第2話 運命の赤い糸製造工場


 秋の夜空に、

 明るい満月が。

 月の光、溢れる僕の部屋。

 僕は、アヤモンに話し始めました…。




「私たち少し距離を置いた方が、良いと思うの」


 世間は、クリスマスのイルミネーションに美しく彩られていくのに、僕は、再び、独りになってしまった。


 まだ光を残している冬の空は、どんよりとした灰色。


『そうか、冬の空は灰色か。夏空は、白い雲と青い空だった。確か秋は…』


 ふられる度に、空を見上げて、泣きそうになる自分を慰めていると、僕の天職は、気象予報士かもしれないと、確信する。


 コンビニで、失恋した夜の三種の神器、漫画雑誌と、ポテトチップス、缶ビール適量を買って、アパートに帰った。


 赤と緑のリボンで着飾った、行く先を失った小箱が、散らかった部屋の中で、ポツンと済まなそうに僕を見ている。


「お互い、またまたひとりになりましたね」


 可哀想な姿に、お互い声をかけあう。


 僕は、冷えたビールを取り出し、ポテトチップスを食べながら飲みはじめる。


 漫画雑誌ほどお得な物は、この世には、無いのではないかと、独りで納得して、高名な先生方の絵を眺める。


 大好きな漫画の主人公が、ストーリーとは、無関係に泣いていると思ったら、僕の涙が、重力に負けた様だ。


 普通は、経験が多いほど物事は、平気になっていくのだが、失恋は、経験が多いほど素早く悲しみに襲われる。


 たくさんの経験から導かれた結論。

 もちろん、自慢には、ならない。


 流した涙の分、水分補給をしなければと、胃袋に急がせたビールに、早くも酔い始めたのか、幻覚が見える。


 簡素な部屋。独り寝の安っぽいベッドの上に、とても美しい女性が座っているのだ。大胆に開いたドレスの背中。

 とても綺麗だ。


『そんなに飲んだか?』


 500ミリリットル缶ビールは、無くなってはいない。これなら二日酔いにならず、意識を失えるかもと、残ったビールを飲み干す。


 ベッドの上の女性の姿は、消えない。


「ゴメンね。こちらのミスでした」


 天使の様に美しいその女性は、僕に話しかけた。

 幻聴?

 あと少し。たぶん350ミリリットル一缶で、僕は夢の世界へ旅立てそうだ。


「何度もあなたの心を壊して済みませんでした。私は、運命の赤い糸製造工場所属の天使です。あなたの失恋率が、高過ぎるので、調査に来ました」


 僕は、幻聴まで、失恋の話が聞こえる。天使の様に美しいのではなく、本物の天使らしいが、僕の心の傷に塩を揉み込む様な残酷な発言。

 確かに非人間的。

 追い打ちですか?


「今、あなたの心のシッポを調べさせていただきました。補修跡が見つかりました。思い出しました。おそらく初回の失恋でシッポが折れた方だと思われます。その時の担当だった私の補修ミスでした」


「シッポ?人間にシッポは無い」


「いいえ、肉体にも痕跡はありますよね」


「尾てい骨の事か?」


「はい、そうです。限られた空間に支配される肉体は、退化する必要がありますが、心は退化する必要がありません。だから残っています。私たち天使が、赤い糸を結びつけるには、とても都合がよいので、あなた方のシッポに、赤い糸を結びつけています」


 シッポにもいろんな使い方があると、感心した。幻覚と真面目にお喋りするとは、いよいよ僕もおかしくなったかと思ったが、誰にも見られていないので、酔いつぶれるまでの暇つぶしと幻覚に付き合った。


「シッポが折れるとは、とても酷い失恋だったようですね。まだ不慣れだった私は、気の毒に思って、念入りに継ぎ足したシッポを磨き過ぎ、取り付け方向も間違ったようです」


 さらに、追い打ち。ここで、初めての失恋を思い出す事は、厳禁。

 話題を別方向へ!

 だてに失恋慣れしていません。


「取り付け方向?」


 うん。この方向が良いね。自然な流れ。我ながら素晴らしい気転。


「普通、赤い糸は、引っ張ると締め付ける様に、結びつけます。ほら、恋は、相手が、逃げると、追うと言うでしょう。あなたの場合は、引っ張るとすっぽ抜ける方向に、ついていました」


「すると、僕だけは、どちらかが逃げると、二人の運命を繋ぐ糸が、抜け落ちると言うことですか?」

 

 天使は、頷いた。


「しかも研磨し過ぎてツルツルです。あれでは、赤い糸が簡単にすっぽ抜けるでしょう」


 幻覚の天使によると、運命の赤い糸は、その端に作った輪をシッポに引っ掛けているだけらしい。だから、人間は、くっついたり、離れたり、忙しいのだろう。

 僕のシッポでは、引っ掛けてもすぐ抜け落ちる。

 恋の駆け引きは無理みたいだ。

 まあ、相手がいないから、心配は要らない。


「ここで修理が出来れば、良いのですが、道具も部品も無いので、私たち天使の工場へご一緒してくださいますか?」


「いいよ」


 答えた瞬間、身体が宙に浮いた。そのまま空を登っていく。

 リアルな夢だ。

 目覚めたら、ビール会社にお礼をしておこう。

 深々と降る雪は、ロマンチックだ。

 しかし、実際に飛ぶと何も見えない。

 サンタクロースさん、雪対策はどうしているの?


