第26話 アランの告白


「きれいな満月だ...」


空を見上げると、きれいな満月の光が僕の目にくっきりと映る。

先週まで半分より少し大きい位だった月が、今では満月となっている。

この事実は僕に、本当に来月になってしまったのだと実感させられる。


僕が天命を受けて早数日、あっという間に旅立ちの準備も進み、明後日にはもうこの村を出なければならない。


この世界の救世主...


物語の中だけの話だと思っていたこの存在が、実は実在していて、そして今度は自分に番が回ってくるなんて、思いもしなかった。

天命をもらった翌朝、僕が目を覚ました時には両親はハイテンションで喜び合い、村のみんなに報告しに行っていたときは本当に冷汗が止まらなかった。


何かとんでもない変化が起こる。


救世主になることが良いことなのか悪いことなのかわからないけれど、この事実が、僕に多大なる恐怖心を抱かせたんだ。


今になってみると、ケインと友達になってすぐに僕が魔法を使えるようになったとき、「僕たちは救世主の生まれ変わりなんだ」と、そう言っていた時が懐かしい。

あの時は救世主だなんてかっこいい名前に憧れてそう言っていたけど、いろいろ経験してきた今の僕にとって、救世主という名前は僕には荷が重すぎる。


ケインはあの時から僕たちが魔法を使えることを村のみんなに内緒にしようとしていたけど、その理由が今ではわかる。

あの時からケインには分かってたんだ。


別に自分がすごい能力を持っていたとしても、これからの人生が豊かになるって保証はどこにもないことに。


そう考えると、ケインは何かと生きるのがうまいと思う。

やりたいことはやるって言うし、やりたくないことは嫌だと言ってうまいこと逃げようとする。

いや逃げるというより、自分にとって不都合なことは魔法を使ってうまく隠そうとするんだ。

天命には絶対という常識のあるこの世の中で、そうやって生きているケインは単純に言ってすごいと思う。


もしかしたら、ケインにちゃんと天命が下っていたとしても嫌だと言ってうまく逃げ切るのではないかと思うと、少し笑ってしまう。


面白いというより羨ましいのだ。

そうやって自由に生きようとする志を持つケインに...


神様もそうすることが分かっているから、ケインに天命を下さなかったのかもしれない。


もし、ケインが救世主に選ばれたらケインはどうするだろうか...

そういった場合でもケインはいつもどおり魔法を使ってうまくごまかすのだろうか。


「おい、お前はそれでいいのかよ!」


数時間前、空き地でケインは僕のためにそう言ってくれたが、僕には到底まねできない。


「ちょっと僕には無理だよ、ケイン...」


僕はそう言って、開けていた窓を閉めようとすると、


「何が無理だって?」


今まできれいに映っていた満月は突如、声とともに近づいてきた何か大きな影によって遮られる。


それはいつも見慣れた影、いや人生で一番見たといってもいい。

そんな何年もともに過ごしてきたその影は僕に向かってこうつぶやく。


「なぁアラン、今からちょっと付き合えよ」


数時間前まで、言い合いになっていた彼が突然夜にやってきた事実に、僕は驚きを隠せなかった。


「ど、どうしたんだよ...ケイン」



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時は数十分前にさかのぼる...


ご飯を食べ終わって、家族に今日はもう寝ると伝えた俺は、階段を駆け上がり、勢いよく自分の部屋に入ると、“トランスフォーメーション”の魔法で俺の偽物を作り、“トランスペアレント”の魔法で俺自身を透明化させる。


これは俺が家をこっそり出る時の準備とまったく同じだが、今回は家を出る理由がいつもと少しばかり違う。


母さんは明日にでもと言っていたが、俺はそんなに待っていられない。


行動するなら今すぐだ!


