。不満なんて、数え出せば切りが無くなる。それは情報の氾濫はんらんする現代の、1つの病と言っても良い。

 他人の生活レベルや美味しい料理情報、便利な商品や面白そうな玩具が指先の操作ですぐに知れる。海外に旅行に行こうと思えば、敷居が低いこのご時世。

 お金はカードで、あれが欲しい、綺麗になりたい……。


 そういう情報が簡単に手に入るって事は、つまりは自分の現状と嫌でも較べてしまう環境が出来てしまうって事だ。僕は別に、その便利さ全部を否定する訳じゃない。

 無いものねだりをしても仕方が無い、足りない物には目をつむって生きて行けば良いと言っているのだ。僕は言葉通りそうやって、中学生活を乗り切って行ったのだし。

 そんな勢いのノリで、ほとんど見栄で僕は高校進学を果たした。


 別の高校を受験しても良かったのだが、何故か僕はそうしなかった。逃げ出したと思われるのがしゃくで、そのまま大井蒼空付属高校に進学したのだ。

 エスカレーター式の良い所は、上がるのは割と簡単だと言う点に尽きる。それでも僕は、3年生の頃には取りかれたように勉強した。

 授業内容は面白かったし、勉強に関しては環境はすこぶる良かったし。


 クラスメイトが僕を見る目は、そのせいで次第に変わって行ったのは確かだろう。僕は元から身体が大きく、威圧的な容貌だった為、最初は周囲に凄く警戒されていたのだ。

 身体の大きさは、逆にスポーツには役に立った。僕は孤立しない為に、中学の時には軟式テニス部に入部して、3年間それなりに頑張った。

 そして3年生の時には全国大会まで進み、皆が驚きの目で僕を見た。


 エリート学校の中では、それはやっぱり浮いてしまう行為だったのかも知れない。今振り返って冷静に考えれは、そんな事を思う次第である。

 何しろ学校がスポーツで表彰されたのは、数年振りだったとか。


 週に3~4日程度の部活動では、確かにそんなものかも知れない。周囲にお高く見られていたのも確かだ、勉強もスポーツも不必要に出来る奴だと。

 ただし容姿には全く自信が無く、顔の造りを褒められた事など一度も無い。反対に、怖い顔だと言われた事は実は何度もあったりする。

 性格は全く穏やかで、声を荒げた事など無いんだけどな。


 そんな感じで仕方無いとは言え、高校1年生の現在、与えられた環境に対する見識は未だに膠着こうちゃくしたままだ。つまりは、僕とその他のクラスメイトという垣根は、3年間では乗り越えられなかった訳だ。

 引越しでの転校を何度も繰り返していた僕にとっては、その事態は考えられない事だったように思う。事情を知らせなかった父親にしても、まさにそうだろう。


 学生生活には最良の環境なのには違いないが、それは学問と言う分野のみにしか作用しなかった。つまり僕の学力は、現時点で全国レベルをキープしていて。

 それが少しずつ変わったのは、僕がファンスカを始めたからに他ならない。


 その辺の事情も、少しだけ追加で説明しないといけないようだ。何しろそれまでは、家の中には1台も、持ち運びタイプですらゲーム機は無かったのだ。

 父の教育方針だったのだが、それが何故かファンスカだけはオーケーが出た。僕はネットゲームは初めてで、それが子供の頃に友達の家でプレイした対戦ゲームとは、全く違う事にすぐ気付いた。

