第29話 ケインの旅立ち
「あ~あ、朝になっちゃったよ...」
俺は自分の部屋の窓から朝日が差し込むのを見て、そうつぶやく。
夜が明ける前には準備を終えたかったが、残念ながらそううまくはいかなかった。
完璧な徹夜明けという状態である。
まさかこの世界に来ても、テスト期間みたいな生活を送ることになるなんて思ってもみなかった。
まぁとにかく、準備は間に合いそうなので、その点についてはよかったのだが...
明らかに俺の体に疲労が蓄積されてしまっている。
これから魔王討伐のたびに行かなければならないにも関わらず、だ。
(あ~、このままじゃ幸先不安だわ)
俺はそんなことを思いながらすべての荷物を布袋に収納する。
冒険者組合からもらったこの布袋は本当に便利だ。
魔物の死体だけでなく、自分の荷物までなんでも入る。
本当にロールプレイングゲームの袋並みに無限に収納できるのだ。
「よし、これで最後っと」
俺が準備を終えた時には、もう完全に朝日が出てしまっていた。
「完璧徹夜だな、これ...」
俺はそうつぶやきながら、俺の部屋から1階のリビングへと向かう。
「あ、ケイン、おはよう」
リビングにはもう母さんが起きて、朝ご飯の準備をしていた。
「俺的にはおはようって感覚じゃないよ...」
俺は疲れ切った顔を見せながらそうつぶやく。
「あら、まさか朝まで準備してたの?」
「当たり前じゃん、アランなんか何日もかけて準備してたんだよ。徹夜は当然だって」
「夜で部屋も暗いのに、よくできたわね」
すると母さんは、なぜか明かり事情に疑問を持ち始めた。
「まぁ、魔法を使って部屋を明るくしたからね」
「あら、魔法って本当に便利なのね。私、お父さんが使う魔法しか知らないからそんな魔法があるなんて知らなかったわ」
昨夜の俺は、あたりに光をともす魔法“ライト”を使いながら、準備をしていた。
そのうえ寝てもいないわけで、俺の中にある魔素は現在、満タンの状態ではない。
つまり、現在の俺は魔王討伐をする冒険者の旅立ちとしては本当に最悪のコンディションというわけだ。
俺以上にコンデションの悪いまま大事なイベントに臨む者もそうそういないだろう。
周りから見れば馬鹿じゃね~のというヤジが飛んできてもおかしくはない。
ふつう、勇者の旅立ちって、ちゃんとしたコンデションで、ムードのあるイベントが起こりながら旅立つものではないのか?
なんか俺の場合、すごくグダグダなんだが。
(まぁ俺は勇者じゃないんだけどさ...)
俺は母さんが準備してくれた朝ご飯を食べ終わると、本当に出発しなければならない時間に近づいてくる。
「「おはよ~」」
父さんとエレナがそろってリビングに入ってきたときには、俺はもう行く準備が整っていた。
「お、ケイン...もう行ってしまうのか?」
「うん、アランが出る前にはこの村を出とかないと、いろいろめんどくさそうだし...」
今から1時間後くらいに、アランはこの村を旅立つ。
そして当然ながら、この村の人全員がアランを盛大に見送るはずだ。
そのため、それより先に出ておかないと、俺はたくさんの人ごみにもまれながら、この村を旅立つことになってしまう。
徹夜明けの俺にとって、人ごみにもまれるなんてもってのほかだ。
これこそ旅立った瞬間にバタンキューしてしまう。
「まぁそれもそうか、なんか本当に行っちゃうとなると寂しくなっちゃうな...」
本当に出発する直前ということで、リビングには前以上にしんみりとした空気が流れる。
「さっ、行くならさっさとしなさい。別れが悲しくなっちゃうから」
俺は母さんに背中を押されながら家を出る。
そして家族全員が家を出ると、俺を家の前まで送ってくれる。
「じゃあね、達者でね...」
「やるならしっかりと成し遂げて来いよ」
「頑張ってね、お兄ちゃん!!」
家族全員がそう言葉を投げかけてくれると、俺はこれ以上留まるのも野暮だと思い、まっすぐ後ろを向いて出発する。
なんともあっさりとしたお別れである。