「これをお履き下さい」


 翼のある靴。

 雲の上に出ると天使に渡された。足を入れると身体がフンワリ浮いた。


 『ビールだけだったよな?』


 雲の上は、暑くも寒くもなかったが、登ってくるまでは、寒かった。雪も降っていた。

 幻覚は、まだ続く。

 あの寒さの中でも、酔いは醒めていないようだ。

 こんなに酔えるのか?


 良いビールとは、リアルな夢を与えて続けてくれる物だと知る。


 天使の後に付いて歩く。天使なので背中に翼がある。翼を広げると、背中の大きくあいたセクシー衣装を着ている理由が分かった。

 特に誘っているわけでは、無いらしい。

 気付いて良かった。手痛い失恋のうえ、勘違いで犯罪者になるというのでは、さすがに救われない。


 文字通り飛ぶ様に歩くと、立派な門が見えてきた。

 門に、書かれていた文字は、


『運命の赤い糸製造工場』


 守衛さんは、男型の天使だった。

 僕を連れて来た天使と話をしていると、突然泣き出し、とても丁寧な態度で、僕を迎え入れてくれた。


「あの天使、どうしたのですか?」


「最初は、あなたの背中に翼が無い事を気の毒がっていました。さらに何度も失恋していると話すと、急にあの通り泣き出し、同情すると言って、迎え入れてくれました」


 どうやら、彼はモテない天使。お仲間らしい。

 

 工場長室に案内される。

 工場長の天使の翼は、大きくて立派だった。


『良糸良縁』


 彼女のデスクの背後に額があった。この辺りは人も天使も似たようなものらしい。


「この度は、私たちのミスにより、申し訳ない事をしました」


 部下に責任を押しつけないようだ。この部分は、人間とは違う。それとも僕の上司とは違うだけか…。


「現在あなた用に、シッポをカスタムメイドしています。あまりシッポを折られる方はいませんので、少し時間が掛かります。それまで工場見学でもして、お過ごしください」

 

 見学で知った糸の正体。

 運命の赤い糸は、意外に怖いと知る。


「部品が出来た頃ですから、治療室に行きましょう」


 心のシッポの修理は、簡単だった。痛みなんてもちろん無く、五分と掛からなかった。


 治療室の隣から、怒号が飛び交っているのが聞こえる。


「お隣は?」


 僕を工場に連れて来た天使が、治療をチェックしている。


「大丈夫そうね。さすがに医療天使だわ。綺麗で正確。お隣ですか?調査部ですよ」


 シッポの修理が済み、余裕が出て来たのだろう。初めて気付いたが、この天使は、完璧な美を持つ天使の中では、少数派の可愛い系だ。

 僕の好みのタイプだ。


「調査部?」


「はい。なるべく希望に沿えるよう、人間の好みを調査するため地上に天使を派遣しています。その天使が集めた情報を集約、解析する部署です」

 

 隣から、怒鳴る声が聞こえる。


「最近では、ゲームキャラなどのバーチャルな存在と本当に結ばれたいと考える人が、多くて困りものです。おそらくお隣の部署が、現在、最も過酷かと思われます」


「そういえば、天使にシッポは無いの?」


「天使には、シッポは有りません。でも心の中に、神様がくれた知恵の実がなる小さな木があるから、その枝に結びつけるの」


「見えませんが」


「ちょっと待ってね」


 天使は、僕の目にキスをした。

 ドキッとした。


「これで見えるかしら」


 確かに金色の実を持つ小さな木が、見える。


 片方が僕に繋がっている赤い糸を天使の木の枝に、素早く結びつけた。 


    (^^)v


 僕は天界に残りました。

 今、僕は可愛いくて、美しい妻と楽しく暮らしています。仕事もとても人のためになる素晴らしい仕事です。


 地上の天使から、電話がかかって来ました。


「はい、こちら運命の赤い糸製造工場でございます。ご希望のお相手の情報をお送り下さい。希望に沿えるよう、すぐにお調べいたします」


 僕は工場の調査部で働いています。


 天使の妻もニコニコ。

 子供たちも小さな羽が、パタパタ。


 僕たちの暮らす空の上は、いつも晴れています。

 そして、どんな季節も家族は、キラキラ笑顔です。          




          

 



 


 

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