 その広大な試練の山に、僕はすぐに夢中になり、そしてもうすぐ2年が過ぎる。


 僕の名前はりん――ファンスカでは封印の疾風はやてと呼ばれている。





 画面の中のフィールドは、起伏の激しい荒野を映し出していた。古い西部劇に出て来るような、サボテンと茂み混じりの乾いた大地が広がっている。

 雑魚のサソリ型のモンスターを、暇潰しに何人かのプレーヤーが殴っていた。残りのキャラは、そんな事には興味が無いように不動のまま直立している。


 僕も同じく、それを横目で眺めているだけ。不用意に特殊技を喰らったら、サボテンにぶつかって余計なダメージを喰らってしまう可能性があるからだ。

 大事な戦闘前に、バタバタしたくないと言うのが本音。


 サボテンはただの風景ではなく、ぶつかるとダメージを与えて来る障害物だ。殴って壊せるが、あまりそれをしていると余計な敵を招く事にもなる。

 それがこの狩りを難しくしているのは、誰もが承知している事。事前に邪魔者を壊せば、目的の獲物は現れない。現れたのを確認してから壊したら、余計な敵を増やしてしまう。

 今回はプレーヤー数を控えているので、余計な敵を増やすのはご法度だ。


『そろそろ出現時間だ、遊びは止めなさい、メル』

『うぃうぃ、敵はお空から飛んで来るんだっけ? ボク初めてだから、湧く時の出現状況には興味があったんだよねっ。

 NMが出て来る瞬間は、よく見ておかなくちゃ♪』

『この敵が初めてなのは、メルだけかな? リンは2度目だし、勝手は解ってるよね?』

『リンが鍵だからな、このNM戦の……いや、今のは洒落じゃなくw』


 リーダーのハンスさんが、この場を仕切りながら僕に向かって聞き慣れた洒落を言って来た。この場にいた残りのキャラは、それに呼応してリーダーをからかい始める。

 鍵と言う言葉が、何故洒落になるかと言えば、それは僕の装備を見て貰えば一目瞭然だ。僕のキャラのリンは、二刀流の近接タイプ、つまりはアタッカーなのだけれども。


 他の二刀流使いと決定的に違うのは、両手に別々の種類の片手武器を持っている事。左手には短剣を、右手にはどう見ても大きな鍵にしか見えない片手棍を。

 お洒落な形状の金色の鍵だが、これが戦闘では洒落にならない特殊能力を発揮するのだ。


 元はと言えば、これはあるイベントの無料配布アイテムで、参加プレーヤー全員にプレゼントされたモノだった。イベント内容は、大きな鍵でフィールドに出現した大きな宝箱を開けると言う単純なモノ。

 その中に入り込んで、迷路だかパズルだかを解けば、素敵な景品が当たります的な催しだったのだけど。イベントが終わっても、それは鍵付きの宝箱を開ける即席合鍵として重宝されていた。


 詳しい説明は省くが、僕はそのイベントアイテムを、合成でどうにか出来ないか躍起になっていた。そいつは元が片手棍で、攻撃力は微々たる物だったのだけれど。

 苦労は報われて、僕の唯一無二の強力な武器になった訳だ。


 合成の話を始めると、とても長くなるので今回はこれも端折はしょる事にする。今の所、この武器が僕しか所有していない事も、僕の二つ名を轟かせているのに一役買っているのだろう。

 好んで目立つような事はしてないが、そのお陰でこうして狩りに誘って貰える機会も増えたし、文句を言う筋合いではない。そのお陰で、レア素材に巡り合う機会も増えたし、僕としても嬉しい限りだ。

 まぁ、それも僕の師匠の紹介あっての事なんだけど。

 

