第24話 アランの運命


「救世主って、どういうことだよイルル!!」


アランに関する重大な発言に、俺は事の真相を詳しく知ろうとイルルに詰め寄る。


「ケイン君は、もともと救世主っていう名前は知ってた?」

「あぁ、昔人間たちを魔王の支配から解放へと導いた英雄の名前のことだろ。そもそもあれって本当にあった話なのか?」


この救世主の伝説は、本などによると、数千年前にあった話としか書かれていないため、俺は半分作り話なのではないかと疑っていたところがあった。

そのため、今回出てきたその話題に対し、俺は驚きというより、なんで急にその救世主の話になったの?という疑問の念のほうが強かった。


「その伝説、実は本当だったらしくて、今回は魔王を倒すようにってアラン君に天命が下ったらしいの」


伝説では魔王は倒されたといったが、実は現代でも魔王は存在している。

この大陸の最北端に位置するこのイヨの村からだと一番遠い最南端に、今の魔王は城を構え、土地を支配している。


では、なぜ俺たちが今までなんでそんな状況にもかかわらず、話題に出てこなかったかというと、かれこれ数百年の間、人類と魔王は一切表立って戦争をしていなかったからだ。


俺がこの世界に生まれるずっと前から、この大陸は上下で真っ二つに分断されていた。

北が人間領、南が魔王領だ。

真ん中を境目に領地を分断されてから今までの間、大きな争いもなく、今までやってこれていた。

そのため今の人間たちは魔王の脅威などに全く気にすることなく平和に暮らしていたのだ。


日本の人たちだってそうだろ?

1945年に戦争を終えて以来、特に表立った戦争をすることなく、今に至っている。

そのため日本人は戦争といった脅威に全く気にすることなく日常を過ごしている。

過去に戦争があったにもかかわらず、だ。


つまり今回の天命は日本でいうと、今が平和にもかかわらず、どこかの国が攻めてくるかもわからないから先に攻めてしまおうぜと言っているようなものなのだ。

逆の視点から考えるととんでもない話である。


「っていうか、この世界は救世主まで天命による指名制なのかよっ!!」


その上、こんな重大な役割である救世主まで神によって勝手に決められてしまう事実に、俺は思わずツッコミを入れる。


みんな神に従順すぎなんだよ...


「まぁ今はそこはどうでもいいか。それで、今アランは?」


とりあえず今回の一番の当事者であるアランに話を聞こうと、アランの居場所を聞くとイルルは、


「まだ家の中にいる」


そう言って、今も人だかりでいっぱいであるアランの家に向かって指さす。


「マジかよ...」


家の前には、アランの天命を聞きつけたのか、さっき以上に人が集まってしまっている。

俺はとりあえず昼頃まで待とうかと考えていると、今でさえ騒がしい雰囲気が、急により騒がしくなった。


「なんだなんだ急に!?」


俺たちが戸惑っていると、家の玄関の扉が開き、扉の奥にはアランとアランのお父さんが立っていた。


「村の皆様、お聞きください。噂を聞いてここにいらっしゃっていると思いますが、実は昨夜、私の息子であるアランが神様より、救世主の命を承りました。今こそ人間の手で魔王を討ち果たし、南の国々に平和をもたらす時なのです。神様はアランに、準備ができ次第、すぐに出発するよう天命をいただきました。そのため数日後にはアランはイヨの村から旅立ち、魔王討伐への大冒険へと向かいます。皆様におかれましてはアランの旅立ちの際、盛大に送り出していただけると幸いです。皆様、よろしくお願いいたします」


アランのお父さんはそう村のみんなに語り掛けた。


「おいおい、マジかよアラン。本当に魔王討伐に行っちゃうのかよ...」


あまりの急展開に、俺は現在の状況をあまり深く把握できないでいる。

実際、俺の頭の中は、ケインがイヨの村を出てしまうということより、魔王討伐なら俺に行かせてくれよ、などと考えてしまっている。


しかし、そんなことを考えていた俺であったが、一つ気づいたことがあった。

それは、アランのお父さんの横で笑顔で村の人のお祝いムードに対応しているアランの顔であった。


なぁに、かれこれ7,8年の付き合いだ、さすがに分かる。


アランの笑顔が作り笑いであり、口や頬などで笑っているように見えるものの、目だけで見ると、希望のないような、死んだような眼をしていることに...



