第26話:少女たちの覚悟


「……は?」


 コイツは鎧をプルプルさせて、なにを言っている……?


 師匠……?


 結婚……?


 奪われた……?


「それって……その師匠という方が転移者の方と駆け落ちした……ということですか?」


「……うん。だから……チートは悪」


「おいおいおい! ちょっと待てやっ‼ 駆け落ちからすぐに悪とか、飛躍し過ぎだろ‼ 普通間になにかあるパターンじゃないのか!?」


「ない……奪われたから……根絶する……」


「成程な……。私がその立場になったら、そうしてしまうかもしれない……」


 なんでお前は理解しているんだよ、ルナティ。似た者同士なのかお前ら。


「師匠は……僕の大好きな人だった……。それなのにふらっと現れた転移者と新婚旅行と称してどっかに行ったっきり……帰ってこなくなった……。だから――」


「根絶するとっ?」


「……そう」


「やっぱり短絡的過ぎるだろ‼ なんで転移者=チートになるんだよ!? 密接な関係なのは否定しないけどさ‼」


「そう言われると……そうだね」


「おい」


 今気がついたのかよ。


「でも……ムカつくから根絶する」


 悪だからじゃなくて、ムカつくからって、もう趣旨ブレブレじゃねぇか。完全な八つ当たりじゃんこれ。


「はぁ……無駄な話を聞いちまったな。まあいい。ぶっ潰すモチベが上がったわっ」


「戦うの……?」


「ああ」


「ガンナー……本当にいいんですか? 素直に言うこと聞いた方がいいんじゃ……」


 ふゆりんが不安を隠さず聞いてきた。要であるルナティがスキルの前に苦戦していたのを見て、怖気着いてしまったのだろう。俺だって不安がない訳じゃない。気持ちは分かるが、俺はふゆりんを無視した。


「おい、テカテカした黒く太い固い鎧野郎」


「……その名前で呼ばないで」


「お前を叩き潰してやるから時間をよこせ」


「はぁ!? 敵になんてことを言っているんですか!? そんなの聞いてくれる訳――」


「いいよ……」


「いいんかいっ‼」


「判断が早いツッコミだな」


「誰のせいでしょうね……」


 ふゆりん。そんなに俺を見てどうしたんだ? 顔になにかついているのか?


「……三分間待ってあげる。その間に作戦……練ればいい」


「そりゃどうも」


 適当に吹っ掛けただけだったが、本当に時間をくれるとは。


「僕のスキルは……『念力』。見えない力で押したり……物を持ったりできる……やろうと思えば君たちを……押し潰すこともできる……」


「スキルの情報までくれるなんて、随分至れり尽くせりだな。そんなに自分を見て欲しいのか? 自己顕示欲の塊だなっ」


「そんなものに興味ない……。君たちが僕の手のうちを知ったところで勝敗は変わらないし、知らなかったことを言い訳されても困る。だから――安心して」


 背筋が再びぞわっとした。そして見えないのに理解してしまう。


 奴は、鎧の内側で笑っている。


「君たちの……チートを受け入れる価値観を……真正面から潰してあげるから」



 ◆


 

「作戦は……以上。質問は?」


「その……だ、大丈夫なんですか? 安全、的な……」


「大丈夫か大丈夫じゃないのか、その二択ならぶっちぎりで後者だけど、予想通りなら前者になる可能性も微レ存」


 まあ、前者だろうが後者だろうが、博打だということに変わりはない。そこに命の危険性が伴うか否かの話だけだ。本来なら分の悪い賭けなんかしたくないんだが、奴には心底負けたくない。こんな気持ちになったのは久しぶりだ。


「無理には言わない。嫌なら逃げてくれていい。命が掛かっているんだ。逃げ出そうが後ろを向こうが、誰も文句は言わない。勿論ふゆりんだけじゃなくて、ルナティもな」


「私は勿論ガンナーと共に居る。どこまでも。ずっと。この程度の覚悟、とっくのとうに決めている」


「……どうしてそこまで俺の傍に居てくれるんだ?」


 純粋に気になった。


 俺たちは長い間相棒として活動してきたんだ。検討はつくが……お前の口からきいてみたくなった。


 ルナティは体を斜めにして、俺と目線を合わせる。


「私は昔からお前に惚れている」


「……」


「女が男に惚れる。それは命を預けるのと同義だ。外面だけじゃない、内面だけじゃない。お前という存在の全てに私は惚れているんだ」


「……こんな場面で告白されてもな。気の利いた答えは返せないぞ」


「告白? そんな気はないし、好意ならずっと前から向けているだろう?」


 そう言われると返しようがない。


 俺はルナティの想いに応えていないのに、彼女は俺の想いに応えてくれる。今更だが、なんと都合のいいことか。


 ルナティは俺の頬に手を添えて微笑んだ。


「私は知っている。お前は人をはめて楽しむのが大好きなこと。それは人と必要以上の交流をしたくない裏返しだ。他人とノリがいい会話をするのも、裏を隠しているからだ。しかし本当は人の気持ちに寄り添える優しい心を持っていること。本当は自分より仲間を一番大事にしていること。私は全部知っている。そのすべてを私は愛する。そしてあの日、お前を守り続けると私は誓ったのだ」


「……やめろ……俺はそんな殊勝な男じゃない。ただの気まぐれだ」


「今はそういうことにしておこう」


 見透かしたようなこと言いやがって……。


「ふゆりんはどうする? 同調圧力じゃない。私はお前がどんな道を歩こうとも、その背中を押してやろう」


 話題が戻ったことに安心しながら、俺はふゆりんの方を見る。彼女は前で両手を組んで、顔をゆっくりと上げる。そして感情を震わせながら口に出す。


「……やら、せて……下さい……」


「……いいのか? 死ぬかもしれないんだぞ?」


「ええ……わたしは、ガンナーを信じます」


「そうか……」


「それに……」


「それに?」





「わたしはっ、居場所を奪われたくありませんっ‼」

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