しかし、もう振り返ってはいけない、もし振り返ってしまったら、もうきっぱりと出発することはできないだろう。
振り返ることなく、ただまっすぐ進むのみ。
そして俺は、感慨にふけりながら、しばらく歩いていると、
「ケイン君っ!!」
俺の目の前にイルルが現れた。
「あぁイルル、俺、今から行くよ。アランに合わせると、いろいろめんどくさそうだし」
「う、うん、もう家の周り、村の人が集まってきてるからそれで正解だと思う。だから私、ここでケイン君にお別れを言いたくて...」
村を出る前に、アランは後で会えるとして、イルルだけでも別れを言おうと、アランの家に行こうとしていたが、もう時はすでに遅しだったらしい。
「ケイン君、これっ!」
イルルは俺に向かってとあるものを差し出す。
「ん、ブレスレット?」
「うん、ケイン君のお守りとして、私が作ったんだ。受け取ってほしいな」
「本当に?ありがとうイルル」
俺は喜んでそのブレスレットを受け取る。
そのブレスレットは、腕時計のようなデザインだった。
革のベルトに、腕時計でいう文字盤のところには、謎のデザインが刻み込まれている。
そのため、俺としては、見た目に関して特に違和感は感じなかったのだが、
「あの、イルル...なんかこれ、とんでもない魔素を感じるんだけど...」
その受け取ったブレスレットからは、今まで感じたことのないほどに大きな魔素を感じとれた。
「あ、ケイン君には分かっちゃう?だから言ったでしょ、お守りだって」
「物理的な意味でのお守りってことか...」
ブレスレットは、その強大な魔素が漏れないようにしっかりと魔素を封じ込んでいる。
仕組みが分かっていない俺からすると、使いたいと思っていても、その魔素を使うことはできないだろう。
だから、本当にいざというときに、ぶっ壊して使うという感じになる。
そう考えると、イルルの言う、お守りというたとえは的確だといえるのかもしれない。
また、ブレスレットから感じる魔素の量は、イルルの中にある魔素量を大幅に超えていた。
おそらく、イルルが何日もかけて魔素を注ぎ込んだのだろう。
そのため内容はともかく、俺はその努力に敬意を払わねばなるまい。
「ありがとう、大切にするよ」
「うん、ちゃんとつけててね。いつかきっと役に立つときが来るから...」
そしてそのあと、イルルはゆっくりと息を吸って、場の空気を変えると、
「頑張ってね、ケイン君。私、待ってるから...アラン君と魔王を倒して、またこの村に帰ってくるのを...」
俺にそう言葉をかけてくれた。
「...あぁ、また3人で、いつもみたいに空地に集まることができるように、頑張ってくるよ」
そして俺はそう返し、イルルと固い握手を交わすと、イルルの隣を通り過ぎる。
次にイルルに会うのは、魔王を無事倒してからだ。
俺はそのまま、振り返ることなく、村の出口まで歩いていく。
村の出口に到着すると、いつも通り“トランスペアレント”で俺の姿を消してこっそりと村を出る。
(なんで旅立つ時までこそこそいかにゃならんのだ!)
俺の旅立ちの不自然さに、さすがにちょっと違和感を覚えてしまう。
(えっ、これって旅立ちだよね?またすぐ帰ってくるなんてことないよね?)
しまいには、またすぐ帰ってくるのではないかと思えてしまう。
そんなことを考えながらも、普通に村を出ることができるわけで、いつも通り村を出て少し歩くと、“トランスペアレント”の魔法を解く。
(あ~これが旅立ちか...まぁ所詮現実なんてそんなもんだよな~)
さっきまで俺が感じていた別れのムードはさっぱりと消え去り、いつも王都へ行く感じで、村の外の森をとぼとぼ歩く。
あとはアランが村を出るのを待つのみ。
「あ~それはそうと、アランの奴どんな顔するんだろう?楽しみだな~」
いつもと同じ感じとは言っても、アランの驚いた顔を想像し始めると、すこしテンションが上がる。
さぁ早く来い、アラン!
お前の冒険に、俺もついていかせてもらうぜ!!
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