第17話 これが現実...
癌の転移。
手術もしていない、抗がん剤もうっていないのなら当然と言えば当然だが、考えたくもない事柄だ。
その衝撃の事実に、俺は一瞬凍り付く。
「おいケイン、今度は何なんだよ!?」
俺の反応からアランも焦り始める。
(他にはないだろうな...)
俺は急いで体全体をくまなく調査する。
結果、もうすでに幸いと言っていい状態ではないが、他には異常は見つからなかった。
胃がんと肝臓がん
日本の医者でも頭を抱えるこの状況に、俺はどう対応すればいいのか。
俺が新しく魔法を開発し、癌細胞を取り除くことはできなくはないが、転移を避けるために確実にすべて取り除く必要がある。
しかし、イルルのお母さんの癌はもうすでにかなり大きく、取り除くことはとても難しい。
一つ間違えれば、大事なものまで取り除いてしまう。
(おいおい、この状況。まさか末期じゃないだろうな?)
俺はまた想像したくもないことを考えてしまう。
しかし、そう思ってしまうくらい、すでにイルルのお母さんの癌は大きかったのだ。
「ね、ねぇ、どうなの?」
イルルが小さな声で俺に問いかける。
すると、
「原因が分かった。すぐにでも魔法の開発に取り掛かる!」
「ほ、本当に!」
俺は2人にはっきりとそう伝える。
四の五の言っている暇はない、早く開発に取り掛からなければ。
末期といっても死ぬのが確定したわけではないのだ、すぐにあきらめるわけにはいかない。
俺は二人に詳しいことは話さず、とにかく魔法を開発することだけを伝える。
「ほ、ほんとに気にしなくていいの。私のために無駄な時間を使うことはないわ」
イルルのお母さんは俺の発言を聞いてそんなことを言ってくるが、
「いえ、僕たちがやりたくてやっているだけなので、気にしないでくださいっ!」
俺はそう言ってすぐにイルルの家を出て、魔法の開発に取り掛かる。
時間は限られている、残りの時間を決して無駄にしてはならないのだ。
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またそれから1か月後、
俺はいつもの空き地で悩んでいた。
「どうする、“リムーブ”を使うべきか、いやしかし...」
俺はこの時点で魔力を使って物をその場所から取り除く魔法“リムーブ”を完成することができたことにはできた。
しかし、やはりできたばかりで精度が低く、とてもじゃないが、これを実践で使うなんて考えられなかった。
「ねぇ、ケイン。魔法完成したんでしょ。早く使わないとっ!」
アランの急かしに、俺は少しいらいらするのものの、アランの言い分はもっともだった。
なぜなら、もうこの時点ですでにイルルのお母さんの体は限界だったからだ。
前以上にやせ細り、顔色も悪くなっていく。
あまり体を動かすこともできない状態で、あまり大きな声を出すこともできない。
もう、流ちょうなことを言っている場合ではないのだ。
俺も覚悟を決めなければ...
すると、
「ケイン君!!!」
イルルがいつも以上に大きな声で走ってくる。
「どうしたんだ!?何かあったのか?」
「お母さんが、お母さんがっ!...」
イルルが息を切らしながらそう叫ぶ。
「お、お母さんがどうしたんだ!」
考えたくはない。
しかし、時間的にはそろそろかもしれないとも考えていた。
イルルは呼吸を落ち着かせると、衝撃の一言をつぶやいた。
「お、お母さんの脈がとても弱いの!!」
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「失礼します!!」
俺はイルルのお母さんのいるベッドの部屋の扉を勢いよく開け、ベッドに駆け寄る。
「はぁ、はぁ...」
イルルのお母さんは何も言うことなく、ただ俺たちのほうを見る。
「大丈夫ですか、今調べます」
お母さんの体は前よりももっとやせ細り、はぁはぁと苦しそうに呼吸をしている。
俺はすぐに“サーチ”の魔法を使ってお母さんの体を調べる。
「こっ、これはっ!!!」
そして俺は体の中の現状に驚愕する。
がん細胞はすでに臓器を大きく浸食し、臓器の機能が大幅に低下している。
俺はあれからお母さんに“サーチ”は使わなかった。
病人に向かって、藪から棒に魔素を流し込むのはどうかと思ったのも理由の一つだが、魔法を開発するまで、現実を見たくなかったというのが本音だった。
「どうなの?どうなってるの?」
イルルは焦りながら俺に問いかける。
しかし、お母さんがこのような状態なのだ。
イルルも分かっているはずだ。
お母さんがもう長くないことに...
