第18話 決められていた運命
イルルのお母さんの死、
小さな村であるイヨの村では、この事実が広まるのに、そう時間はかからなかった。
この世界の埋葬方法は土葬であった。
死んだ人はいつか復活をして、神様のいるところに行くことができると考えられているためらしい。
「天命」という制度のおかげで、神と密接な関係にあるこの世界らしい考え方だ。
葬儀の際は、たくさんの人が訪れ、イルルのお母さんの死を嘆いた。
そしてその時は、俺とアランも参列し、イルルの手伝いを行った。
行ったというより、行いたかった。
今になって思うと、何とかしようと思ってやったにもかかわらず、実際は何もできなかった自分を少しでも否定したかったんだと思う。
(今更、何やっても変わらないのにな...)
俺はそんなことを考えながら、重い荷物を運ぶ。
現在俺は、イルルの家でイルルのお母さんの荷物整理に来ていた。
何をやっても変わらないことは分かっている今でも、イルルのために何かしたくてたまらない。
何かしていた方が、余計なことを考えなくて済むから...
「イルル~、汲んできた水ってここにおいておけばいいの~?」
「うん、そこで大丈夫。ありがとう」
アランも俺と一緒にイルルの家に来て、手伝いを行っている。
俺はその汲んできた水を使い、雑巾でイルルのお母さんの部屋を掃除する。
「慕われてたんだな...イルルのお母さん。葬儀の際、たくさんの人に来てもらっててびっくりしたよ」
「うん、寝たきりになるまではご近所さんととても仲が良かったから...」
イルルがそんなことを言いながら、机の中を整理していると、
「あれっ、これって」
一通の手紙を見つける。
「おいおいこれってまさか...」
俺はみなまで言わず、イルルに見ることを勧める。
「これ、お母さんの字だ...」
イルルがその手紙を開けるのを後ろから見ていると、手紙にはこう書かれていた。
『ーイルルへー
あなたがこの手紙を見ているということは、もう私はこの世にいないのでしょう。
まぁ、いたらいたでいいんだけど、そうではないのでしょうね。
おそらく私は今神様のところにいます。
私はそこで幸せに過ごしているから、イルルは何の心配もしないでね。
イルルには今のまま自由に生きてほしいの。
だから、今を精一杯生きなさい。
自由にできるのなんて子供の時だけなんだから』
そこで一枚目が終わっており、その時点でイルルの目は涙でいっぱいだった。
「・・・・」
そして、イルルが2枚目を読もうとしたその時、
「コンコン」
玄関の扉をたたく音が聞こえる。
「あっ、は~い」
イルルは涙を拭きとり、手紙を持ったまま玄関へと向かう。
俺も誰だと思い、イルルについていくと、
「あ、こんにちは。君がイルルちゃんだね」
玄関の前には、見知らぬ30代くらいの男性が立っていた。
「えっと、どちら様でしょうか?」
記憶をたどっても思い出せないその人に俺とイルルは戸惑っていると、
「あれ~、お父さんじゃん!!」
後ろから走ってきたアランがそう言ってきた。
「お、お父さん!?」
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イルルはアランがお父さんと呼ぶその人をリビングへと案内すると、4人は椅子へと腰掛ける。
「あっ、紹介します。この人が僕のお父さんです」
「どうも、アランの父です。」
普通は想像しない状況での友達の父の紹介に俺とイルルは一瞬戸惑うが、
「えっと、今回はわざわざイルルの家にどういったご用件で?」
俺はイルルよりも先に気を取り直し、今回の用事を尋ねる。
「今日はね、これからのイルルちゃんについての話をしに来たんだ」
「これからの私、ですか?」
イルルは戸惑いながらそう尋ねる。
アランもこの話は聞いていなかったのか、俺たちと同じように、動揺した表情を浮かべる。
「イルルちゃんは、これから私たちの家で引き取ることが決定した」
「「「えっ!!」」」
俺たち3人が同時に驚く。
俺たちは数秒の間、驚きのあまり固まっていると、
「えっと、それは村全体で決めたことなんですか?」
とりあえず話を整理しようと、俺はそう尋ねる。
すると、アランのお父さんの口から、もう聞きなれてしまった名称が、説明とともに出てきた。
「いいや、2か月前に僕のもとにそう天命が下ったんだ」
(また天命かよ...)
