第18話:最近のふゆりん


 夕暮れの店内。


「ありがとうございましたー。またのご来店をお待ちしております」


「うるせぇー‼ こんな店二度と来ねぇよ‼」


 ふゆりんの掛け声に背中を押され、怒りながら出て行く転移者の男。この店じゃたまに見る光景であり、慣れてしまった光景でもある。


 俺はふゆりんを手をフリフリして、こっちへ来いと合図を出した。


「ふぅ……今日はこんなところですかね」


「そうだな。今日は客何人来た?」


「今の人だけですね」


「はぁ……やっぱ客足増やす方法を考えなきゃ駄目だな……」


 たまーにやって来る転移者相手に、高額で不良品チートを買わせる。こんな商売方法がいつまでも続く訳ない。むしろよく今まで続けれてこれたって話くらい俺でも分かる。


「ニホンじゃどうやって客足増やすんだ?」


「客足ですか……広告とかよく見ましたね」


「広告?」


「そうです。ニホンだと街の至るところに広告がありますよ。この世界もそのうちそうなるんでしょうか」


「俺たちが死ぬ時くらいにはそうなっているかもな」


 転移者がやって来るようになったのは五十年程前のこと。それから文明レベルは著しく成長し始めた。今すぐは無理だとしても、数十年経てば世界は大きく変わっていることだろう。


「広告かぁ……考えてみるか。借金二号のおかげで金に余裕あるし」


「それがいいと思います」


 やっぱ金は大事だ。金がなければ生きていけないし、金があれば好き勝手生きることができる。


 金と言えば……。


「ふゆりん」


「はい? なんですか?」


「お前の借金……ないことにしたから」


「……そっ、そうですか」


 あれ?


 てっきり驚くものかと思っていたんだが。


 ふゆりんはぎこちなく笑顔をし、いつもより小さな声で言った


「どうして……ですか?」


「お前の借金あってもなくても変わらないからな。だったらない方がいいだろ」


「そうです……よね」


「おいおい。一体どうしたんだ? いつものふゆりんならテンション上がって外に飛び出して行っただろうに」


「別に……なんでもないですよ」


 ふゆりんの声色がより低くなる。様子を確認しようと怠い体を動かし顔を覗くと、そっぽを向かれてしまう。一瞬だけ見えたふゆりんの表情は、確かに落ち込んでいた。


 気になって声を掛けようとするが、外が暗くなり始めていることに気がつく。


「……外も暗くなってきたし、もう店閉めるか。ルナティー‼ 裏の片づけお願いー‼」


「……分かった」


 店の奥、居住スペースの方からルナティの声が聞こえる。


「ふゆりんは…………食材の買い出しに言ってこい」


「食材……ですか? もう夜ですよ?」


「こっちの世界の夜は明るいだろ」


「まあ確かに。なにせ月が三つもありますからね……。普通に夜でも辺りが見えるっていう」


 この世界には月が三つ存在しており、年中夜の間は夜空で輝き続けている。おかげで昼間程じゃないにしろ、夜でも活動することが可能だ。


 チキュウだと月が一つしかないらしく、月の光だけじゃ夜間に活動するのは難しいと聞く。なんとも不便な世界だ。


「まあ、買いに行くのは別に構いませんが、そんなに食材の貯蓄ありませんでしたっけ?」


「いいからいいから。適当に買ってこいやぁ!」


「ちょっと!? なにを買うかせめて教えて……」


 俺はふゆりんの背中を押して無理やり外へ追い出した。


「帰ってきたに戸締りもよろしくね」


 そして容赦なく扉を閉める。


 さてと。どうしてやろっかね。そんなことを思っていると、ルナティが俺の元までやって来た。


「ガンナー。片付けが終わったぞ。ふゆりんはどうした?」


「ああ、ちょっと外に出してる」


「外? まさか……放置プレイか?」


「放置するよりも責め立てる方が俺は好きなんだがな」


 ルナティの戯言を適当にいなす。このまま会話していてもいいが、気になることがあるのでルナティに尋ねてみよう。


「ちょっとこっちこっち……」


 ルナティを手招きして、耳に口を近づける。


「二人なのに耳打ちする必要あるのか?」


「こういうのは雰囲気が大事なんだよ」


 男は誰しも心の奥に厨二病を持っているからな……ってそんなことはいいんだよ! 

本題に入ろう。


「ルナティ……違和感を感じないか?」


「なにに対して言っているのかすら分からないが、私は感じないな」


「ほら、最近のふゆりんに対してだよ。ふゆりんのこと、どう思う?」


「ふゆりん……不憫だな」


「それは最近だけじゃないだろ」


 ふゆりんは年中無休で不憫の名を冠している。それに不憫という言葉はふゆりんの為に生まれた言葉だしな。


「ではガンナーはふゆりんをどう感じだと言うのだ?」


「……最近のふゆりん、なんか落ち込んでいる感じがするんだよね」


「落ち込んでいる……か」


「ついさっきも借金がなくなることを伝えてやったら微妙な顔をしやがった。普通なら喜ぶはずだろ?」


「そうだな……ふゆりんがこっちの世界に来てどのくらいが経った?」


「うーん、丁度一か月くらいじゃないか?」


「それならば心当たりがあるかもしれない」


「本当か? 聞かせてくれ」


「ふゆりんは、ニホンに帰りたいのではないか?」


 聞いた瞬間に衝撃が走る。


「帰り……たい……」


「こちらの世界に来て最初の頃は馴染むことに精一杯だった。しかし最近になって心に余裕ができたことで、ニホンへの恋しさが表れた」


「……ふむ……筋は通っているし、納得もできる。そうか……帰りたいのか」


 帰りたいか……。


 そうだよな。


 年頃の少女が急に違う世界に飛ばされて、そう思わない方がおかしい。帰りたいと転移者が思うのは普通のことだ。


 実際半数以上はできるならチキュウへ帰りたいと思っていると聞く。それなのになんとなくふゆりんはそういう感情を抱かないと錯覚していたようだ。


「……ガンナー? どうかしたのか?」


「……いやっ、死んだとはいえ一方的にこっちの世界へ飛ばすなんて、どっかの誰かさんは人のことをどう思っているのか気になってね」


 ルナティが不思議そうな目で見てくるので、咳払いをして誤魔化す。


「そ、そんなことより、どうにかしてやりたいよな」


「ふゆりんをニホンへ帰らせてやれないのか?」


「残念だけどチキュウへ戻ることはできない。単純に方法がないからだ」


 俺が知っている範囲ではあるが、帰れるなんて話は聞いたことがない。チキュウとこちらの世界は一方通行なのだ。


「そうか……なら私が介錯をすればいいのか?」


「物騒なこと言うんじゃない。死んでも向こうの世界へ戻れるなんて保証はないんだ。どんな理由であれ牢に入れられるお前を見たくない」


「安心しろ。私はずっとガンナーの傍に居る」


「牢の中だけは勘弁な」


 俺もルナティもふゆりんにしてあげるべきことが思いつかない。こういう時に頭が良かったらいいのにって思ってしまう。


 どこかに解決策でも転がっていないのか……? 溜息混じりに辺りを見渡すと、ある物が目に入る。


「ルナティ、どうして鍋がここにあるんだ?」


 それは埃を被った鍋だった。


「ああ。先程片づけをした際に見つけてな。夕食はこの鍋を使おうと思っていたのだ」


「へー」


 鍋……か。確かに美味いし、久しぶりだから余計に美味く感じるだろう。それでも……今日は遠慮してもらおうか。普通の鍋は。


「……なあ、ルナティ。鍋をするなら要望があるんだ」

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