 その師匠は僕の隣で、メル相手に最終の打ち合わせと言うか説明に忙しい様子。満遍まんべんなく周囲に気を使っていて、とてもマメな性格なのは見ての通り。

 ひよっ子だった僕を自分の弟子へと誘ってくれて、以来結構な付き合いになる。本人のキャラは炎属性の厳ついファイターで、とても合成などに関わっている様には見えないが。

 ファンスカでも数少ない師範クラス、僕などまだまだ及びもつかない。


『今回のバージョンアップの不具合で、こっちのエリアにも影響出るかと思ったんだけど。どうだろう、平気そうかなぁ?』

『平気でしょ、あれは確か尽藻つくもエリアと新クエスト関係……何て言ったっけ、確か百年クエストだっけ?』

『それを解くのに実際、百年以上掛かるって? まぁ、ファンスカじゃあ1時間で1日過ぎるんだけどねw』

『チョームズらしいねぇ、その新しいクエスト。ウチのギルドじゃ挑戦しないの、ハンス? 新しい、見た事のないアイテム貰えるかもっ!w』

『名声が英雄クラスじゃないと、クエすら発生しないんじゃないの、それ? 少なくとも、領主だとかハンターでマスタークラスとか、称号取って無いと無理らしいよ?』


 師匠の付け足した情報に、あちこちから批難の声が上がる。確かにそんな条件は、ファンスカのプレーヤーでも一握りに限られて来る。

 つまりは、新クエの難しさには事前準備も含まれている訳だ。万人向けのクエでは決して無いが、それでも一部では盛り上がっているとの噂らしく。


 有力なギルドでは、さっそく手掛かりの入手に奔走し始めたという情報も。合成の腕前でそういった所ともコネのある師匠は、とにかく顔が広く噂も簡単に手に入る。

 リーダーのハンスさんは、周囲を気にしながらもお手上げの様子。


『肝心のクエが発生しないんじゃ、取り掛かりようが無いよなぁ。チルチルは、幾つかは条件満たしてるんじゃないか?』

『さあ、どうだろう? そう言えば、所持してるキャラバンで新クエ発生したけど、それが百年クエ関係なのかどうかは不明だね……リンはどう?

キャラバンは合同出資だから、そっちもクエを受けれるだろう』

『えっ、新クエの事ですか? 僕は別に……どっちみちソロじゃ無理だろうし』


 ボクが手伝ってあげると、個別に親しいメルが近寄って来てそう口にした。僕は本当に、そんな難しそうな新クエには太刀打ちする手段など無く、だから有り難うとだけ伝えるにとどまる。

 どっちみち、僕は新しい隠れ家の建設にかかり切りで、最近はそれ所では無いという感じ。メルの分まで作ると約束しているので、材料の手配でてんやわんやなのだ。


 バージョンアップでは、他にも新クエや新レシピが追加されたらしく。そちらのチェックにも忙しくなる筈で、新レシピで金策になるものは時期を逃したくない。

 こちらの世界でもお金と言うモノは、何をするにも必要なのだ。


『あっ、空が……いよいよ来るぞっ、NMだっ!』

『わわっ、空が割れて光の道が出来てるっ、凄いっ!』

『ライバルはいないから、まずは落ち着いてキープしよう。ハンス、スキルを封じるまではかなりキツいぞっ!』

『分かってるさ……メル、支援頼むぞっ!』


 了解と、ちょっと舞い上がっているメルの返事。周囲のサボテンが光を発して、光の道と呼応しているよう。光を発するサボテンは、これでガーディアンとなった。

 このガーディアンの数が足りないと、NMは降りて来ない。普通に相手するには、少なくとも味方が15人程度は必要な、凶悪な仕掛けであるのだが。


 地上で待機するのは、その半分以下のたったの6人。勝算はあるのだが、それでも前半手間取ると全滅してしまう可能性も凄く高い。

 危険な賭けだが、その分勝った時の分け前は多い事にはなる。鍵となるのは、文字通り僕の所有する武器、片手棍の『ロックスター』である。

 プレッシャーが、じんわりと圧し掛かって来る。


 光の道を降りて来たのは、8本脚の巨大な白馬に乗った、派手な衣装の蛮族の神だった。上半身は裸に近く、その分頭飾りとマントが派手である。

 手には片手斧、長い筒のライフルも持っている。顔には厳ついマスクを着用していて、茶褐色の肌に白い長髪がたてがみの様に顔を大きく見せている。

 地面に降り立ったその敵は、威圧的に周囲を睥睨する。


『最初が肝心だっ、行くぞっ!!』









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