第36話 真夜中の王都


真夜中の王都にやって来た俺たちは、ウィルの好奇心に合わせて王都中を駆け回る。


「ねぇねぇ見てください!王都のお城ってこんなに大きいんですね!!」


テンション爆上げで、王都のありとあらゆる建物に興味を示すウィルは、なんだか見ていて愛らしい。


「あんまり遠くに行くんじゃないぞ〜!」


俺はウィルに対して、はしゃぐ子供を宥める時のような発言をしてしまう。


しかし、ウィルに対してこんなことを言ってはいるものの、自分としては都会に来てテンションが上がっているウィルの気持ちは分からないでもない。

実際に俺もそうだったし...


話は遡ること17年ほど前、前世で当時大学入学を控えていた俺も、引っ越しの際には仰天したものだ。

地元とはいっても県の中心地に立地していた大学は、田舎出身の俺からすると、とても都会的で驚いたのを今でも覚えている。


そんな俺の体験をウィルは今、体験しているのだ。

気持ちはよ~く分かる。


そして、それからのウィルは王都のどんなものにも興味を示していった。

外に出ている屋台、見たこともないおしゃれな店の数々、そして、


「ねぇケインさん、あそこの道は少し違った雰囲気ですけど、何があるんですか?」

「あ~、えっと、そのウィルにはちょっと早いかな...」


ちょっと大人な店なんかも...




「はぁ~疲れた~!!」


とりあえず、回れるだけ回って楽しんだ俺たちは、ひとまず近くのベンチに座って休憩をとる。


「すごいですね~王都って。こんな夜中なのに周りはみんな明るくてたくさんの人でにぎわっててみんな楽しそう」

「そりゃそうさウィル、夜中は一日の中で一番自由な時間帯なんだからさっ」


楽しそうにつぶやくウィルに、俺はそう返す。


日本でも、やはり夜中というのは少し特別だ。

社会のしがらみなんかから忘れることができる、特別な時間帯。


実を言うと、そんな夜中という時間帯はこの世界においては、日本より特別で自由な時間として認識されている。


それはなぜか?理由は簡単である。

それは...


夜中にすることまでは、天命で定められていないから。


日中の間、天命に従って行動してきた人たちが、夜中になって自由な時間を与えられたら、当然みんなは反動かの如く思いっきり羽を伸ばすことになるのは言うまでもない。

その上、王都といったたくさんの娯楽の存在する町なんかでは特に...


このように、この世界の人たちにとっての夜中の時間は、俺たち日本人が思っている以上に重要な存在なのだ。


「はぁ~やっぱりすごいな~」


そして俺たちはベンチに座りながら、そのままあたりを見回していると、


「・・・・・・」

「どこ見てんだ、ウィル?」


俺は、ウィルがとある子供に目がいっているのを認識する。


ウィルが見ているその子供は、年は8歳くらいで身長が120センチくらいの小さな女の子であった。


それだけ見れば、ひとめぼれしたとかでない限り、別に気になる理由にはならないのだが、俺から見てもウィルはひとめぼれではなく、別の理由でその女の子が気になっていることは容易に分かる。