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「やっほ~ケイン君」

「やっほ~、イルル...えっと、アランは?」


俺たちは、つい先日に衝撃的な出来事にあったにもかかわらず、いつも通り空地に集まっていた。


「ううん、今日も来れないって」


ただし、アランを除いて...


「アランの奴、今何やってんだ?俺、アランが天命をもらってから一度もまともに会っていないんだが」


天命をもらって村中で騒いだ時も、顔を少し見たくらいで、それ以降となれば、顔すらまともに見ていない。


「私だって同じ家にいるけどアラン君、ずっと部屋に引きこもって旅立つ準備をしているよ。おじさんとおばさんも全力サポートしてるし、私が話しかけるタイミングとか全くなくて...」


イルルはお母さんが亡くなったあと、天命通りアランの家に住んでいる。

彼女の言うおじさんとおばさんはアランのお父さんとお母さんのことだ。


それにしても同じ家にいるにもかかわらず、話す機会がないとなると、俺ならなおさら話す機会はなさそうだ。


「なぁ、アランが救世主ってのは本当なのか。なんかイマイチ信じられなくってさ」


数日たったとは言え、やはりアランが急に村を飛び出て旅に出るなんてどうしても考えられない。


「ひょっとすると、アランの考えた俺に向けたドッキリってことも...」

「え、何、ドッキリって?」


今回においては当事者ではない俺でも、ドッキリなどと疑ってしまっている。

実際、アランは疑ったりしなかったのか?

それとも、疑う余地を考えさせないほど、天命ってのはすごい存在なのだろうか。


「とにかく、準備ももうすぐ終わりそうだし、アラン、明後日くらいには出発するかも...」

「え、うそ!?」


イルルの急なアラン出発する宣言に、俺は驚きを通り越して信じられなかった。


「えっ、本当にこの村出ていくの?」

「この前言ってたじゃん。魔王倒すためにこの村を出るって」

「マジか~、マジなのか...」


俺は別に誇張して驚いているわけではないのだが、なぜかみんなと比べて大げさに驚いているような感じがする。


それくらい村のみんなの対応力はすさまじかった。

ひとたび天命となると、たとえどんな内容であっても素早く受け入れてしまう。

まるで天命に依存していると言わんばかりに...


今回でも、村のみんなはアランの旅立ちを寂しがる様子もなく、ただ素晴らしい天命をもらったねと、天命に焦点を当ててアランに言葉を投げかけた。


こういった状況になったとき、俺はこの世界の人々が怖くて仕方がない。

この時だけは感情をなくしたロボットと接しているみたいだった。


(実際にイルルも、アランが旅立つことをまるで平気かのように......ってさすがにそれはなかったか)


イルルでさえも、発言から当たり前のようにアランの旅立ちを受け入れるのかと思ったのだが、実際は違った。

村を出るだろうと言っているときのイルルの手には力がこもり、手がフルフルと震えていた。

イルルは周りに合わせようと我慢していたらしい。


さすがに俺みたいな、この世界の人からすると感情むき出しの男と一緒に育ったら、嫌でもみんなと比べて感情が豊かな人間が育つのは必至だったようだ。


「でもな~、さすがにそのままはいさよならって別れるのは俺が許さない」


さすがに1度アランと話しておきたいなとそんなことを言っていると、


「やぁ久しぶりケイン、2人ともそろっているね...」


後ろの方から声が聞こえる。

振り返ってみてみると、そこにはいつもとは表情の異なる、アランの姿があった。


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