第28話:不憫な少女


 話は少し前に遡る……。


「陽動……ですか?」


「ああ。俺がまずひきつけておく。時間を稼いでいる間にふゆりんは人参を見つけ食べて、タイミングを見計らって急接近してくれ」


「言っていることは分かるんですが……見破られませんか?」


「可能性は否定できないが、絶対って訳でもない。あいつらは俺たちがどんだけ弱いかを図りしれてないからな。そこに付け込むんだ。俺たちでもやれることは沢山ある」



 ◆



 今までは時間稼ぎに過ぎなかった。ふゆりんが人参を瓦礫の中から探し出し、黒鎧野郎をどうにか拘束する為の時間。全てはこの状況を作り出す為だ。


 これ以上ないナイスタイミングに来てくれた。


 そして今、作戦は最終盤を迎える‼


「ちっ……‼」


 迎撃しようと俺を乗せていた大剣を動かそうとするが、掴んで離さない。


「おっと大剣はそのままにしておけよ。変な動き見せたら落ちるから」


「……っ! 君は……ほんとに……」


 すまんな。俺はこういう性分なんだ。


 俺たちの作戦、できるもんなら受け止めてみろ‼


「僕はっ……負けないっ……」


 黒鎧野郎はスキルで浮かせた大剣は放置し、もう一本の大剣を両手で抜刀するように構える。更にふゆりんを迎撃しようと踏み込もうとする。


 両足をねじるように力を溜め、飛び出す。


「はああぁぁぁぁ……っ‼」


 一刀両断。


 巨大な大剣に全てを込めて、放つ。


 刃がふゆりんに近づいていく――。


「――後ろががら空きだぞ」


 殺意が放たれた。


 周囲一体を覆いつくす、濃密で震えあがるような殺意が。

逃げられない殺意を浴び、奴の動きが止まった。知らずの間に急接近していたルナティの手によって。


「いっけけぇぇぇぇ‼ ルナティィィィっ‼」


 二本の大剣はそこにあらず。一本は俺の元に、もう一本はふゆりんの元に。迎撃し

ようにも大剣がない。回避しようにも間に合わない。


 文字通り、がら空きとなった黒鎧野郎の背中にルナティの一撃が――、





――バンッ‼



 その時だった。


 クラッカーが鳴った。


「――ッっ!?」


 不意に鳴った音に、ルナティの剣が一瞬遅くなる。


 迷った、迷ってしまったのだ。


「っ‼」


 その瞬間を見逃してくれなかった。黒鎧野郎は飛び上がり宙で回転し、ふゆりんへ放っていた大剣を後ろへ運ぶ。


 ルナティの一撃を受け止めてしまった。


「……受け止めたっ……君たちの作戦もっ……おしまいっ……」


 なんで……? 


 どうしてこうなった……?


 勢いのまま、奴はルナティを吹き飛ばす。願いの一撃は潰えたのだ。


 最悪の結末。呆然としていると、浮いた大剣にゆっくりと地面へ降ろされる。抵抗はしなかった。


「……どうしてクラッカーが……ま、まさか、……『暴発』したのか?」


 受け入れたくない……けどそれ以外に納得がいかない。ふゆりんがわざと発動する訳ないのだ。


 おかしい、おかしいだろっ!?


 どうしてこのタイミングなんだよっ!?


 俺は……これで負ける、のか……?


「わたしのせいですっ……わたしのチートのせいでっ……」


 ふゆりんが俺の元へ駆けよってきた。光っているその姿。弄る気は起きなかった。

「……お前がなにをしたっていうんだっ。誰もっ……誰も悪くねぇ……」


 ルナティは今も黒鎧野郎と戦っている。俺が拘束していた大剣がフリーになったことで、見るからに押されているようだ。やられるまで時間はそう長くないだろう。


 一度限りの作戦だった。俺たちを知らないからこその初見殺し、二度目は絶対に通用しない。


 先程のふゆりんとルナティが奴を挟み撃ちしたタイミング。もしふゆりんが危害を加えられる存在なら、ルナティと一緒に攻撃すればよかった。しかしふゆりんは攻撃しなかった。奴にふゆりんが脅威ではないことがバレてしまったのだ。


 残された手で奴を倒せる作戦……?


 無理だっ……思い浮かばないっ……。


「……ここまでか」


「ガン、ナー……?」


 これ以上無駄な抵抗をし続けても怪我人が増えるだけだ。奴は命まではとらない。


 素直に言うことを聞けば、全てが終わった後に違う人生を歩めるだろう。また一緒に過ごせるか、分からないのが心残りだがな。


 それでも……決断しなければ。


 俺は俯いているふゆりんの頭を撫でる。そして投降しようと呼びかけるんだ。


「ルナティ。ふゆりん。お前らと商売できて楽しか――」


「わたしは居場所を守りたいっ‼」 


「ふゆ、……りん……?」


 叫びと共に手が跳ね除けられる。ふゆりんはばっと顔を上げた。


「わたしの居場所はっ、ガンナーと、ルナティと‼ チートを販売している場所ですっ‼ なに一つ欠けてたまるかっ‼」


 ふゆりんは、泣いていた……そして怒っていた。


 嬉しい。しかし……それは受け入れられないんだ……。


「ふゆりん……それでも俺はっ――」


「ですからガンナー……一つお願いがあるんです」


「……お願い?」




「わたしに……――――――――下さい」




 寝耳に水の提案だった。


「――っ!? な、なにを言っているんだっ‼ 最悪死ぬかもしれないんだぞ!?」


「なら‼ ガンナーは他の方法が思いつくの!? あれを倒せて安全な方法があるって言うの!?」 


「……それはっ」


「さっきの作戦だって死ぬ危険はあったはずっ‼ 自分だけ危険な目にあって、わたしだけ安全だなんて、受け入れてやるもんかっ‼」


 ふゆりんは俺の顔を見て、小馬鹿にするように笑う。



「――大丈夫です。わたし不憫なんですよ? こういうのに慣れているんですからっ」

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