なぜなら、その女の子は、周りにいる人たちと比べ、身に着けているものがとても質素だったからだ。


今俺たちがいるところは、王都の中でも中心地であり、結構着飾った人たちがこの道を歩いている。

なんなら村人である俺たちですら、質素な服装さゆえに少し目立っているくらいだ。


しかし、その女の子は俺たちなんか気にならないくらいに、ぼろぼろの服を着て歩いていたのだ。


「ねぇケインさん、あの女の子って...」

「あぁ、あれはスラム街の子供だな...」

「スラム街?」


ウィルはその女の子の状況があまりによく分からないため、少しあいまいな質問を俺に投げかけるが、俺はすかさずきっぱりとそう答える。


そんな話をしているうちに、女の子は今日俺たちが行っていない、細い道へと歩いていく。


「ケインさん、ちょっとあっち行ってみてもいいですか?」

「あ、あぁ、別にいいけど...」


ウィルはその女の子のことが気になったのかベンチから立つと、その女の子の通って行った道を歩いていく。


しかし、ウィルはこの道は初めてかもしれないが、王都に何度も行ったことのある俺からすると、この先にあるのは何なのか、しっかりと覚えている。

この細い道を進んだ先、そこには、


「えっ、ここって...?」

「だから言っただろ?スラム街の住人だって」


王都内に存在する、スラム街があるのだ。

さっきまで見ていた王都のきらびやかな雰囲気とは、遠くかけ離れた雰囲気を醸し出すスラム街には、さっきの女の子のような服装をしている人ばかりがこの道を歩いている。


「ケインさん、スラム街って何なんですか?」

「まぁ簡単に言ったら、王都の中で多くの貧困者が集団となって住んでいるところのことだな...」

「そ、そんなところがっ!?」


ウィルは俺の説明と、目の前に映る現状から驚愕な表情を見せる。

今までアワの村のことしか知らなかったウィルからすると、驚くのも無理はない。


「僕、知りませんでした。村の外にこんなところがあるなんて。村を出たら、楽しいことや、すごいことがあるとしか考えていませんでした...」


ウィルはそう言って、自分の考えの甘さを実感する。

まぁ自分が行きたいところなんて、いいところしか見ないのは当たり前といえば当たり前だろう。


まぁそんな感じでウィルは、少ししょんぼりした表情を見せるのだが、一見苦しい生活を強いられているように見えるこのスラム街、実は日本人が思うようなスラム街とは少し、いや結構異なる。


なぜなら、何度も言うようだが、この世界には天命が存在しているからだ。


みんなも思ったのではないだろうか?

「なんで神様が人間のすることを決める世の中で、スラム街なんて存在するの?」

と。


しかし、その理由は至極単純。

それは神自体がスラム街に住むように天命を下しているから、ただそれだけなのだ。


それだけを聞くと、みんなは神に対して不信感、または怒りなどを感じるかもしれないが、俺としてはまぁなんとも言えない。


いやいや、別にただ俺が人でなしとかそういうわけでないんだよ?


ただ、この世界のスラム街の人たちは、地球に存在するスラム街とは違い、健康的で文化的な最低限度の生活が保障されているのだ。


実際に王都のスラム街を見てみると、一見スラム街の人たちはボロボロの服装をしているようだが、実際はただ泥や砂で汚れているだけで、よく見てみると、布自体が破れていたり、穴が開いたりはしていない。

ちゃんと洗濯をすれば、きれいに使えるのに、といった状態である。


他にも、元気いっぱいに仕事をしている人がいたり、ちゃんと栄養の整った食事をしている人がいたりと、そこまで不自由そうには見えない。


それにさっき見かけた小さな女の子も、今では俺たちの見えるところで大きなパンを、おいしそうに食べている。


一見、厳しい生活を強いられているように見せるスラムの人たちは、ちゃんと衣食住がしっかりと保証されているのだ。


それなら、みんなと同じような見た目にすればいいじゃないかと、俺としては思うのだが。

やはり天命としてはそうはいかないらしい。


おそらく、身分を明確にすることで、王様の権威を絶対的なものとするためみたいな、いかにも中世みたいな理由があるのだろう。

決してスラムに人たちは、自分自身を着飾ったりすることだけはしない。


自分の立場を上げるようなことだけは、絶対にしないのだ。



そんなこんなで、俺から見るとスラム街の人たちは他の人たちと同じように、生き生きとした表情を見せているのだが、スラムという存在を知ってしまったウィルは、その衝撃でそういったことには一切気づいていない。


ただ、衝撃的な事実を知ってしまったと、驚愕するのみ。


するとウィルは、この光景をしばらくただじっと見ていると、俺に向かってこう呟いた。


「あの、ケインさん。今日のところはもう帰りませんか?」

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