今回俺が家を出るのは、アランにガツンと言ってやるためだ。

アランが旅立つまでもう時間がない。

四の五のも言ってられないだろう。


家をこっそり出る準備を終えると、俺はいつも通り2階の窓から勢いよく飛び降りて、アランの家に向かう。


家に到着すると、アランの親にばれるわけにはいかないため、仕方なくアランの部屋の窓から侵入しようと試みる。

すると、何に感慨にふけっているのかは知らないが、アランが窓から月の光を眺めて佇んでいる。


「ちょっと僕には無理だよ、ケイン」


ちょっとアランの言っている意味は分からないが、窓のそばにいるというのは俺にとって都合がいい。

そして俺は“パワー”の魔法で筋力を増強すると、思いっきりジャンプし2階にあるアランの窓へと飛び移り、現在へと至るわけだ。



そのあと俺は、とりあえずアランとゆっくり話をしたかったため、アランをいつもと同じ手口で村の外へと連れだす。


そして少しの間、村を出てすぐの森の中を、無言で歩いていると、


「ねぇケイン、付き合うって何?」


アランから先に口を開いた。


「いやぁ別に大した用じゃない。俺はただお前の本心を聞きに来ただけだよ。お前はこれから何をしたいのかを聞いたら俺は帰るさ」

「何って、僕はこれから魔王を倒すためにこれから村を出て...」

「違う、俺が聞きたいのはお前のことじゃない、お前のことだ」


アランは前以上に、救世主になるという意思を持っているように見せてはいるが、俺にはバレバレだ。


アランは確実にしたいことと、すべきことが異なっている。


まぁこの世界ではこういったことは当たり前だ。

天命に従う運命なのだから自分の行うことが、自分のしたいこととは限らない、それは当然の話。


でも今回の件は話が大きすぎる。

アランもまだ15歳だ、まだ自分の気持ちがまとまっておらず、やりたいことをしたいと思う自分と、天命は絶対だという自分で戦っているのだろう。


そしてアランは天命は絶対だという自分になりきろうとしている。

そうしなければ、アランは救世主になりきることができないと、分かっているから。


「とりあえず俺は聞いておきたいんだ。お前は本当にしたいことは何なのか。俺はお前になるべく自由に生きてほしい。俺の大事な友達だから」

「でも、ケインに言ったからって!」

「どうにかできるかは分からないが、誰かに思いを言うだけでも、少しは楽になる。そして幸いことに、ここには俺とお前しかいない。アラン、話してくれないか...」


やはり俺の一番身近な友達が、自分の思いを振り切って他人が決めた道に進むというのが我慢できなかった。

まぁ他人というより神なのだが...


俺にはどうにもできなかろうと、少なくともアランの思いだけは聞いておきたい。


するとアランは自分のこぶしを強く握りしめ、


「ったいよ...」

「え?」

「本当は救世主なんかになりたくないよっ!!」


急に自分の思いを叫んだ。


「僕だって本当は救世主なんかになんかなりたくないよ。天命だからって自分を押し殺そうとしていたけどやっぱり無理だよ。怖いよ。僕1人だけでこの村を旅立たなきゃいけないことや魔王と戦わないといけないことが...」

「アラン...」

「僕だってケインみたいに自由に生きたいよ。この村でケインやイルルと一緒に楽しく生きていきたいよ。でも無理だ、やっぱり僕の心にある天命に従わなきゃっていう意思が僕を引き留めてくる」


アランは自分の体力を使い切ったというくらい叫びきり、疲れ切ったように息を切らす。


「言い切ったか?」

「え?」

「自分の気持ち、素直に言えたか?」

「あ、うん...」

「それならよかった。で、言い終わった今、お前はどうしたい?」


俺としてはアランの思いを俺に話してくれて満足だ。

あとはそのあとのアランの思いに従うだけだ。

とりあえず俺はそれでいい。

するとアランはしばらくの間無言の状態でいると、


「ケイン、申し訳ないけど、やっぱり僕は天命に従うよ。従うしかないっていうのもあるけど、やっぱり僕の運命が救世主なら、もう僕の人生は、僕だけのものじゃないから...」


前とは違う、自分の意志を持ってそう言ってきた。

まぁ当然といえば当然である。

魔王を倒すという大きな使命、逆に逃げてしまうといろんな人にとんでもない影響を与えてしまう。

俺も最初から、逃げることは無理だろうなとは考えていた。


「そうか、それならそれでいい」

「うん、何かごめん、ここまでしてもらったのに」

「いいんだ、俺も引き留められるとは思っていないから。俺はお前の意志が聞けただけで満足だよ」


そしてそのあと


「それじゃ、頑張ってこいよ、!!」


何気にそうつぶやくと、


「え、何何!?勇者様って?」


なぜか急にアランがすごく興味を示しだした。


「いやいや、大した意味はないよ。ただ救世主みたいな存在を俺が勝手に勇者って呼んでるだけで...」

「それ、いいね!」

「は?」

「それいいじゃん。よし、僕は救世主なんてかたっ苦しい名前なんかじゃない。僕はこれから勇者なんだ!」

「は、はぁ。まぁお前がそれでいいなら別にいいけど...」


なぜか俺の一言でアランの運命が救世主から勇者に変わってしまったのだった。




そして、アランが救世主から勇者に変わった後は、用もなくなったし、あとは家に帰って寝るのみ。

やりたいことやって満足したことだし、今日はよく眠れそうだ。

俺たちは帰るために、来た道を引き返していると、


「ケイン、まだちゃんとお別れが言えてなかったね」

「いいよ、そんなの。どうせまた会えるだろ。というか俺が会いに行くわ。気が向いたら空飛んでお前のこと探しに行ってやる」

「あはは、やっぱりケインは自由だね。ありがとう、なんか元気出た」


アランは冗談のように受け取っているが、俺は行く気満々だぞ。


「そうか、それならよかった」

「僕、明日も準備があるから、村を出るまでにはもうほとんど会えないかも」

「俺はもう満足だぜ。やりたいことはやったし」

「でも、やっぱり僕は寂しいよ...」


そうこうしているうちに、俺たちは村の前に到着する。


「それじゃ、またな、アラン」

「うん、またね」


この別れが俺とアランのイヨの村での最後の別れとなった。





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