俺はまたその名称を聞き、頭を抱える。
天命という存在は、何度俺を悩ませれば気が済むのだろうか。
「えっ、僕、そんな話聞いてないよ?」
アランもその事実に驚く。
「ああ、アランには余計なショックを与えないようにと黙っていたんだ」
確かにその時期はアランが毎日イルルの家に行っていた頃だ。
そんなアランを見ていた父親ならそう考えても不思議ではない。
しかし、
(あれっ、2か月も前にその天命が下ったってことは...)
俺は話の流れから衝撃の事実を予想する。
そして、その予想が確信へと変わると、俺は
「バンッ!!」
机を両手で思いっきり叩いて立ち上がる。
そして俺はこうつぶやいた。
「あの、2か月も前に知ってたってことは、イルルのお母さんはあと2か月後に死ぬってことも、僕たちが何をしても無駄だってことも知ってたってことですよね...」
俺の発言に場の空気は一気に変わる。
「...」
アランのお父さんが黙っていると、
「ねぇ、どうなんですか?ねぇ!!」
俺はアランのお父さんの服を掴み、そう叫ぶ。
するとアランのお父さんはゆっくりとこうつぶやく。
「ああ、その時にはイルルちゃんが一人きりになってしまうことも分かっていたし、イルルのお母さんを助けるんだって言いながら家を出ていくアランをただ見送ることしかできなかった」
「だったらなんで黙ってたんですか!?」
「だって仕方がないだろう!これからのことが分かっていたとしても、私には、どうすることもできなかったんだ...」
アランのお父さんがそう言うと、俺は服を掴んだ手をゆっくりと放す。
そしてアランのお父さんは、俺の肩に手を置きながらこうつぶやく。
「いいかいケイン君、下ってしまった天命は絶対なんだ。それから、覆ることは、ない...」
「...くっ!!」
俺はこの時点で、何度も聞いてきた天命という言葉に耐えきれなくなり、家を飛び出す。
「ちょ、ちょっとケイン!」
「ケイン君」
イルルの家を出ると、俺はただ村の中をがむしゃらに走り抜ける。
何も考えることなく、ただ走って走って、走りぬいた。
気が付くと俺はいつも3人で集まる空き地に来ていた。
俺は大きな岩に体重をかけ、空を見上げる。
俺の思っていた日常はこんなものではなかった。
ただ新しい出会いをし、一緒に困難に立ち向かい、そしてそれをみんなで乗り越える。
俺はそんな人生を送りたかった。
しかし、異世界になっても現実は変わらなかった。
日本でも死亡者の多い癌という病気に友達の親がかかり、そして死んでいく...
(こんなの、日本と何ら変わりないじゃないか!!)
刺激的な人生がいいかといわれるとそういうわけではない
前世に思ったその言葉がどれだけ大事なのか、あの時の俺はまだ知らなかった。
今回の件で平凡というのがどれだけ素晴らしいことなのか改めて実感させられる。
空は青い。
それは日本でも一緒。
異世界で変わろうと俺が思っても、世界は変わってくれなかった。
ただそれだけなのだ。
「はー、はー。やっぱりここにいたな?」
前から声が聞こえ、俺の視線を空から前へと移す。
「やっぱり、分かっちまうか?」
俺が少し笑いながらそう言うと、目の前にはアランの姿があった。
「当たり前じゃん。“ケインと僕、イルル”が行くところなんて、ここくらいしかないよ」
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