しかし、イルルはそれを考えたくないのだろう。
ずっと首を横に振りながら震えている。
「イルル...」
「な、なんなんだ、どうなってるんだ?」
それにアランも現状が分からず、パニック状態だ。
しかし、俺はまだあきらめない。
「まだだ!まだ終わりじゃない!!」
俺はそう叫ぶと、イルルのお母さんの体に手を当てて魔法を使う。
「“リムーブ”!!!」
すると、イルルのお母さんの中にある俺の魔素が、がん細胞を包み込む。
すると、そのまま魔素ががん細胞を吸収する。
そして、俺はもう一つの手を机の上にあったお皿に向けると、
「リリース!!」
吸収したがん細胞を皿に放出する。
「うわっ、何だ?」
「えっ、えっ!!」
目の前のその光景に2人は驚愕する。
当然だ、がん細胞という今まで見たことのないような物体がお皿の上に急に現れたのだから。
「ぜっ、全部かどうかは分からないが、とにかく取り除きはしたぞ」
俺は焦っていたのだ。
とにかく俺にできることはないかと。
俺にできることがあればすべてしたかったのだ。
しかし、今更取り除いても仕方がない。
それは俺にも分かっていた。
当然その後も、臓器の機能は回復することなく、どんどん低下していく。
「くっ、くそっ!!」
俺はしゃがみ込み、両手で床を強くたたく。
「ね、ねぇ、何がどうなってるの?」
「......」
「ねぇ、ケイン君、ケイン君!!」
イルルは涙を流しながら俺に問いかける。
「イルルのお母さんは、もう、長くない...」
俺は包み隠さず真実を話す。
「そっそんな、嘘だと言ってよ!!ねぇ!!!」
イルルは俺の服を掴んでそう叫ぶ。
すると、
「イ、ルル...」
イルルのお母さんが力を振り絞ってそうささやく。
「お母さんっ!!」
イルルがお母さんの手を握ると、お母さんはゆっくり話しかける。
「ごめんねぇ、あなたが、大人に、なる姿を、見ることが、でき、なくて...」
「そ、そんな...いやだよ。いっちゃヤダよ!!」
「私のことは、気にし、ないで、幸せに、生きるのよ...それが、私の最後の、お、お願い...だか、ら...」
「そんなこと言わないでよ、ねぇ...」
イルルはそう言いながら、お母さんの手を自分のおでこに当てる。
すると、
「お、お母さん。お母さんってば。ねぇ、ねぇ!!!」
イルルのお母さんはもう話す余裕もなくなり、ただ一生懸命に呼吸をする。
俺とアランは2人がそうしているうちに、静かにゆっくりと、部屋を出る。
もうほとんど時間は残されていない。
“サーチ”を使って体を隅々まで検査したのだ、間違いない。
何もできなかった無能のことはほっといて、後の時間は、2人で過ごした方がいいだろう。
俺とアランは、リビングの椅子に座り、ただ時間が過ぎていくのをただ待つのみ。
そして...約1時間後。
「お母さん、お母さん!!!」
部屋を出ていったあとは聞こえなかったイルルの叫び声が聞こえ、俺たちは急いでまた部屋へと向かう。
すると、俺の前に映っていたのは、お母さんの手を強く握るイルルの姿と、
呼吸もせず、静かに眠るイルルのお母さんの姿だった。
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