優しいの行末

 「優しい人」と聞いて、どう思うだろう。「良い人」に思うか、彼氏彼女にするなら「つまんない」と思う人もいるかもしれない。

 私は自分で言うのもなんだが、「優しい人」である自信がある。遅刻に寛容的で、むやみには怒らない。嫌なことをされても理由を聞く努力はしている。そう、私は優しいのだ。

 しかし、私は優しすぎた。人に気を遣いすぎてしまう。人に気を遣いすぎてしまうあまりに空回りをしてしまう。その空回りから大きな喧嘩に発展してしまったこともある。そんな馬鹿な事例を一つ紹介しよう。


 ある日、私は散髪に行きたいと思った。普段は徒歩3分の所に通っているのだが、その時は気分転換に新しい所に行ってみたかった。しかし、私は脚があまり良くなく、車も自転車も乗れないし、徒歩も限られている。そこで、私は三年ほど付き合っている彼女に散髪屋まで送ってもらう事を頼んだ。彼女は引き受けてくれた。 

 しかし、私はふと考えてしまった。「散髪はだいたい1時間半ほどかかるし、予約は14時しか空いてない。彼女は17時から大学に用事があると言ってたし、わざわざ新しいところに行きたいが為に頼むもの申し訳ないし、断ろう。」それが正しいと思い、その旨を彼女に伝えた。

 彼女は怒った。

「せっかくその日空けたのに何が申し訳ないから断るなん!そんなん今更やん!やったらもう行かんし、別の人に頼みよ」その後、口論に発展し、大きく喧嘩となった。


 今思えば、彼女の言い分はごもっともである。元々連れて行ってくれと頼んだのは自分でそれを断ったとなると怒るのも仕方ない。

 しかし、適当に断った訳ではなく、一応彼女に気を遣った形で断ったのだ。これも一種の優しさだろう。そんなに怒らなくても良いのでは?と思う。

 しかし、この優しさこそが喧嘩のゴングであり、自分にとって長所であり短所でもある。「優しい人」というのは見かけと聞こえはいいが、その分ハードルが上がり、そうでなかった時の落胆や反動は大きい。また、優しすぎても変な優しさを出してしまい、喧嘩に発展する。全く、穏やかじゃないね。

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恋愛の戯言 アズムンアッシュ @azmn-ash

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